クレアとシャルとローレットの特訓
話は数日前にさかのぼる。
クレアは自室で悩んでいた。
-最近、タケルさんのことで悩んでばかりだ。
わたくしに何かできることはないのかしら。
悩むばかりであまり行動に移せていないのが一番の悩みです。
(トントン)
ドアがノックされた。
誰かしら。
シャルならばいつもノックはせず静かに部屋に入り、仕事して静かにさがる。
「はーい」
ドアを開けた時、わたくしの周囲の時間は止まりました。
タケルさんが部屋にいらっしゃった。
「どうなさいました?」
「夜にごめんね。実は・・・クレアさんに相談があって・・・」
「では、中にいらしてください」
クレアはタケルを部屋に通した。
2人が部屋のソファに座ったところで静かにシャルがお茶を持って入ってきた。
ドアを開ける音も、歩く音も一切しなかった。
タケルは思った「(忍者か!?忍者なのか!?現代の忍者なのだろう!?)」
ツッコんでいたら話は進まない。
タケルは我慢した。
「実は・・・学校でメイドカフェをするんだけど、クラスの女の子がメイド服を着るのを恥ずかしがっていて・・・」
またですわ。
『メイドカフェ』・・・言葉は知っているのに、それがマティアスには存在しないもの・・・ただ、このところ神々の世界に連れて行っていただいたので、知っている言葉から類推することはできる。
カフェ・・・飲み物が提供されるお店
学校・・・集団で教育を受ける施設
クラス・・・タケルさんが所属する集団
メイド服・・・侍女たちの制服
・・・『メイドカフェ』が分かりませんわ。
メイドのためのカフェ・・・
侍女を生業にしている者たちのための喫茶店かしら・・・
「あの・・・タケルさん、一つ質問が・・・」
「あ、うん、何?」
***
1時間経過
***
「理解しましたわ!その、侍女に扮した方たちによるカフェですわね!」
「そう!そうだよ!メイドカフェを完全に理解したね!」
メイドカフェとはそんなものだっただろうか。
ここにはツッコミが不在なのである。
作者はキャスティングを間違えたのか知れない。
「タケルさん、新しく質問が生まれました」
「うん、何?」
「侍女服を着たくない方たちが多いのに、なぜメイドカフェをすることになったのですか?」
「うーん、もっともな質問だね。日本には『多数決』という数の暴力があるんだよ」
「『多数決』・・・。なぜか言葉は分かりますが、内容は・・・」
「たくさんの人がいて、同じ意見の人がいたらその意見が採用されるんだ」
「つまり、少数意見の方々の意見は採用されない、と」
「そうだよ。だから、メイドカフェをしたい人は多かったけれど、それは男子に多かったんだ。ただ、メイド服姿の女の子を見たかっただけかもしれないけど・・・」
「マティアスは王政なので、国に関わることは全て陛下が決められます。わたくしたちからしたら興味深い制度ですね」
タケルは自分の相談内容に到達するまでの『準備』が長いと思いつつも、相談事はクレアにするのが一番適していると考えていた。
3度目のお茶を入れにシャルがクレアの部屋に入ってきた。
クレアが顎に指を当ててしばらく考えた後、タケルに言った。
「侍女に扮するのが嫌な方に侍女の制服を着せるには・・・侍女の服を着たいと思わせれば良いのではないでしょうか」
一瞬、なにそのトンデモ理論と思ったタケル。
しかし、クレアへの絶対的な信頼もあってか、目の前のシャル、以前にいたローレットとの話、ここで点と点がつながった。
「『憧れ』・・・か。シャルさんとローレットさんだ!」
「シャルとローレットですか・・・」
以前、タケルはローレットに話を聞いたことがあった。
『侍女の仕事をするのに抵抗はなかったか』と、そこで、ローレットは『最初は嫌だったが憧れの存在ができてからは好きになった』と答えた。
その『憧れの存在』が目の前にいるシャルらしかった。
シャルがタケルの視線に気づき、小さく微笑んだ(様に見えた)。
彼女は基本的にいつも無表情だ。
言葉も抑揚があまりなく、眼も半分閉じているというか、瞼が下がり気味というか、いつも眠そうな顔をしている。
お茶の準備を終えると扉の前でお辞儀をしてシャルが退室しようとした。
「シャル、ちょっと」
「はい、お嬢様どうされましたか?」
「ローレットを呼んであなたと2人で来てちょうだい」
「かしこまりました」
そういうと、シャルは音もなく下がった。
「・・・」
タケルはクレアに視線を戻し、話を続けた。
すごく話の運びが良い。
まるで、先を見通しているみたいだった。
「クレアさんにお願いがあるんだけど、シャルさんと・・・ローレットさんの日ごろの仕事を少しだけ僕のクラスメイト達に見せてもらいえないかな」
「タケルさんのクラスメイトの方たちにですか?」
「はい、流石にクレスメイトをマティアスに呼ぶのは色々と問題がありそうだけど・・・クレアさんとシャルさんとローレットさんの3人だけ、教室に来てもらう・・・とか」
「それはかまいませんが・・・シャルとローレットは日本語が話せません。それに、異世界に行くなると・・・」
「言葉は、また『インストール』を使います。ただ、内容は出来るだけ必要最低限にして」
「そんなことができますの?」
自分もそれが良かったと言わんばかりにクレアが返した。
「何度かやって、最近加減が分かってきたので・・・その・・・ごめん」
「いいですわ。そのおかげで『桃缶』にも出会えましたし」
クレアはいたずらっぽく笑った。
「はは・・・」
タケルは『この人には勝てないな』と1日に何度も思わされる。
「では、タケルさんのクラスまではどうやって参りましょう?」
「この部屋から直接『ドアツードア』で呼び入れましょう」
「『転移』の魔法はこの世界にも存在しますので、驚きはするでしょうが理解はできるでしょう」
「事前に準備したら、その点は大丈夫そうだけど・・・」
「お見せするのは、日ごろの仕事ということですが、具体的には何を・・・」
「うん、別に本物のメイドにしようって訳じゃないから、お茶を提供するところとか、入室、退室くらいで十分だよ」
「そんなことで、クラスの方は侍女の制服を着たいと思いますでしょうか?」
「それは大丈夫だと思うよ?」
「自信がおありですね」
「うん、まあね。クレアさんを見て、シャルさんとローレットさんのかっこいい姿を見たら絶対に『惚れる』と思うよ」
「『惚れる』ですか・・・わたくしは、タケルさん以外に興味を持っていただいても、あまりうれしくありませんわっ」
わざと拗ねるようなしぐさでプイッと横を向くクレア。
かわいすぎるしぐさにこらえきれないニヤニヤがタケルに湧きおこる。
「タケルさん!その殺したような笑いはやめてください!もう!」
益々タケルを喜ばせるだけのクレア。
もはやただ単にソファでイチャイチャしているバカップルだ。
(トントン)
普段はノックせず入ってくる侍女たちだが、呼びつけた時はノックをするようだ。
「はい」
クレアの通る声で『ガチャ』とドアが開けられた。
そこには侍女二人が視線は床に向けた状態で、静かに立っていた。
「「お呼びでしょうか、お嬢様」」
「ちょっと待って!シャル!あなた普段そんなじゃないでしょう!?絶対誤解しているでしょう!?」
ソファの上でのイチャイチャを『私たちは何も見ていません。でも、呼ばれたから来ました』的なしぐさの侍女たち2人。
シャルは右斜め上を見てすましているし、ローレットは顔を真っ赤にして床を見ている。
「ちょ!ちょっと待って!違うの!そういうのは望んでいないといえば嘘になるかもしれないけれど、誤解は恥ずかしいの!ちがうの!」
何も言っていない侍女たちに言い訳を始めるクレア。
「クレアお嬢様、おめでとうございます」
深々と頭を下げ、お祝いの言葉をささげるシャル。
「だから違うの!シャル!誤解なの!ちゃんと見て!」
「その・・・見られながら・・・というマニアックなプレイをお望みならば、わたくしたちは雇われの身ですので、恥ずかしさもありますが、謹んで拝見いたします」
またシャルが深々と頭を下げた。
すごく遠くから。
「違うのー!シャル!あなた絶対分かってやってるでしょう!」
日ごろのシャルとの関係が全部わかるようで、タケルのニヤニヤは捗った。
ちなみに、ローレットは、クレアとシャルのやり取りに目を輝かせていた。
『憧れ』ってこれ?
タケルは思っていたのとちょっと違うのを感じていたが、かわいいし、面白いし、まあいいかと思った。
***
一通り茶番を済ました状態だが、クレアは半泣き状態。
この部屋の中では社会的には一番偉い人だよね、この人・・・。
誰とでも良好な関係を築けるなんて、クレアさんすごい。
これが、タケルの本心だったが、恥ずかしいので一切言わなかった。
「おほん」
わざとらしく咳ばらいをしてクレアが話し始めた。
「二人に来てもらったのは、他でもないわ。数日後に特殊な仕事をお願いしようと思うの」
流石プロの侍女。
話を始めたら静かに主人の話を聞いていた。
しかも、その時の姿勢が美しい。
ただ立っているだけなのに絵になる。
質問なども許されるまで一切しない。
ただ、主人の言葉をしっかりと聞いている。
「特殊と言っても、やることはいつもと変わりはしないわ。お茶を準備するのを見せるだけ。場所は秘密よ。タケルさんの『転移魔法』で移動するので、場所を知る必要はありません」
シャルの表情はいつも通り全く変わらない。
ローレットは既に目がキラキラしている。
性格は全く違う2人のようだが、姿勢は同じようにとてもいい。
「上手くいけば、そこにいる方たちにお茶を入れる作法などを手ほどきすることになるでしょう」
一通り説明をした後2人の表情を読み取って続けた。
「質問はあるかしら?」
「はい、お嬢様」
「はい、シャル、質問を許可するわ」
「お嬢様もご一緒なさるのでしょうか?」
「ええ、そのつもりよ?タケルさんもいるわよ」
「あ、あの・・・わたくしも・・・」
「はい、ローレット」
「お客様は何名くらいいらっしゃるのでしょうか?」
「あら、こちらから出向くのだから、『お客様』はわたくしたちの方よ?人数は・・・」
「人数は30人ちょいくらいです」
タケルが代わりに答えた。
「僕が考えているのは、クレアさんにテーブルについてもらって、いつも通りにお茶を入れる姿を見てもらうだけでいいんだ」
シャルの表情は変わらないので何とも言えないが、ローレットは明らかに『それにどんな意味があるのでしょう?』という表情をしている。
タケルは質問されていないけれど答えた。
「2人の日ごろのしぐさや仕事ぶりが美しいと思ったんだ。それを僕の友達たちにも見せたいんだよ」
正直、2人とも乗り気という顔ではない。
すましてはいるが『何をさせられるんだろう』という表情。
クレアが立ちあがり、軽く腕を組んだまま人差し指を顎にあてていった。
「手伝ってくれたら、わたくし秘蔵の『桃缶』を提供するわ。1人1缶よ?」
(ピキーン)とシャルの目が光った気がした。
クレアの屋敷では以前から桃缶ブームが来ていたが、やはり普通に手に入る物ではなく、高級品であり、貴重品だ。
クレアが侍女たちにも渡していたのだが、人数が多いので、一人1口とか、2口程度。
味見程度で憧れの存在、それが『桃缶』なのだ。
仕事の時間にお嬢様について行って、お茶を入れるだけでその高級品が1人1缶もらえるということで、いきなり2人はやる気満々だった。
「では、来るべき日のために、少し練習しましょうか」
クレアの号令と共に、実演の特訓が深夜まで行われた。
次回更新も朝6時です。
よろしくお願いします。




