第20話:人の毒アヤメ
「クッキークッキー♪エアちゃんのクッキー♪」
ギルドへ向かう俺の足取りは、とても軽いものだった。買い物帰りに花屋に寄ったのだが、エアちゃんから大量のクッキーをもらったのだ。たくさん焼いたから、ギルドの人たちと食べてください、とのこと。
可能であれば独り占めしたいところだが、流石にそれはやめておく。幸せをおすそ分けだ。
「こんにちはー!」
早く食べたいという気持ちを抑えつつ、だが抑えきれずに声に漏れつつも、俺はギルドの扉を開いた。
「どうして駄目なんだ!」
扉を開くと同時に、男の怒鳴り声が聞こえてきた。声の主は、カウンターの前に立っているスーツ姿の男だ。
「我らヒーローショップの戦士は、ただの無法な傭兵ではありません。お引取りください」
顔を真っ赤にして怒鳴りつける男に対し、ミリーさんは冷静に対処している。
「このエスタ団の頼みを聞けないっていうのか!?どうしても請け負ってくれないと言うなら、さもないと……」
男が、スーツの胸の所に手を突っ込んだ。映画とかで見る、マフィアやヤクザが拳銃を取り出すときの動作に似ている。まさか、そういうことなのだろうか。
「さもないと、何でしょうか?」
しかし、ミリーさんは冷静さを崩さない。それどころか、逆に男を睨み返している。その重厚な雰囲気は、とてもただの受付嬢には見えなかった。
「きょ、今日のところは帰ってやるよ!また来てやるからな!」
男もミリーさんのオーラに圧倒されたのだろうか、踵を返し、こちらの方へと歩いてきた。そして、そのまま俺の横を通り過ぎ、扉を勢いよく閉めて出ていった。
「はぁ、全く……」
ミリーさんは、呆れたように大きなため息をついた。その顔には、少しばかり疲れも見える。
「ミリーさん、何かあったんですか?」
「ああ、ショウタですか。ミラルなら任務で出払っていますよ」
ミリーさんは眼鏡を直すように、右眼の眼帯をクイッと上げた。
「あ、いや、ミラルに用事があって来たわけではなくて。それよりも、さっきの人は何なんですか?」
「あれですか?あれは王都の西にある街を根城にしている、エスタ団とかいうギャングの構成員です。なんでも、同じ街にいる他のギャングとの抗争に、うちの戦士を雇いたい、と」
ミリーさんは再び、大きなため息をついた。
「我がギルドは、罪人や害獣を駆除するために結成されたものです。しかし、たまにいるのですよ。ああやって、ただの傭兵のように扱おうとする者たちが」
「ギャングは罪人には入らないんですか?」
「色々と、細かい事情があるのです。表立った不法行為を行っていないから、懸賞金をかけられない、等」
「ふーん、大変なんですね……」
確か、ミラルが言っていた気がする。ヒーローショップの名前は、『全ての人に英雄を』という志を掲げている、と。
「でも、あの様子だとあの人、また来そうですよね……」
「そうなのです。全く、どうにかしたいところではありますが」
「私が対処しようか?」
不意に、後方から声が聞こえた。振り返ると、いつの間にかアヤメが真後ろに立っていた。
「アヤメ……いつからそこに?」
「いつからだっていいでしょ、私もここに属してるわけだし。で、どうしようか?」
問いかけるアヤメに対し、ミリーさんは困ったような顔をしている。ミリーさんのこのような顔は初めて見た。
「表立って、何かをしてほしいとは言えません。ただ、まぁ、何かあれば助かるかもしれない、とだけ言っておきましょうか」
すごく、言葉を選んでいるかのような様子だ。何か、アヤメに頼みづらいことでもあるのだろうか。
「了解、そこまで聞ければ十分よ。七日ほどかかるけど、いいかしら?」
「……ご勝手に」
ミリーさんの諦めたかのような言葉を聞くと、アヤメは振り返り、出口の方へと歩いていった。
「えーと、どういうこと?」
「……ショウタ、あなたには関係のないことです。これ以上の介入は受け付けません」
いつの間にか、ミリーさんはいつものキリッとした表情に戻っていた。きっと、大人の事情とか言うやつなのだろう。
「私は仕事に戻ります。ショウタも、大した用事がないのなら、あまりむやみにここには来ないように」
「あ、はい……」
何故か叱られた。少しの理不尽を感じながらも、本来の目的であるクッキーの入った袋をカウンターに置く。
「今日来た理由なんですけど、これ、『フローリアの花束』の人からのいただきものです。皆さんで食べてくださいとのことで」
「ありがとう、いただきます。後で私の方で、今日ギルドにいる者に配っておきます」
「で、では、俺はこれで失礼しますね」
なんとなく居辛さを感じて、さっさと退散することにした。ミリーさん、なんとなく苦手に感じる。
「また何か用があれば、ミラル経由で連絡します。では、帰り道に気をつけて」
ミリーさんの言葉を受けつつ、俺はギルドの外に出た。扉を閉め、ふうと一つため息をつく。
「アヤメ、何するんだろうなぁ」
ミリーさんとアヤメのやり取りが、何か気になった。七日ほどかかるみたいなことを言っていたが、一体何をするつもりなのだろうか。
「まぁ、俺には多分関係ないし、さっさと忘れようかな……あっ」
アヤメのことを忘れようとした代わりに、別のことを思い出した。
エアちゃんにもらったクッキー、自分が食べる分を取り分けるのを忘れていた。
※※※
「えーと、次は干し肉買いに行こうかな」
クッキー食べ逃し事件から六日後、俺は再び買い物に出ていた。市場で一人で買い物するのにもすっかり慣れ、軽い足取りで人混みの隙間を縫っていく。
「卵は最後に回して、その前に……」
「なあ、聞いたか?西の街のエスタ団とウェスティ団の話」
ふと、聞き覚えのある単語が耳に入った。エスタ団とは、六日前にギルドにいたスーツの男が属しているというギャングの名前だ。
「ああ、聞いた聞いた。なんでも、どっちも同時に崩壊したっていうじゃないか」
声の方を見てみると、男が二人、立ち話をしている。話の内容が気になり、そっと近寄り、休憩しているふりをして聞き耳を立てた。
「しかも、両方とも内部抗争で潰れたって聞いたぞ。互いにぶつかり合う寸前だったというのにだ」
「どっちの話だったかは忘れたが、団員同士が殺し合って全滅、現場はそれはもう悲惨な状況だったとか。悪い奴らには関わるもんじゃねえなぁ」
「俺たちは真っ当に生きていこうな。西の街といえば、街外れのバーって行ったことあるか?そこにいるねーちゃんがえらく……」
これ以上は聞きたい話はないと考え、そっとその場を離れた。エスタ団といえば、アヤメがなにか対処をすると言っていたが、それが関係あるのだろうか。
「まさか、一人で全員を……」
「そんなことできないわよ。ミラルやランじゃあるまいし」
独り言に対して急に話しかけられ、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。ビクつきながら振り向くと、いつの間にかアヤメが真後ろに立っていた。
「あ、アヤメ、さん……」
「何よ、そんな幽霊でも見たように怯えて」
アヤメはニコニコと笑っている。アヤメには数回しか会ったことがないが、このような顔は初めて見た。機嫌が良いように見える。
「いや、急に話しかけられて、その……」
「せっかくこんなところで会ったんだもの、少しお茶でも飲んでいかない?」
***
俺とアヤメさんは、市場から少し外れた路地にある、小さな喫茶店に座っていた。俺にはフルーツのジュース、アヤメさんにはコーヒーが出されている。
「素敵なところでしょ?ここ、私のお気に入りなのよ」
コーヒーを啜りながら、アヤメさんは相変わらず笑顔で話しかけてくる。
「そ、そうですね。いい場所ですね……」
そんなアヤメさんが、怖い。笑顔のはずなのに、ミラルとは違った気味の悪さを感じていた。
「そうでしょ。それでさっき、聞いてたでしょ?」
「え!?な、何を!?」
「男二人から、エスタ団とウェスティ団の話」
アヤメさんは、俺が盗み聞きしていたことを知っていた。アヤメさんの笑顔が、更に強いものとなっていく。
「あの男が話していたのは、ウェスティ団の話。ボスの意見に対して、団内の認識が三つ四つに別れちゃってね。それぞれが自己の正しさを証明しようと、互いに粛清し合ったの」
「へ、へぇ……」
「じゃあエスタ団はどうなのかというと、ギルドに来た男がいたじゃない?あいつのボスに対する疑念がどんどんと強くなっていってね、最後にはボスや団員たちを一人で粛清、その後自害したのよ」
アヤメさんは、まるでその目で見てきたかのように、嬉しそうに話した。まるで、子供が親に、遊んだ内容を報告するかのように。
「人間の絆って、脆いものよね。いくらファミリーとか口で言っても、紙切れ一枚の情報で簡単に崩れ去ってしまうんだもの」
アヤメさんの表情が、笑顔なのだが、嬉しさとは少し違うものに変わってきている。なんというのだろう、恍惚というものなのだろうか。
その表情が、怖い。
「私、好きなのよ」
「え……な、何が?」
「強く結束した人間たちの関係が、簡単に消え去って崩壊していく様を見るのが」
アヤメさんはそう言うと、残っているコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。
「会計は私が済ませておくから、あなたはゆっくりと飲んでていいわよ。そして最後に」
これまでとは一転して、アヤメさんが急に真顔になった。
「あまり目立った行動はしないことね、皆月翔太」
そのまま、カウンターにお金を置くと、喫茶店から出ていった。
「……は、はぁ……」
恐怖からようやく開放され、全身から力が抜ける。とても、ジュースの残りに口をつける気分もなくなっていた。
「俺、目を付けられているのかな……」
アヤメさんの、去り際の一言が気になった。目立った行動をするなとは、何に対して言っていたのか。考えようにも、そのたびにアヤメさんのあの笑顔が脳裏に浮かび、とても考察する気にはなれなかった。
嬉々として話すアヤメさんの姿は、人間ではないミラルよりも、不死身のランよりも、そして強大な力を持つセリナよりも、誰よりもバケモノに見えた。




