第11話:ミラルの家族
異世界転生。それは、おそらくそういった物語を読んだことがある者なら、誰しもが憧れる出来事であろう。
ところで、もし異世界転生に成功したとして、皆は何をするであろうか。特殊能力を用いて、英雄を目指すのだろうか。それとも、美少女ばかりのハーレムを作ろうとするのだろうか。
実際に異世界転生を果たした、俺の場合は。
「うん、ようやくマシになってきたわ。ちゃんとこのまま食べられる」
「本当!?よかったー!」
料理の腕前が上達したことに、一喜一憂していた。
ミラルの家に世話になり始めて早十日ほど。ほぼ毎日三食の料理を続けることで、料理の腕前は着実に上がっていた。今ならよほど難しいものでなければ、レシピを見ながらならどんなものでも作れる自信がある。
「掃除も最初に比べたら手際良くなってきてるし、あんた、意外と家事の才能あるんじゃない?」
「そうかな?今までやったことなかったけど、実際やってみないとわからないもんだなぁ」
ミラルに褒められて、素直に嬉しかった。が、同時に、異世界で俺は何をやっているんだろうという落胆も少しだけあった。
もしかして、俺の特殊能力とは家事関係のものなのでは、とも考えたが、更に落ち込みそうなのでその考えは放り投げた。
「これなら、もう一個やってもらうこと、増やしてもいいかな?」
「もう一個?なんだろう」
ミラルがいたずらっぽく笑っている。なんだか、嫌な予感がする。
「洗濯よ」
「なんだ、洗濯……え、洗濯!?それって、つまり……」
確かに、これまでやっていなかった。だが、それはつまり、ミラルの服も洗う、ということだろうか。
「そう、洗濯。一応あんたも年頃の男の子だし、これまでは気遣って私がやってたんだけど、もうそろそろいいかなって」
ミラルがニヤニヤしながら言う。ミラル、絶対にからかっている。
先日、セリナに連れ込まれた男扱いされて、少し意識してしまった。そんなこともようやく忘れかけた頃に、ミラルの服を洗濯することになるとは。
「やり方は教えてあげるから安心して。多分あんた、元の世界でも洗濯とかやったことないでしょ?」
「そ、そうだねぇ、あんまりやったことないねぇ」
焦りのあまり、口調がおかしくなってしまった。
「……ショウタ」
「な、なに?」
急にミラルが、真剣な顔になる。
「えっち」
そして、ニッコリと笑いながら言った。
恥ずかしさのあまり、俺の頭の中は真っ白に、顔は真っ赤になっていくのであった。
※※※
「ひー……終わった……」
「はい、お疲れさん。初めてにしては上手いじゃないの」
この世界には洗濯機がないため、洗濯板で洗い物をする必要がある。そのため、簡単にはいかない重労働となってきた。
すべての洗濯物を洗い干し終えた俺は、床に仰向けに倒れ込んだ。もはやミラルの服だとか下着だとか気にする余裕もなかったほどだ。
「洗濯は毎朝早くにお願いね。遅くに干しちゃうと、乾かないし」
「はひぃ……」
ミラルは寝ている姿を見かけないほど、夜寝るのが遅いが、朝起きるのは早い。きっと、早く起きた時間に洗濯をしていたのだろう。
「それじゃあ、私はギルドに行ってくるから。休んだら、掃除お願いね」
そう言うと、ミラルは武器置き場を漁り始める。そうだ、まだやることはあったんだ。
「……ミラルはすごいなぁ。ギルドの仕事も含め、一人で全部やってたんでしょ?」
改めて、ミラルの凄さを感じてしまう。戦いだけではなく、家事までこなしてしまうだなんて。
「やってたけど、体力には自信があるからね。それに、一人の時は毎日はやってなかったしね」
「そっかー、それでもすごいよ……」
そこまで言って、ふと思った。ミラルはいつから、一人で暮らしているのだろうか。家族とかはいないのだろうか。
「……ねえ、ミラルは家族とかはいないの?」
つい、直球に思ったことをそのまま聞いてしまい、後悔した。こういうことを聞かれるのを嫌う人もいる、ということを考える前に口から出てしまったのだ。
「え、家族?」
「あ、ごめん!答えたくなかったら、答えなくていいから!」
「そんなことないわよ。いるわよ、離れて暮らしてるけどね」
よかった、どうやら禁句ではなかったようだ。
「兄一人とそのお嫁さんが、遠く離れた村にいるわ」
「お兄さんがいるんだ。その人も賞金稼ぎ?」
「昔はね。今は引退して、村の警備してるっていうわ」
ミラルは懐かしむように、笑いながら言った。
「うちは親が早くに亡くなってね、兄貴が私達の面倒を見てくれたんだよね。その時から家事の手伝いしてたから、一人になっても苦労しなかったわ」
「そうだったんだ」
「そんな兄貴の背中を見てたから、私達も戦いの道に進んだのよね。今年でもう十年になるわ」
十年、ミラルはそんなに長く戦い続けているというのか。
「ミラルって、いくつなの?」
「ちょっと、レディに年齢を聞くのは失礼よ」
ミラルは一瞬、ムッとしたような顔をしたが、すぐまた笑顔に戻った。
「今年で24になるわ。あんたくらいの歳の頃には、もう賞金稼ぎやってたわよ」
「そうなの?すごいじゃん」
俺は今、14歳だ。ミラルは義務教育の終わらないような歳から、あんな凄惨な現場で戦っていたのか。
「この辺じゃ、そこまで珍しくもないことだけどね。あんたくらいの歳で働いてる子なんてたくさんいるわ。それこそ、賞金稼ぎもね」
俺のような子供が、普通に働かなければならない世界。なるほど、この世界に送った光る何かが最後に言っていた言葉は、そういうことも表していたのだろう。
「俺みたいな歳で、あんな戦いの場に……」
「ほとんどは、若いうちは付き人みたいなもんで、戦いには滅多に参加しないけどね。まあ、私達はそこそこ腕っぷしが強かったから、兄貴に並んで普通に戦えてたけど」
先程から何回か出てくる言葉に、少し気になる部分があった。
「……私、達?」
「ああ、そうだった。弟がいたのよ。双子、みたいなもんかな、一緒に賞金稼ぎの道に進んだのよ」
ミラルの顔に、懐かしみと同時に悲しみのようなものが表れ始めた。その表情と『いた』という過去形から、その弟の現在が察せられる。
「パスカルっていうんだけどね、臆病で、強がりで、だけどよわっちくて、人一倍正義感は強くて優しくて。そんな奴だったよ」
ミラルの表情が、曇っていく。
「その弟、もしかして、もう」
わかっていた。わかってはいた。だが、言わずにはいられなかった。止められなかった。
「ああ、死んだよ。八年も前に」
ミラルの表情は、これまでに見たことのない、悲しさと悔しさに満ちたものであった。
※※※
「弟、かぁ」
ミラルが出かけた後、俺は掃除も何もせず、ベッドに仰向けになっていた。
ミラルの最後の表情が、脳内に焼きつけられて離れない。そして、同時に思い出すものがあった。
「もしかして、あれは……」
時折、ミラルは俺の頭を撫でたり、肩を叩いたりしてきた。それは力強くも、優しく感じるものであった。
もしかしてあの優しさは、本来俺ではなく、亡くなった弟に向けていたものだったのだろうか。
「……いい加減に掃除始めよう」
このままでは、考えに押しつぶされてしまいそうだ。掃除でもして体を動かせば、きっと忘れられるだろう。そう思い立ち、重い体をベッドから無理やり起こした。
だが、その最後に。
「ミラルの弟は、良い姉といられて、きっと幸せだったんだろうなぁ」
そんなことを考えて、リビングへと足を向けるのであった。




