第12話:魔力の薬
「よし!今日も終わり!」
リビングの掃除を終えた俺は、額の汗を拭った。これで今日の仕事は、料理以外は全て終了である。
「時間は、昼前か。うん、手際良くなってきてるんだなぁ」
今朝ミラルに言われたことだが、確かに掃除の腕前も上がってきている。最初の頃は、全て終わるのに昼過ぎまでかかっていたからだ。
「昼ごはん食べたら、今日は何しようかな。本の続きも気になるし、まだ行ってないところもあるしなぁ」
最近は家事の後に余裕ができてきたので、自由に過ごせる時間も増えてきた。なので、ミラルの家に置いてある本を読んだり、近所を散歩して景色を楽しんだりしていたのだ。
「よし、今日は散歩にしよう。明日から洗濯も一人でやることになるし、散歩は疲れてないうちにやっておこう」
そうと決まれば、まずは昼ごはんの準備だ。レシピ本を取り出して開くと、何を作ろうか選別を始める。
すると、玄関の方からノックの音が聞こえてきた。
「ショウタ、いるー?」
「はーい!今出ますよー!」
聞き覚えのある声が聞こえた。これはセリナの声だ。エプロンを脱ぎ捨てて、玄関の方へと向かう。
扉を開くと、何やら大荷物を背負ったセリナが立っていた。
「おー、本当にいた!やらしい!」
「……閉めますね」
「ちょ、ちょっとまって!ごめんて!」
出会い頭にからかってきたので、扉を閉めようとすると、セリナは慌てて入ろうとしてきた。
「ちょっとからかっただけなのに、ひどい!」
「訪れて早々に人をからかうのはどうかと思いますけどね。で、どうしたんですか?ミラルなら、ギルドに行ってますよ」
「あ、敬語やめていいよ。歳も近いしね」
そう言うと、セリナは家に上がり込んできた。
「今日はね、あなたに用事があってきたのよ」
「俺に用事?」
「そう!きっと、あなたのためになると思うわよ!」
セリナは慣れた足取りでリビングに向かい、荷物を下ろすと、いつも俺が座っている椅子に腰掛けた。
「あ、お茶は食器棚の左下の方にあるやつね。お菓子はいいや、ご飯近いし」
「知ってるんだ」
まるで勝手知ったる我が家のごとく、来客用のお茶を指定してきた。ミラルはセリナが何度か泊まりに来たことがあると言っていたが、これは相当な回数泊まっている。
「それで、俺に用事って何?またギルドからの呼び出し?」
キッチンの小型かまどに火を付け、水の入ったポットを置く。
ミラル、ランと一緒に砦へと向かって以来、ギルドから俺に招集がかかることはなかった。それを少し残念に思っていたので、僅かに期待が湧いてくる。
「ギルド?違うよ、ギルドはこれから向かうところだったの。その後に遠征だから、荷物はそれのためのもの」
「なんだ、そうだったんだ。それじゃぁ、セリナが用事あるの?」
少し落胆しつつ、かまどの火加減に気を配る。元の世界にあったガスレンジとは違い、火力の調整が難しいのだ。
「そうそう、私が用事あるのよ。あなたにいいものを持ってきたのよね」
そう言うと、セリナは背負ってきたリュックを漁り始めた。なにやらプレゼントがあるらしい。
「いいもの?何?」
「えーと……あった!これこれ!」
何かを探り当てたセリナは、リュックからそれを取り出してテーブルの上に置いた。それは、一本の小さな瓶だ。
「瓶?何が入ってるの?」
「私お手製の魔力回復薬よ!それも、効能の高い良いやつ!」
瓶をよく見ると、なにやら液体が入っている。
「魔力の回復って、そもそも俺、魔力全く無いんでしょ?」
そうなのだ。先日セリナにそう言われたばかりなのだ。
「全く無いのに回復だなんて、おちょくってる?」
「違う違う!ちゃんとした理由があって持ってきたのよ!」
セリナは首を左右に振る。
「魔力ってのはね、生物の生命エネルギーの一部でもあるのよ。だから、個人差はあれど誰でも魔力は持ってるはずなのよね。で、魔力回復薬を飲めば魔力が足されるわけだから、魔力のない人でも多少は魔法を使えるようになるってわけよ!」
セリナは胸を張って言った。
「だから、魔力がゼロのあなたでも、これを飲めば回復量分は魔法を使えるってことよ!」
「うーん……?」
セリナの早口に、理解があまり追いつかない。要するに、この瓶の中身を飲めば、少し魔法を使えるようになるということらしいが。
「というわけで、飲んでみて!」
ぐいっと、セリナが瓶を押し付けてくる。
「わ、わかったから!飲むから!」
強引なセリナから瓶を受け取り、瓶の中身をよく見てみる。色は無色透明で、アニメやゲームなどに出てくるような魔法薬のイメージとは異なる。封を切り臭いを嗅いでみると、これまた無臭だ。
「ただの水にしか思えないんだけど、ほんとうに魔法薬?」
「私が飲みやすいように改良したのよ!すごいでしょ?」
セリナは再び胸を張って言った。魔法だけではなく薬にも精通してるのは、本当ならばたしかにすごい。
疑い半分に、俺は瓶の中身を少し口に運んでみた。味は、少しだけ甘い。
「どう?美味しいでしょ?」
「うん、たしかに薬って考えたら飲みやすいかも」
二口、三口と薬を飲み、全て飲み終える。体への変化は、特に感じられない。
「うーん?特に何も感じないけど……」
「大丈夫!魔力は補充されてるはずだから!ちょっと待ってて!」
そう言うと、セリナは再びリュックを漁り始めた。
「あ、そうだ。お湯の様子見ないと」
俺は振り返り、ポットの様子を見ようとした。したのだが、一瞬視界がぐらついた。
「え……うっ!」
その直後、急に強い吐き気が襲ってきた。俺は我慢できず、その場に吐いてしまう。
「触媒あった……って、ショウタ!?」
セリナの声が遠い。視界が回る。激しい気持ち悪さとともに、俺の意識は急速に白くなっていった。
※※※
「ん……あれ?」
「ショウタ?よかった、気がついた……」
気がつくと、俺はいつの間にか仰向けに倒れていた。ミラルとリオさんが、こちらを覗き込んでいる。
「大丈夫?ショウタくん、気分悪いところはある?」
「リオさん、ミラル……」
まだ、胸のあたりがムカムカする。そうだ、吐いてしまったんだ。
横になりながら辺りを見てみると、ここは家ではなく、ギルドの治療室だ。
「あれ、俺、家に……」
「セリナが慌てて飛び込んできたから、私が運んだのよ。病院よりもこっちのが近かったしね」
「そうだ、セリナが持ってきた薬を飲んだら、急に吐き気が……」
あれほどまでの吐き気は、今まで経験がなかった。身体に合わないものでも入っていたのだろうか。
「まだ無理に動かないで。念の為解毒魔法はかけたけど、身体には負担が残ってるから」
体を起こそうとしたが、リオさんに止められた。看病してくれたのはリオさんらしい。
「……セリナ。今回は無事だったから良かったものの、一歩間違えればショウタは死んでたかもしれないのよ?」
キッと、ミラルは後方を睨む。その視線の先には、しょんぼりと落ち込んでいるセリナが立っていた。
「ごめんなさい……でも、ちゃんと私も飲んでいたものを渡したのよ……」
セリナは、今にも泣き出しそうだ。とても、ノリノリでミサイル魔法をぶっ放していたのと同じ人物には見えない。
「大丈夫だよ、ミラル。俺、こうやってまだ生きてるわけだし。多分、身体に合わなかっただけだと思うから、そんなセリナを責めないであげて」
「ショウタ……」
セリナは涙目でこちらを見つめている。あの時の熱のある解説からは、とても悪気があってあの薬を飲ませたようには思えなかった。
「はぁ、わかったわよ。とりあえず、あんたは今日はこのまま、ここで休ませてもらいなさい。リオさん、それでいいかな?」
「ええ、いいわよ。まだ心配だし、任せてちょうだい」
「セリナは遠征行くんでしょ?依頼者に迷惑かかるし、そろそろ行きなさい」
「うん……ごめんね、ショウタとミラル、リオさん……」
セリナは目を拭うと、そのまま治療室から出ていった。
「それじゃあ、私は仕事に戻るから、あんたはしっかりと身体を休めておきなさいね。リオさん、ちょっといい?」
「ええ、なにかしら?」
ミラルとリオさんは、部屋から出ていった。
「はぁ……」
体勢を少し変え、天井を仰ぐ。まさか、この部屋の同じベッドで再び目覚めることになろうとは。
「……俺、この世界に来てから気絶してばっかりだなぁ」
ミラルに気絶させられ、ランに気絶させられ、セリナに気絶させられた。今度は誰になるだろうか。
そんなのんきなことを考えていたら、ゆっくりと眠気が襲ってくるのであった。




