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バケモノ女子s  作者: 一乗寺らびり
24/34

第24話:言葉

「あらショウタ、随分と遅い帰りだったわね」

 リビングに入ると、ミラルがすでに帰ってきていた。どうやら、ランとの訓練はおわったようだ。

「ただいま、ミラル。いやね、ちょっと道に迷ってる人を案内してて」

「あらまあ、偉いじゃないの。てっきり、花屋の娘さんといちゃついてるのだと思ってたわ」

 それだったなら、どんなに良かったことか。それどころか、妙な心配事が増えているのである。

「……ミラル、さっきアヤメさんに会ってさ。エイラン地区の近くで」

「エイラン地区?あんた、なんでそんなとこ行ってたのよ。あそこは危ないって伝えてたでしょ?」

「道案内先がそこだったんだよ。安心して、ちゃんと地区内までは入ってないから」

「そう、ならいいけど」

 ミラルは安心したように胸を撫で下ろした。よほど危ない場所らしい。

「それで、アヤメに会ったって?あいつのことだから、エイラン地区にいたのは多分仕事か趣味なんだろうけど」

「アヤメ、今日の午後にうちに来るって。なんか、俺に話があるって」

「色々と聞きたいことがあるのよ、この少年にはね」

 聞き覚えのある声に、背筋が寒くなった。声の方へ目を向けると、リビングの椅子にアヤメさんが座っている。

「あ、アヤメ……さん……」

「ちょっとアヤメ、入るならちゃんと声かけてから入りなさいよ。ビックリするじゃないの」

「あら失礼。あなたと私の仲だから、別にいいかなって思って」

 そう言うと、アヤメさんは立ち上がり、俺の方へと歩いてきた。

「ショウタ、さっきぶりね」

「は、はい……今日は午後に来るはずじゃ」

「気が変わったの。それよりも、お話しましょ?」

 先ほどとは違い、アヤメさんは少しだけ笑顔をみせている。

「今日は良くない天気ね。湿気で髪がだめになっちゃうわ」

「は?アヤメ、あんた何言ってるの?」

 ミラルが困惑するのもわかる。なぜなら今日は、気持ちがいいくらいの快晴だからだ。

「アヤメさん、どうしたの?今日は雲一つないくらい、天気いいけど」

「……やっぱり、私の言葉がわかるのね」

「は?」

 突然、目の前に黒く光る物体が現れた。

「え?え?」

「ちょっとアヤメ!?あんた何やってるのよ!」

 俺の目の前に出された物体は、少し前にも見たことがある。クナイだ。その切っ先が、俺のすぐ目前に止まっている。

「今のはエルトリア語とアルヴァジラ語を混ぜたものよ。さあ、正体を明かしなさい」

 アヤメさんの笑顔は消え失せ、冷たく殺意のこもった顔をこちらへ向けている。

「え、エルトリア語!?なんのこと!?」

「いいから答えなさい。何が目的でミラルに近づいたの?」

 クナイの切っ先が、更に近づいてくる。

「アヤメ、武器を下ろしなさい。それ以上は私が許さないわよ」

 アヤメに対し、ミラルが警告を発しつつ武器置き場に手を伸ばしている。このままだと、ミラルとアヤメさんの争いが始まってしまうかもしれない。

「またやり合いたいの?十年前みたいに」

「ミラル、なぜこの少年を信用しているの?こんないくら調べても正体の割れない、得体のしれない少年を」

「話す!自分のことについて何でも話すから!だからやめて!」

 おそらく、初対面のときに記憶喪失だと嘘をついたから、それをずっと怪しんでいたのだろう。ならば、すべて話すのみだ。

「あら、あっさりと腹を割るのね。もうちょっと粘るかと思ったけど」

 そう言いつつも、アヤメさんはクナイを下ろさない。信用されるまで、この状態は続くだろうか。

「アヤメ、最初に嘘ついたことは謝るわ。だけど、ショウタはバカ正直なただの子供だから、そこまで疑うこともないの」

「そう?じゃあ、話してくださいな。あなたの正体を」

 ようやく、アヤメさんは武器を下ろしてくれた。俺は情けなくも、ヘナヘナと床に腰を下ろしてしまう。

「お、俺は……」


※※※


「なんだ、あなた異世界からの訪問者だったの」

 俺が異世界から来たこと、どのようにしてこの世界に来て、ミラルに会ったのかを、事細に説明した。ここまで細かく話すのは、ミラルを含め初めてだ。

 アヤメさんは納得半分疑い半分といった表情で、こちらの話を聞いていた。

「し、信じてくれるんですか?」

「異世界からの訪問者は、アポロ歴前からいくつか公式の記録もある現象よ。珍しいけど、ありえないことではないわ」

「私も噂程度だけど、そういうのがあるっていうのは聞いたことがあったし、何よりダグラスさんが嘘はついてないって言ったから、あんたの言ったこと信じたのよね」

 ミラルは確かに、初め異世界から来たことを言ったときに、少し疑っているような雰囲気があった。

「そっか、俺だけではなかったんだ……」

 それは少し残念に思ったが、今はむしろ、俺だけではなかったことに感謝しないといけない。

「あなたの素性はわかったわ、そこは信用する。ただ、それでも理解できないことがまだあるわ」

「理解できない、こと?」

「あなたが使っている言語のことよ」

「ショウタの使ってる言語?エルトリア語じゃないの?」

 そういえば、意識していなかったが、人間には言語というものがあった。普通に日本語が通じていたため、全く気にならなかったが。

「あなたにはエルトリア語に聞こえているのだろうけど、複数の言語を扱える私には、どの言語にも当てはまらない、なのに理解のできる、不思議な言葉に聞こえたのよ。そして、今朝の出来事」

「今朝?もしかして、ターバンの人を道案内したこと?」

「そうよ。あの男は、明らかにアルヴァジラ語という、はるか南東の国の言葉を使っていた。なのにあなたは、その言葉を理解し、応答していた。それはどういうこと?」

 あの男の人が、別の言語を話していた?自分には全くそう聞こえなかったし、自分の日本語での受け答えも、あの人はちゃんと理解できていた。

「どういうことって聞かれても……俺はずっと、日本語っていう言語しかつかってないし、それしか理解できないです。英語も少しならわかるけど」

「じゃあ、今こうやって私達と話せているのはどういうこと?エルトリア語はわからないんでしょ?」

「それに、過去記録にある異世界からの訪問者は、どれも現地とは異なる言語を話していたとあったわ。数年かけて翻訳されて、ようやく話している言葉が理解されたほどよ」

「それは……」

 わからない。どうして俺が、ミラルたちの言葉を理解できているのか、全くわからない。俺はただ、日本語でそのまま喋っているだけなのに

 しばらくの沈黙が続く。何を話していいのかわからず、固まってしまった。

「……さっき、元の世界からこちらに来るときに、七色に光る存在から特殊能力を一つもらった、って言ったじゃない?」

 沈黙を破ったのは、アヤメさんだった。

「え、うん、言ったけど……結局、まだわかってないんですよね、その能力」

 俺をこの世界に送り込んだ神のような存在は、俺に一つだけ特殊能力を渡すと言っていた。ただし、その能力の詳細は伝えられず、自分で見出せとのことであった。

「もしかしたらその特殊能力って、今私達が疑問に思っていることを解消するようなものじゃないのかしら?言うならば……」

 俺とミラルは、息を呑みつつアヤメさんの方を見つめる。

「言うならば、ショウタに関わる言語を、全て勝手に翻訳してくれる能力とか」

「勝手に、翻訳?」

「そう。ショウタへ向けられた言葉はショウタがわかるように、逆にショウタから発せられた言葉は、相手が理解できるように」

「まさか、そんな……」

 しかし、そうだとするなら、全てに納得がいく。日本語しか話せない俺が、ミラルたちと意思疎通ができていること。そして、ミラルたちとは別の言語を扱う人間にも、言葉が通じ、そして言葉が理解できたこと。

「俺の能力が、翻訳……」

「まあ、私が知りたかったあなたの正体は知れたし、話はここまでね」

 そう言うと、アヤメさんは立ち上がり、玄関の方へと足を向けた。

「疑って悪かったわね、皆月翔太。非礼は詫びるわ」

「い、いえ……」

「ミラルもすまないわね、家で武器を抜いてしまって」

「私は構わないわよ。どちらかといえば、最初に嘘ついた私達が悪かったわけだし」

「今となっては、その嘘をついた理由もわかるわ。ショウタ、最後にこれだけは言っておくわ」

 アヤメさんが振り返る。その表情は、いつもの真面目なものであった。

「たかが翻訳、と侮らないことね。その能力を欲しがる人間なんて、この世に腐るほどいるものだから」


※※※


「翻訳、かぁ……」

「ちょっと、いつまでしょぼくれてるのよ」

 テーブルにうなだれる俺の頭を、ミラルがべしべしと叩いてきた。

「アヤメも言っていたでしょ?その能力を侮らないことって」

「たしかにそうだけど……」

 この能力のおかげで、ミラルたちと、正常に意思疎通を取れていることは事実だ。感謝しなければならない。

 だとしても、もっとかっこいい能力が良かったと、残念な気持ちは湧いてくるのであった。

「それよりも、さっきの話のとおりだとあんた、元の世界では死んだことになっているのよね?」

「うん?まあ、そうなっているとは思うけど」

「そっか……ああ、そういえば、今日の洗濯とかまだだったわね。洗濯は私がやっておくから、あんたはご飯作ってて」

 そう言うと、ミラルはリビングから出ていった。

「……ミラル?」

 出ていく際に見えたミラルの顔は、何故か少し、悲しそうなものに見えた。

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