第18話:花屋のエア
異世界転生に成功して、早くも一ヶ月ほどの月日が経っていた。かなり過酷な世界なのだろうが、運良くミラルという賞金稼ぎに助けられ、衣食住も確保できていた。
そんな順調に進んでいた異世界ライフに、転機になるかもしれない、そんな出来事が起こっている。その出来事が起こった翌日、早速事件は発生していた。
「ちょっと、スープの味がまったくないんだけど」
「うそ!?あ、本当だ……」
一ヶ月ぶりくらいに、料理に失敗した。
ここしばらくはレシピ通りに作るのはほぼ完璧にこなせるようになっており、多少のアレンジをしてもそれなりの味を出せるようになっていた。それなのにだ。
「はぁ、今朝は洗濯中にボーッとしてるわ、卵は焦がすわ、一体どうしたっていうのよ」
「ご、ごめん……」
そうなのだ、スープだけではない。他の家事でもことごとく失敗をしていたのだ。
原因は判っている。わかっているのだが、どうすればいいのだろうか。これほどまでになったことなど、これまで経験がなかったのだ。
「し、塩持ってくるね。申し訳ないけど、味は自分で調整して」
「ちょい待ち。あんた、明らかにおかしいけど、昨日市場でなにかあったの?」
俺のこの不調は、昨日市場であった出来事が原因である。だが、言えない。言ったら絶対に、からかわれる。
「な、なにもないよ!ほら、昨日買いたてほやほやの塩だよ!」
「ふーん、どうせ市場で可愛い女の女の子でも見つけて、思い出していたニヤついてたんでしょ」
大正解である。
「……ミラル、心の中読む超能力でも持ってるの?」
「そんなことできないわよ。あんたの顔に出てるわよ、女の子に惚れましたって」
俺はどうやら、顔にとても出やすい人間のようだ。だとしても、読み取った内容が具体的すぎるが。
「……そうだよ。昨日、一目惚れっていうのかな、どうしても心に残る女の子がいて」
「へえ、おめでたいことじゃない。で、どんな娘?どこの娘?」
ミラル、ものすごく興味津々である。
「市場の真ん中あたりに花屋があって、そこの店員の女の子。多分、俺やセリナと同い年くらいだと思う」
昨日、買い物の最後に寄った花屋。そこにいた女の子をひと目見たその時から、俺の心はおかしくなってしまったのだ。
「そういえば、花屋なんてあったわねぇ。だから昨日、花買ってきたのか」
昨日買ってきた花は、花瓶に差してテーブルの上に飾ってある。ミラルの家には飾り物が一切なかったため、テーブルの花だけでもかなり見栄えが変わった。
「それで?その娘の名前は?なにか話したりはしたの?」
ミラルは身を乗り出して、更に聞いてきた。
「ミラル、なんでそんなノリノリなの?」
「そりゃあんた、一緒に住んでる子に素敵な人ができたってんなら、気になっても仕方がないもんでしょ」
「はあ、そんなもんなのかなぁ」
きっと、兄弟に好きな人ができたときのような感覚なのだろう。俺には兄弟はいないため、ミラルの気持ちはよくわからないが。
「と、とりあえず、この話はここでおしまい!ほら、早くご飯食べないとギルド行くの遅れちゃうよ?」
慌てて話題を切り替え、スープを口に運ぶ。味がない。そうだ、塩を入れ忘れていたのだった。
「そうねぇ……そうだ!いいこと思いついた!」
ミラルが手を叩いた。何かを閃いたのだろうその様子に、俺はなにやら嫌な予感を感じていた。
※※※
「ほう、あそこの花屋なのね」
「そうだけどさ……」
朝食を食べ終えた俺たちは、何故か市場まで来ていた。まだ朝も早いというのに、どこの店も活発に動き始めている。
「ミラル、ギルド行かなくていいの?」
今日、ミラルは休みの日ではない。普通はギルドに行かなければならないはずの日だ。
「大丈夫よ。行かなきゃその分だけ依頼受けられなくなるだけだし、一日くらいサボったってバチは当たらないわよ」
それでいいのか社会人。そう思いながら、花屋の方に目を向ける。
俺たちは今、少し離れた位置から花屋の方を見ている。食品系の店が多い中にポツンと立っているその店は、『フローリアの花束』という店名を、店舗上部の看板に掲げている。
「さて、どんな娘なのか見てみたいけど、外に出てくるかな?」
「ミラル、めっちゃ興味津々じゃん……」
花屋の店舗の軒先には、いくつか花が展示されている。もしかしたら、商品を整えに出てくるかもしれない。それを期待して、二人で店舗の方を見張っている。
「……ねえミラル、俺たち、すごい怪しくない?」
二人して花屋を見張っているのだ。周りから見たら、おかしな二人組に見えているだろう。
「そんなこと言ってたら、実るもんも実らなくなるわよ。言うじゃない、恋は盲目って」
多分、それは使い方を間違えている。そう指摘しようした瞬間、花屋のドアが開いた。
「あ、あの娘だ……!」
ドアから出てきたのは、俺と同い年くらい、13、14歳くらいの女の子だ。長いクリーム色の髪の毛をポニーテールに結んでおり、頭には三角巾、体には大きなエプロンを着ている。そして、可愛らしいニコニコ顔で、花束を運んでいる。
「おー、あの娘か。可愛い娘じゃないの、良かったわねえ」
何が良かったのかはわからないが、花屋の女の子の姿に、つい見とれてしまう。歩く姿、陳列された花を整える姿、そのどれもが可愛らしい。
昨日花を買ったときは、あの女の子とかなり近くで、それも言葉をかわしたのだ。客の店員のごくありふれたやり取りだったが、声も可愛く、未だに耳に残っている。
「ちょっと、顔赤くなってるわよ」
しまった。思い出していたら、ついのめり込んでしまった。
「で、どうすんの?声かけないの?」
「え!?いや、声かけるにしても、どうしたらいいのか……」
確かに、話しかけなければこれ以上の進展はないだろう。だが、俺はこれまで恋愛というものの経験は一切なかった。何をどうしたらいいのかわからない。
「相変わらず臆病ねぇ。こういうときは、どーんと勢いで行ってしまうのがいいってもんよ」
「ちなみにミラル、恋愛経験は?」
「ほとんどないわよ。ずっと戦いっぱなしだったし」
だめだ、今この場でミラルは役に立たない。思いついた良いこととは何だったのか。だがかといって、俺一人でどうにかできるものでもなさそうだ。本来ならば一人で解決しなければならないのだろうが。
「勢いで行くと言っても、そもそもその勢いが……あれ?」
なにやら、見覚えのある人物が花屋の方へと歩いていくのが見えた。あれは、ランだ。ランは花屋に辿り着くと、女の子に話しかけ始めた。
「あれ、ランだよね?花屋に行ったりするんだね、ミラル……ミラル?」
すぐ横にいたはずの、ミラルの姿がない。まさかと思い花屋の方へと視線を戻すと、女の子とランの方へと意気揚々と歩いていくミラルの姿があった。
俺は何を思ったのか、ついミラルの後を追いかけてしまう。
「あらラン、奇遇ねぇ。こんなところで会うなんて」
「ちょ、ちょっと、ミラル!?」
慌てて追いかけたが、追いついたのはまさに花屋の目の前だった。
「おお、ミラルではないか。それにショウタも。今日はギルドに行くんじゃなかったのか?」
「いや、ちょっと野暮用でね。ランこそ、花屋に用事があるなんて珍しいじゃないの」
「ああ、数日後に母が訪ねてくるのでな、部屋に飾っておこうと思って」
俺たちを放置し、大人同士で会話を始めた。取り残された俺と女の子だが、女の子は相変わらずニコニコと笑っている。
「そちらの方、昨日来てくださった方ですよね?」
「は、はいぃ!?」
突然女の子に話しかけられ、つい声が裏返ってしまった。
「昨日はありがとうございました。お礼を伝える前に慌てて出て行っちゃったものだから、こうしてまたお会いできて嬉しいわぁ」
女の子はニコニコと、こちらに話しかけてくる。その声は、耳によく入ってきた。
「こ、こちらこそ、素晴らしい花をありがとうございました!」
緊張して変な声しか出ない。落ち着け、落ち着くんだ俺。
「そうそう、今日はね、あなたに用事があってきたのよ」
突如、ミラルが割って入ってきた。頼む、余計なことは言わないでくれ。
「あらまぁ、私に?」
「こいつ、ショウタっていうんだけど、この街に来たばかりでね、まだ友達がいないのよ。だから友達になってあげてくれない?」
いや、これはナイスなサポートかもしれない。友達から始めるのは大切なことだ。
「私と友達に?あらまぁ!いいですよ!」
女の子は手を叩き、喜んでいる。びっくりするくらい、ものすごく順調に話が進んでいる。
「ほ、本当にいいの?」
「私も、お店の手伝いが大変で、なかなかお友達ができなかったの。だから、すっごくうれしいわ!」
ミラル、ありがとう。この世界に来て、何度目になるかわからないが、ミラルに深く感謝した。
「よかったじゃないの、ショウタ!ほら、これから頑張りなさいよ!」
ミラルが俺の背を叩きつつ、こちらにウィンクをしてきた。
「なんだかよくわからないが、友を作るのはいいことだ。ショウタ、この縁を大切にするんだぞ」
おそらく、ランは状況をよくわかってないのだろうが、うんうんと頷いた。
「よ、よろしくおねがいします!改めて、ショウタ・ミナヅキです!」
「私はエア、エア・フローリアよ。よろしくね、ショウタさん!」
※※※
「ありがとう、ミラル。ありがとう」
「あんた、今日それ何度目よ」
花屋からの帰り道、俺は何度もミラルに感謝の言葉を伝えていた。数え切れないほどに。
「まったく、この前は私のことが好きだなんて言っておいて、早くも乗り換えちゃってまぁ」
「そ、それはそういう意味で言ったんじゃなくて!」
「ふふ、わかってるわよ」
ミラルはいたずらっぽく笑った。
「さて、お膳立てはしたんだから、あとはあんたの力で頑張りなさいね」
「う、うん!頑張ってみるよ!」
なにはともあれ、ミラルのおかげで第一歩は踏み出せたのだ。残りの舵取りは、俺が一人でこなさなければならない。
いつかこの恋が確実なものになるよう、心のなかでしっかりと帯を締めるのであった




