タケルの呼び名
この日は朝から少し様子が違った。
土曜日なので、少しゆっくり起きさせてもらおうと思っていたが、朝から屋敷は少し騒がしかった。
少しゆっくり寝かせてもらおうと思ったのには、土曜日と言う理由以外に昨日疲れることがあったからだ。
学校が終わって放課後早めに戻って、王城に呼ばれていた。
そこで、『騎士』の授与式があった。
当然そんなのは出たことがなかったので、事前にクレアに習って練習をしていた。
授与式には国王が『騎士の称号を与える』と言ったら、それに応えるように『我が剣は国王と王都マティアスのために振るわれる』と言って、抜剣して剣を立てて持つ。
王都の謁見の場合、本物の剣は謁見の間に持ち込めないので、飾り要素の高い見た目は良いが、攻撃力皆無の剣が必要だった。
当然タケルはそんな剣を持っていないので、アルフレット(クレアパパ)に借りて対応した。
公式の場だったので、たくさんの貴族が集まっていた。
しかも、その後国王に呼ばれ談話室に行った。
そこでは、中央広場の食べ放題の店『バイキング』の売り上げが好調なのを受けて、2号店、3号店を出すように打診されていた。
食べ放題の店ばかりそんなにたくさんあってもしょうがないので、『焼肉店』、『オムライス店』などの専門店を出すことを提案したら、すんなり通り資金計画、経営計画などを提出することになった。
しかも、その計画は国王の娘、アルテーシアとやり取りすることになり、これから何度も王城に行く必要が出てきた上に、店をオープンさせ、さらに軌道に乗せる大仕事が待っていた。
念のために確認しておくが、現役高校生のタケルにはとても荷が重い話だった。
それらのこと全てが心労となってぐったりしていたのだ。
(とんとん)「タケル様、シャルです。失礼します。」
「はーい」
ゆっくり寝ているのは無理そうだった。
まあ、それはそうなのだ。
婚約者とはいえ、クレアの屋敷に居候させてもらっている身、部屋はそれぞれにあると言ってもゆっくり寝ているというのは、叶わない話だろう。
扉を上げると、クレアの専属侍女であるシャルが立っていて、深々とお辞儀をした。
「タケル様、いえ、タケル卿この度は騎士の受号おめでとうございます」
「わあ!どうしたんですか!シャルさん!」
「クレアお嬢様がお呼びです。お手数ですが、お嬢様の部屋までご足労お願いします」
「え?クレアさんが?かしこまってどうしたんだろう?分かりました。すぐに行きます」
タケルは、何かいつもと違うのを感じてすぐに着替えてクレアの部屋に向かった。
*
(とんとん)「お嬢様、お連れしました」
「入りなさい」
(がちゃ)クレアが扉を開けた。
促されてタケルがクレアの部屋に入った。
「おはようございます。何だか様子が違って・・・」
室内ではクレアがいつもとは違うドレスを着ていた。
「おはようございます、タケル卿」
「きょう・・・って。何ですかそれ?」
「先にお知らせしていないと困惑されると思って、お呼びしました。どうぞ、おかけください」
タケルは言われるままに椅子に座った。
「タケルさん、昨日はお疲れ様でした。」
「あ、王城の・・・お疲れ様でした」
「タケルさんは『騎士』の称号を受けられたので、正式に『準貴族』になられました」
「あ、そうなるんですか」
「はい、マティアスは日本よりも身分制度が明確です。上の身分の者と下の身分の者には明確な線引きがあります」
「ああ、そういうことか!」
「はい、タケルさんが今胸に付けているバッジがありますね」
「はい、昨日王様からいただいたので、記念につけています」
「それは公式の場では必ず付ける必要がありますし、公式の場でなくても基本的に付けることが推奨されています」
「え?そうなんですか?」
「はい、そして、『騎士』であられるタケルさんのことを、街の方は『自分よりも身分が上の方』として捉えますので、気軽に話しかけることができなくなります」
「ええ!?それは嫌だなぁ。仕事にも差支えが出そうだな・・・」
「例えば、バッチをつけないでいれば、今まで通りでいられますが、実はタケルさんが騎士だと分かると、その方は最悪の場合不敬罪で罰せられてしまうこともあります」
「ええ!?そうなんですか!?色々難しいんですね」
「そうですね。後は、称号についても確認しておきましょう」
「はい」
「マティアスの爵位には四爵と言って、 侯、伯、子、男の4段階があります。他国では公、侯、伯、子、男の五爵のところもありますが、マティアスでは「公爵」と「侯爵」が合わさって1つとなっていると考えてください」
「なんか既に難しいですね。貴族は4種類あるということですね」
「はい、そうです。そして、その下に『準貴族』として『騎士』がいます。呼称は「卿」です。タケルさんはこれからタケル卿と呼ばれるでしょう」
「え、じゃあ、クレアさんって僕よりも1段上のちゃんとした貴族で、しかも1番上の侯爵ってことですか!?」
「侯爵はお父様です。私は侯爵令嬢です。世代交代があれば侯爵を受け継ぐかもしれませんが、結婚すれば旦那様が受け継ぐことになります」
「え!?それって・・・」
「はい、タケルさんのことです!」
「え!?それって僕・・・すごい玉の輿!?」
「はい、すごい玉の輿です」
「うわー!」
頭を抱えて狼狽えるタケル。
「基本的に爵位は上の身分の者しか与えることができませんので、侯爵家は我が家だけで、その上には王族しかいません」
「ああ、王様!そうか、アルフレットさんは王様の弟か!」
「はい、だから、そのままでもいずれ侯爵家当主になられるのに、ご自身の力だけでも騎士になられたということです」
「それはすごいことですか?」
「そうですねぇ・・・」とクレアがあごに人差し指を当てて少し上を見ながら考えていた。
「日本の宝くじを10回連続で1等当てるよりすごいことです」
「ええ!?確か、宝くじに当たる確率と雷に打たれる確率が同じくらいだったはず・・・じゃあ、1日に雷10回落ちるような確率・・・」
「その価値を改めて伝えて、わたしくの価値を高めるわたくしはあさましいでしょうか・・・それくらいしかアピールポイントが無くて・・・」
クレアは急にしゅんとしてしまった。
タケルは立ち上がって、テーブルの向かいに座っているところまで行き、後ろから首のあたりに腕を回しゆっくりと抱きしめた。
「こんなことを言うと、身の程知らずって言われそうだけど、クレアさんのことは大好きです、すごく尊敬もしていますし。アピールなんてしなくても好きゲージはカンストしてます」
「ゲージ?カンスト?言葉は分かりますが、どういう意味ですか?」
クレアはタケルの知っている言葉を全てインストールした過去があるので、タケルが湿地える言葉は全てクレアも知っている。
ただし、知識の共有ではないのでその意味までは分かっていない。
「クレアさんが思っている以上に僕はクレアさんが好きってことです」
普段ならこんな大胆な行動、言葉を言ったりすることはないだろう。
ただ、あまりにもいじらしいクレアの行動に心臓が鷲掴みにされてしまったのだ。
「あと、僕は格下なので、知ってしまった以上、『クレア様』とお呼びした方が・・・」
「止めてください!これ以上溝を深めないでください!!むしろ、『クレアちゃん』くらいにしてほしいくらいです!」
「では、街の人とこれまで通りに過ごす良い方法を教えてくれたら、これまで通り『クレアさん』で行きたいと思います」
タケルがにやりとした表情で返した。
「簡単です。これまで通りでと『許可』を与えればいいのです」
「それだけですか?」
「はい、それだけです。ただ・・・」
「ただ?」
「会った人の数だけ言う必要があるでしょうねぇ」
「ぎゃー!すごく大変じゃないですか!あ!シャルさん!そういうことか!」
「シャルはきっとわざとです。いたずら心で」
今度はクレアがにやりとして返した。
「ぬうぅ」
「わたくしが指示しましたし」
「なんですとぉ!?」
やはりタケルはクレアには勝てないと何度目か認識させられてしまったのだった。
「あと・・・」
「まだあるんですか?」
タケルの眉がハの字になった。
「タケルさんはこれからもっともっと大変になると思います」
「うっそー!適当ですよね!?」
「わたくしのカンは必ず当たります」
「必ず当たるのってそれはもはやカンと呼んでいいの!?」
「ふふふふふ」
そして、そのカンは早速、朝食の時に当たるのだった。
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