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バケモノ女子s  作者: 一乗寺らびり
26/34

第26話:置いていかれた者

 LEDの冷たい電灯に照らされた、食卓を囲む3人の人間。父と、母と、そして俺だ。

 父と母は談笑しながら、こちらに話しかけてくる。

 学校はどうだったとか、友達とはどうなのかとか、将来のことは考えているのか、とか。そんな問いかけに、俺は適当に返事をしていく。

 父と母は、普通の人間だった。父はごく普通の中小企業で、ごく普通に働いていた。母はごく普通のスーパーマーケットで、ごく普通にパートをし、ごく普通に家事をしていた。

 そして俺は、ごく普通に学校に通い、ごく普通に勉強し、ごく普通に遊んでいた。仲の良い友達も、ごく普通にいた。

 普通に褒められ、普通に叱られ、普通に喧嘩をするときもあった。何もかも、全てが普通だった。それ以上でもそれ以下でもなく、とにかく普通だった。そんな普通の毎日が、俺には苦痛だった。

 それでも、覚えている。父も母も、いつもごく普通に、笑顔だった。


※※※


「……変な夢見たなぁ」

 妙な汗をかきつつ、俺はゆっくりと起き上がった。窓のカーテンの隙間から、月明かりが差し込んでいる。時間的には真夜中だろう。

「なんだろう、さっきの夢……」

 夢に父と母が出てきたことは覚えている。が、細かい内容が思い出せない。夢だから、と言ってしまえばそれまでだが。

「……ついでにトイレにでも行っておくか」

 ベッドから足を下ろし、スリッパを履くと、タンスの上においてあるマッチを手に取る。そして、同じくタンスの上においてある持ち運び用のろうそくに慣れた手付きで火を着け、寝室のドアに手をかけた。

「ミラルは起きてる、か」

 ミラルの寝室の方に目を向けると、ドアの隙間から光が漏れている。ミラルは眠らない。そういう身体の作りになっているとのことだ。おそらく、また本でも読んでいるのだろう。

 ふと、朝方のことを思い出す。ミラルの相談しようと思っていたことがあったのだが、タイミング悪くセリナが現れ、話しそびれてしまったのだ。その後、ミラルの帰宅後や夕食の時にも話せるタイミングはあったのだが、なんとなく話しづらく感じ、これまたタイミングを逃してしまっていた。

 そっとミラルの寝室の前に足を進め、ノックしようと手を伸ばす。

「何か用?明日も早いんだし、用がないなら寝なさいよね」

 ノックの前に、ドアの向こうから声が聞こえてきた。ミラルは戦いに身を置いているからか、気配の察知能力がずば抜けている。

「ごめん、なんだか目が覚めちゃって。入ってもいい?」

「いいわよ、どうぞ」

 ゆっくりと、ドアを開ける。ミラルはやはり、ベッドに横になりながら本を読んでいた。

「なんか、変な夢見ちゃってさ」

「なにそれ、本当にまだまだガキンチョなんだから」

 ミラルはクスクスと笑った。ベッドの脇に椅子があるため、俺はそこに腰掛けた。

「そんなに笑わなくてもいいじゃんか。ついでに、朝話しそびれたことを話そうと思ってさ」

「話しそびれたこと?ああ、なんか相談事があるんだっけ」

 ミラルは本を閉じ、身体を起こすとベッドに腰掛けた。

「……俺さ、将来どうしたらいいんだろう」

「将来?急にどうしたのよ、あんた」

「朝、エアちゃんと話しててさ、ふと思ったんだよ。俺、この先どうしたらいいんだろうって」

「この先って言うと?」

 なぜか、自然と手に力が入る。

「エアちゃんが言っていたんだよ、俺が将来、ミラルたちと一緒に戦士になるんじゃないかと思っていたって」

「へえ。まあ、私達と一緒にいるなら、そう思われるのも仕方がないか」

「でも俺、戦闘力以前に運動能力がないし、何より臆病だし、賞金稼ぎになるのは難しいかなって」

「まあ、今のままだと難しいと言わざるを得ないわね」

 ミラルはうんうんと頷いた。いつもなら突っ込みたいところであるが、今はそんな余裕もない。

「それで、少し考え込んじゃってさ。俺、将来何になったらいいんだろうって。このまま、ミラルの家事を一生手伝うことになるのか。それとも、俺の翻訳できる能力を活かした仕事に就くのが良いのか。もしくは、今から鍛えて、ミラルたちと一緒に戦えるようになればいいのか」

 言葉にも、力がこもってくる。

「ねえ、ミラル。俺、どうしたらいいのかな。何を目指せばいいのかな」

 内に隠れていた不安を、すべて表に吐き出した。

 この世界に来る前、俺は、異世界に行きさえすれば、すべての悩みは解決するものだと思いこんでいた。だが、実際はそんなことなかった。この世界でだって、人間関係の悩みはあるし、将来の悩みだってあるのだ。どうして、そんなことに気づけなかったのだろうか。

「……そうねぇ、それに答えるには、まず先に聞きたいことがあるわ」

 ミラルが、静かに口を開いた。

「ショウタ、あんたには家族はいる?」

「家族?うん、両親がいるよ。兄弟はいないけど」

「その家族とは、関係は良かった?」

 ミラルは、一体何を聞いているのだろうか。

「仲は……悪くなかったよ。二人ともいつもニコニコしてたし、喧嘩なんて滅多になかったよ」

「そっか。それじゃあ、仲の良い友達はいる?」

 ますます、ミラルの質問の意図がわからない。そんなことを聞いて、俺の将来になんの関係があるというのか。

「いたよ、数は少なかったけど……ねぇ、ミラル、そんなことを聞いて聞いてどうするの?」

「そういえば、あんたの身の上話って聞いたことがないと思ってさ。ほら、私達の話は良くしてたのに、あんたには聞き返してなかったっけなって」

 だとしても、なぜこのタイミングなのだろうか。よりにもよって、両親が夢に出てきた直後に。

「ほら、教えてよ。あんたのこと、私にさ」

「うん……」

 このやり取りに疑問を抱いたまま、ミラルの質問に答えていくことにした。


※※※


「でさ、結局犯人は野良猫だったんだよ。まさかと思うよね」

「あはは、猫って意外と賢いもんねぇ」

 ミラルに聞かれるまま、俺の身の上話が続いていた。初めは疑問を抱いたまま質問に応じていたが、自分のことを話すとなぜだろう、つい楽しくなってしまい、いろいろな出来事を話していた。

 父と二人だけでキャンプに行ったこと、母と喧嘩して半分家出のようなことをしたこと、友達との間で流行っていた遊びのこと、などなどだ。

 どれくらい話していたのだろうか、いつの間にかカーテンの向こう側が白くなり始めている。

「……ショウタ、将来のことを気にしてるって言ったわよね?」

「そうだよ、最初はそういう話だったのに、ミラルが色々聞いてくるからそっちがメインになっちゃったじゃん」

 先程まで俺の話を聞いて笑っていたミラルの顔が、真剣なものに変わっていた。

「ショウタ、あんたが気にしてる将来のことよりも、ずっと先にしなければならないことがあるわ。将来のことなんて、その後に考えれば良い」

「先にしなければならない、こと?」

 ミラルのきれいな青い瞳が、こちらをまっすぐに見据えている。

「あんたは、家に帰りなさい」

「……え?」

 突然の宣告だった。突然過ぎて、すぐに頭で理解できなかった。

「あんたには、帰るべき場所がある。だから、帰りなさい」

「ちょ、ちょっと待ってよ!急に帰れなんて、そんな!」

「あんたは元の世界じゃ死んだことになっているはずだけど、今こうして生きている。そして、あんたの死を悲しんでいる人がたくさんいる。その人たちの悲しみを、取り除いてあげなさい。将来の話なんて、その後でいい」

「そ、そんなこといわれても!第一、帰る方法だってわからないのに!」

 つい、声を荒げてしまう。しかし、そうなのだ。俺は帰る方法を知らない。

「私達で探してあげるわ。セリナやアヤメなら、きっと何か知っているはずよ」

「そんな……」

 せっかく異世界という夢の世界に来られたのに、どうして帰らなければならないのだどうして、せっかくのチャンスを逃さなければならないのか。

 そんな心の中の文句は、ミラルの顔を見て、吹き飛んだ。ミラルの、悲しげな表情で。

「あんたが、この場所を楽しんでいた、気に入っていたのはわかってる。でも、お願い」

 ミラルが、俺の頬に手を添えてきた。

「これは、置いていかれた者からのお願いよ」

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