変わりゆく日常2 紅茶と空気
メイドの女子たち、男子も含めてクラス全員が「バックヤード」に移動した。
ワタナベとココアだけはお客さん席に座っている。
準備はできたな、とタケルはバックヤード側の扉を開けた。
もちろん、『ドアツードア』だ、扉から出てきたのはクレア、シャル、ローレットだった。
「「失礼します」」
シャルとローレットが共に1歩前に出た。
クレアの視線による合図でシャルとローレットが動き始めた。
クラス全員が呆気に取られている。
シャルは音もなく壁(がある体の何もない空間)の前に立ち、ローレットがテーブルの方にオーダーを取りに行った。
ワタナベとココアが向かい合って座っているテーブルの傍らに付き、メニューを出した。
「え?あ!えっと・・・あの・・・」
ワタナベがタジタジだ。
「パンケーキとー、紅茶をふたつー」
ココアが臆することなく注文した。
こういう場合は、女の子の方が、肝が据わっているのかもしれない。
「かしこまりました。」
注文を聞くと、お辞儀をして引いた。
ファミレスだと注文を確認する。
それが悪いわけではないが、聞き取れなかったり、注文があやふやなときにはシャルやローレットも確認するだろう。
しかし、プロは主人の言葉を聞き逃さない。
通常の注文で彼女たちが訊き返す必要などないのだ。
注文を聞いたローレットはシャルに目で合図を送る。
メニューは少なくてある程度は予想がついていたので、あえて言葉を交わす必要がなかったようだ。
シャルはローレットが待機する前にパンケーキに調理に入っていた。
こちらも既に解凍してあるので、あとは焼くだけ。
1分も焼けば焼目が付く。
シャルは同時に紅茶の準備も開始した。
ちゃんと紅茶を淹れようと思ったら、ティーポットに茶葉を入れ、高い位置からお湯を注ぐ。
こうすることで適度に空気が含まれ良い具合になるのだという。
この辺の所作は、『バックヤード』で行われているので本来客側からは見えないが、客席のワタナベとココアも『おお!』と声を上げた。
バックヤードの生徒たちからも声が漏れていた。
ローレットは緊張気味のワタナベとココアのところに行って、スプーン、フォーク、砂糖やミルクなどをテーブルに準備しながら、話を始めた。
「ご主人様、お嬢様、今日は良い茶葉が入ったんですよ」
満面の笑顔で説明した。
「へ、へえ・・・」
ワタナベの鼻の下が伸びた。
思春期真っただ中の高校生男子は、笑顔で話しかけられるだけで勘違いする生き物なのだ。
「あっしー、紅茶ってよく分かんないんだけど、良い茶葉と普通の茶葉ってどこが違うの?」
ココアの質問は、別にワタナベがデレデレしていることに対する嫉妬というわけではなく、普通に興味がわいたから出た質問みたいだった。
ローレットはちょっと顎の下に人差し指を当てて、考えるようなしぐさをしながら答えた。
「そうですねぇ、まずは『出来立て』ってことですかね。茶葉も古くなると風味や味が落ちてきますし」
「ああ、なるほどねー」
「お茶の葉がすごくいい物だったら、淹れ方が少し悪くても60点くらいの紅茶にはなります。でも、茶葉が良くないとどんなにちゃんと淹れても30点は超えないでしょうね・・・」
「え?そんなに違うの?」
「はい、紅茶の味や風味を考えると、茶葉50点、淹れ方50点、両方が最高の状態で100点というところでしょうか」
「淹れ方か・・・」
「今日の茶葉はすごく良いものですし、お茶を淹れるのは私の先輩ですので、90点以上は行くと思いますよ」
「へー、それは楽しみだ」
ワタナベもココアも紅茶に期待が出てきた。
ホットケーキの準備と紅茶の準備でどんなに作業を早めても物理的に1~2分はかかる。
ローレットは、その間の退屈な時間を、ちょっとした会話でつないだのだ。
シャルがティーポットにふたをした。
この時ちょうどパンケーキも仕上がった。
準備が完了したことをローレットは後ろざまに音で察して、料理と共に運ぶ準備に移った。
取りに行くまでに、シャルはパンケーキに生クリームをトッピングした。
全てが機械仕掛けの歯車の様に、何一つ乱れることなく動きがリンクしていた。
ローレットが料理と紅茶をテーブルの上に置いた。
「紅茶は茶葉が蒸れるまであと1分程度待ってからお飲みいただくとおいしく飲めますよ」
簡単に説明を添えた。
シャルもローレットも見えない壁の前に待機した。
ワタナベがローレットにチラリと視線を送ると、ローレットが笑顔で手をブンブン振ってこたえていた。
ココアが紅茶の香りに待ちきれなかったみたいだ。
「もういーかな?1分経った?」
「やべ、計ってなかった。でも、1分は経ったと思う」
ギャルで爪はネイルでやたら長いが、ココアがティーポットを手にして、ワタナベの分も紅茶をカップに注いだ。
そして、カップをゆらゆらさせながらも、こぼさないように、ワタナベの前に置いた。
「あ、さんきゅ」
2人してカップにフーと息を吹きかけ、少し冷ましながら紅茶を飲んだ。
「あ、うまい」「うんま!」
同時に声が出た。
「ヤベ、違うわこれ。ティーバックと比べたら全然違うわー」
とりあえず、2人が紅茶とパンケーキを食べ終わると、タケルが声をかけた。
「はい、お疲れ様。どうでしたか?」
「マジヤバい。あっしなら、1人分で1000円出すわ」
「だ、そうです」
タケルが横に立っていたクレアに伝えた。
「ありがとうございます」と言うと、クラス中が沸いた。
「なんだよ!ぜんぜんちげーじゃん!同じ制服着ているのに!」
「いやー、かっこいいわー!あんな風にメイドしたい!」
「ああ、やべ、俺、惚れたかも。俺の中のメイド属性がめらめらと・・・」
みんな口々に好きなことを言っていた。
「それじゃあ、ティーバックと茶葉での紅茶をそれぞれ1個ずつ準備するんで、飲み比べてみましょう」
タケルの合図で、シャルとローレットが紅茶を準備しはじめた。
味や香りは言葉で話し合うよりは、実際に体験した方が早い。
マティアスでのお茶の淹れ方は、こちらの世界とは少し違ったのだが、事前に練習をしておいしく入れられる様にしていたのだ。
それまでタケルも紅茶やコーヒーにそれほどの思い入れはなかったのだが、今回調べて色々な茶葉を仕入れて試したのだ。
ちなみに、ここで見つけたおいしい紅茶は、クレアの両親アルフレットとマリアにも振舞われたのだが、そのおいしさから紅茶ブームが来てしまい、紅茶と桃缶と言う訳の分からない組み合わせが屋敷では流行った。
それはまた別の話だ。
クラスのみんなが紅茶を飲み比べができたころ、クレアがみんなに言った。
「わたくしの国ではティーバックと言うものはないので、初めて使ったのですが手軽に紅茶が入って便利だと思いました。でも、手間はかかるのですが、茶葉を使っての紅茶は香りも味も長けていると思いました」
「たしかに」
「俺のバカ舌でもわかったわ」
「味の違いはあんまり分かんないけど、香りは全然違う!」
人数が30人以上いるのでワイワイと騒がしい。
「もしよろしければ、ここにいるシャルとローレットが紅茶の淹れ方をご指導させていただきます。少しコツはありますが練習すればここにいる皆様も全員お出来になります。いかがでしょうか?」
「まじ!?」
「この紅茶をうちらの店で出せるの!?」
「神!」
「でも、器具とかなくない?」
「お茶を淹れる器具類はわたくしの方から無料でお貸出しします。」
「まじ!?」
「借りない理由が見つからない」
「あれが出せるなら良くない!?」
良いと思ってもそれをどう実現したらいいのか分からないのが高校生だ。
まだ社会に出ていない経験不足からそうなってしまう。
その点、クレアはまだ12歳だがマティアスでは成人している。
社会に出て、色々と経験しているからこそ手助けができたと言える。
タケルはタケルで、市場で商売をしている関係上、料理のクオリティや値段にはかなりシビアになっている。
『学園祭の出店』と言ことで自分たちだけが楽しければ良いという考えもあるが、わずかでもお金をもらう以上、価格以上の物を提供しないといけないという責任感が沸いていたのだ。
こうして、女子15人は全員紅茶が入れられる様にこれから1週間ほぼ毎日特訓することになった。
*
女子はおいしい紅茶を淹れる方法を習う日々。
シャルとローレットが先生になって、器具の準備の仕方や使い方、紅茶を淹れるコツなどを伝授している。
珍しい器具もあったし、キリリとしたシャルたちの動きを見た女子たちはとにかく、そこを目指すことになっていた。
かわいいし、かっこいい、『かわいかっこいい』がメイドと言う物の共通認識となっていた。
すました感じで冷たい印象の接客ではない。
萌え萌えキュンばかりの独特な雰囲気でもない。
かわいい+かっこいい、お客さんもほっこりしてしまうような店がいつしかコンセプトになっていた。
女子たちはゴールが定まったのか、みんな一生懸命だった。
こうなると手が余るのが男子たちだ。
「実演」で実際にお店の動きを確かめてみて分かった課題もあった。
教室は『店部分』と『バックヤード部分』で仕切るためのパーティションが必要だということ。
メイド10人は多すぎるので、5人程度にする。
調理の流れや料理の提供などは慣れる様に事前に練習が必要。
そして、ほぼ全員の頭からすっぽり抜けていた『集客』。
男子たちはみんな集まって人的レイアウト、料理のオペレーション、集客にはポスターやサンドイッチマン、メイドが制服で集客して回る方法などについて話し合った。
ポスターは書くのに時間がかかるのでメニューや店の飾りつけなどを考えたり、準備をする数人以外はポスター係になってとりかかった。
タケルは何となくキムラを見た。
彼もポスターを書いているが、一人で作業をしている。
誰とも関わっていないのだ。
他のクラスメイトは黙々と作業しながらもポスターカラーの貸し借りをしたり、大変だと愚痴をこぼしあったりしながら進めているのに、キムラは完全に一人なのだ。
キムラにちょっかいをかけられる人がいなくて良いと思う反面、タケルはちょっと違うとも思っていた。
タケルもポスターを描いていたが、割と枚数が必要なのだ。
学校中に貼ることを考えたら最低でも20枚は必要だ。
しかも、ちょっと目を引くものでないといけないので、適当に描いたものではなく、ある程度描きこんだものが必要だ。
枚数、質をチェックする人間が必要だ。
そこで、タケルは教卓に上がってみんなに話した。
「あ、すいません。ポスターだけど、枚数チェックと質のチェックで選任を立てようと思います。できたポスターはその人に提出してもらいます」
「「はーい」」「りょうかーい」
「『集める係』としてキムラくんお願いできますかー?」
「っておれ!?」
「「「ぎゃははははは」」」
良いタイミングの反応はツッコミとなっていたクラスメイトの笑いを取っていた。
「紙とかポスターカラーとか足りなくなってきたら、お金も『集める係』に渡しておくから申し出て下さーい」
「「はーい」」
傍から見たら何でもないこと。
普通に新しい係ができただけ。
ごく普通のことだ。
だけど、タケルとキムラの間では特別な意味を持っていた。
特に取り決めはないのだけれど、タケルがキムラに頼みごとをするということは、タケルはキムラを許すということなのだ。
キムラは色々な人に当たりが強かった。
いじめていたと言っても良いだろう。
タケルも少しでも目立つようなことをしようものならつぶしに来るんがキムラだった。
その立ち位置が逆転した今、タケルが何かをしない限りキムラは動けないのだ。
タケルの周囲はタケルの味方。
タケルがキムラをいじめ返すのならば、甘んじていじめられないといけない。
キムラは包囲されているのだ。
『空気』とはそういうもの。
実際は何もない。
ここでタケルがキムラに頼みごとをするということは、キムラにとっては断れない内容。
それがとても大変な作業で、キムラが一方的に辛い目を見る様な屈辱的な内容だったら、タケルは『今度はお前をいじめるのは俺だ』と言う宣戦布告になる。
ここで頼んだのは、『普通のこと』。
つまり、タケルはキムラを許す、と。
今回の仕事をやってくれたらチャラと言う話なのだ。
「しょうがねーなー」
キムラはめんどくさそうな小芝居をしながら教卓に上がった。
「よーし!俺がポスターの進捗みるからな!出来たら俺にくれよ!」
「あ、とりあえず上がってる3枚は教卓の引き出しに入ってるからな」
「おう!」
キムラは周囲にも声をかけ、かけられ仕事を全うし始めた。
これで良かったのかどうかは分からなかったが、タケルの気持ちに陰る部分がなくなっていた。
空気は適度に動かさないといけないのかもしれない。
紅茶に空気を含ませておいしくするように。
あ、ヤバい。
ストックがあと1話しかない(汗)
明日の更新も朝6時です
よろしくお願いします。




