第23話:道案内
「さあ、まずは走り込みからよ!」
ラン捜索から王都に帰還して翌日早朝、ミラルによる特訓が早速始まるのであった。
ミラルの家の前に、運動着姿のミラルとラン、そして俺が揃っていた。が、セリナの姿がない。
「ねえラン、セリナは?」
「セリナなら、昨日のうちに遠征に出てしまったよ。タイミングが悪いものだな」
おそらく、特訓が嫌で逃げたのであろう。ズルい。
「はぁ、セリナは戻ってきたら個別に指導しなきゃ。とりあえず、あんたたちから扱かなきゃね」
ミラルはビシッと、手に持っている木の棒をこちらに向ける。
「それじゃあ、まずは王都一周よ!私が先導するから着いてきてね!」
そう言うと、ミラルはいきなり走り出した。それも、明らかに長距離向けではない速さで。
「え、ちょ、速!?」
「うーむ、これはミラル、相当怒っているな……ショウタ、覚悟して行くぞ」
ランは観念したように、ミラルが走っていった方向へと駆け出した。
「うへぇ……まじかぁ……」
「ショウタ!あんたも早く来なさい!」
遠くからミラルの怒号が飛んできたので、俺も仕方なく走り始めることにするのであった。
※※※
「はい!走り込みはここまでよ!」
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……流石にこれはきついな……」
王都外壁の内側を一周した俺達は、市場の近くにある公園でバテていた。俺は当然のこと、俺よりも体力があるはずのランですら伸びている。が、ミラルは全くと言っていいほど疲れを見せておらず、ピンピンしている。
「次は本番の回避練習だけど、ショウタはどうする?見てるだけになるけど」
「はひぃ……と、とりあえず、俺は帰るよ……家事もしなきゃいけないし……」
起きてすぐに出てきたため、今日はまだ洗濯もしていない。朝食だってまだだ。この疲労感でまともにできるか不安だが、やることはやらなければならない。
「オッケーよ。それじゃあラン、少し休憩したら攻撃を始めるから、全部避けなさいよね。手を緩める気は一切ないから」
「ああ……どんと来いだ」
ミラルは相当なスパルタだ。これが毎日、しばらくの間でも続くと思うと先が思いやられる。
「それじゃ、俺はこのへんで……」
「あ、ちょっとまって。ほら、これ」
ミラルが、何やら黒い物体をこっちに向かって投げてきた。慌てて受け取ると、それは財布だった。
「財布?ミラル、これは?」
「この時間なら、どこか開いてるジュース屋もあるでしょ。水分補給も大事だし、帰りに買って飲んでいきなさい」
ミラル、飴と鞭というものをしっかり理解している。散々走らされた後の僅かな優しさに感動している俺に、ミラルは近づいてきて耳打ちしてきた。
「ついでに花屋にも寄ってきたら?運動後の男って、意外と魅力的に見えるものよ」
「み、ミラル!?」
「それじゃ、回避練習始めるわよ!ほらラン、立った立った!」
突然の気配りに顔が赤くなる俺をそのままに、ミラルとランは立ち上がり、向かい合う。まだそれほど休んでいない気もしたが、なんだか恥ずかしくなったため、俺はその場を退散した。
※※※
適当なジュース屋で飲み物を買い、飲みながら市場を闊歩する。こんな朝早くでも、市場はわりかし人が多く盛況している。
「花屋、寄ってみたいけど……」
クンクンと、自分の匂いを嗅いでみた。もしや、汗臭くなっているのではないのかと。そうであれば、このままエアちゃんに会いに行くわけにはいかない。
「一回シャワー浴びに帰ろうかなぁ」
どのみち、今日は買い出しで市場に来る予定だったのだ。ミラルの心遣いは無駄になってしまうが、まあ仕方ないだろう。
「うん?なんだろう、あの人」
この後のことについて考えながら歩いていると、ある人が目に入った。
見た目は元の世界のインド方面の人のような、ターバンを頭に巻いた浅黒い肌の男の人だ。何かを探しているかのように、困った顔でアチラコチラを見回している。
その様子があまりにも気になってしまい、声をかけてみることにした。
「あの、何かを探してます?」
「おお、少年!私を助けてくれるのかい!?」
男の人はとても嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「はい、なにか困っているようでしたので」
「ああ、助かった!実は、エイラン地区という場所に行きたいのだが、ここに来たのは初めてで道がわからなくて……」
エイラン地区という場所は、知っている場所だ。以前、ミラルに教えてもらったことのある場所である。ただし、近寄ってはいけない場所として。
王都はいくつかの地区があり、そのなかでもエイラン地区は都の外れにある場所だ。ミラルが言うにはいわゆる歓楽街で、治安が良くないからあまり近寄らないほうがいいとのことであった。
「その場所は知っていますけど、保護者?からあまり近寄るなと言われていまして……」
「おお、少年ならそうかもしれないな。では、せめて近くまで案内してもらえないかな?」
「まあ、近くまでなら」
今はまだ朝早い。歓楽街でも、まだそこまで治安が悪い時間帯ではないだろう。
「それじゃあ、俺についてきてください。隣の地区まで案内しますんで」
「ありがとう!助かるよ!」
俺を先導に、エイラン地区へと足を進めるのであった。
※※※
市場とは打って変わって、エイラン地区の周辺は、人通りが全く無く物静かであった。
「あとは、そこの通りを左にまっすぐ行けばエイラン地区にたどり着きますよ」
「ありがとう少年!いやぁ、商売で初めてアポロニアに来たのだが、広くてすごい場所だなぁ」
「そうですよね、俺もここに来た最初の頃は、一人じゃ歩けないと思いましたよ」
おそらく、ミラルが市場や他の場所まで案内してくれなければ、家に帰り着くのも困難であっただろう。
「なにかお礼を、と思ったが、あいにく持ち合わせがなくてな、どうしたら良いか……」
「いえいえ、そんないいですよ。困ったときはお互い様ですって」
「そうか。お礼は渡せないが、感謝はさせてくれ。本当にありがとう、少年よ!」
そう言うと、男の人は俺の手を握って上下に振ると、エイラン地区の方へと歩き始めた。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「いえいえー!まったく、大げさな人だなぁ」
笑顔で何度も手を振る男の人にほっこりしながら、市場の方へ戻ろうと振り返る。
「本当、あそこまで感謝するなんて、大げさな男よね」
「え……」
振り返ったその目の前には、いつの間にか見知った女性が立っていた。ロングコートを身にまとった、黒髪の女性。アヤメさんだ。
「あ、アヤメさん、なんでこんなところに」
「それはこっちのセリフよ、皆月翔太」
そう言うと、アヤメさんは右手を俺の肩に乗せて、こちらの目を真っ直ぐと見つめてきた。その表情は、この前の狂ったような笑顔ではなく、いつもの感情がつかめないような真面目な顔だ。
「ここはあなたのような子供が来る場所でないこと、わかっているかしら?」
「わ、わかってるけど、あの人困ってたし……というかアヤメさん、いつから見てたの?」
「さあ?どこからでしょうね?例えば……王都の中を走り回っていたところ、とか?」
もしそうだとしたら、朝からずっと見られていたことになる。
「アヤメさん、もしかして、俺のことを……」
「で、あの男と何の話をしていたの?道案内だけ?」
「み、道案内だけだよ!それ以外、軽い世間話くらいしかしてないって!」
つい、声が大きくなる。全く悪いことなどしていないのに、アヤメさんの黒い瞳に見つめられていると、何故か罪悪感が湧いてきた。
「世間話、ねえ。ショウタ、私も世間話をしたいんだけど、今日は時間空いているかしら?」
「え?えーと、午後なら家事も終わってるし、空いてるけど……」
「じゃあ、昼を過ぎたくらいに家に行くわね。それじゃあまた後で」
アヤメさんは俺の肩から手を離すと、道案内をした男と同じ方向、つまりエイラン地区の方へと歩いていった。
「……なんだろう、世間話って」
緊張で、心臓が強く脈打っていることに気づいた。アヤメさん、どうも苦手というか、怖く感じる。
「……帰って家事終わらせないと」
アヤメさんが来る前に、やることはすべて済ませないと。焦燥感と不安を胸に、もと来た道を引き返すのであった。




