学園祭の解けない問題
学園祭の出し物にこのクラスは『メイドカフェ』に決まったことが発表されて3日が経過した。
当初はリーダーを誰がするかでもめた。
クラスのヒエラルキー男子上位の3人が、「自分がリーダーだ」ともめたのだ。
悪いことにつかみ合いのケンカに発展した。
ただ、何となく捌くことができ、その問題は収束した。
それどころか、『役割分担』と称して3つのチームに分けたので、その後ぶつかることもないし、それぞれが『あいつには負けない』と切磋琢磨してくれていた。
めんどくさいチーム訳もメンバーを取り合う形で話が進められ、トラブルも滞りもなく進んだ。
ただ、今度は前向きに進んだからこその問題が浮き彫りになっていた。
週2回の帰りのHRで発生した問題は報告されていたので、クラス全体が把握はしていた。
ただ、それを解決する手腕を持った人がいなかっただけだ。
現在の問題は以下だった。
クラス全体で34人のうち、女子は15人。
メイドカフェというくらいなので、女子がメイドに扮して料理や飲み物を提供する喫茶店が誰もが考えるゴールだ。
クラスのヒエラルキー的に上位の女子はギャル3人。
彼女らはメイドに前向きだったが、それ以外の多くが『メイド服を着るのは恥ずかしい』と難色を示しているのが1つ目の問題だ。
彼女らを説き伏せたとして、肝心のメイド服のレンタル料が思いのほか高かった。
クラス全体の予算は3万円。
メイド服のレンタル料は1人当たり3000円。
15人いたら4万5000円。
既にこれだけで予算オーバーだった。
更に、『メイドカフェ』というくらいだから飲み物と軽食が提供されるのが普通だろうが、メニューすら決まっていない。
ちょっと聞いたところ、料理ができるメンバーがいないし、ちょっとした機材のレンタル料は出ないという中、担当メンバーたちは途方に暮れるばかりだったのだ。
なお、タケルはなぜか3人のリーダーを統べる『総監督』となっていた。
この日の発表も3日目とほとんど変わっていなかった。
衣装チームはサイズ合わせに「Sサイズ」「Mサイズ」を事前に各1着1日だけレンタルして、15人全員の衣装合わせをしておけば、『1泊2日』の衣装レンタルを『日帰り』にできるのではないかと提案した。
その効果は、レンタル代を半額にできるので4万5000円→2万2500円となる破格の提案だった。
ただ、クラスの予算は3万円。
事前レンタルの分も引くと、残りは約5000円。
これではまだ食材及び、調理機材のレンタル費用は捻出できない。
メイドは15人全員フル稼働ではないので、10人分にして、5人は休憩で、衣装はローテーションすることで予算を2万円程度にまで圧縮する方法まで出た。
ただ、まだ足りない。
ここで意見が出尽くして静かになったので、一旦ペンディング(保留)して、次の話題にすすめた。
ちなみに、司会はタケル。
ちょっとおどおどしているので、何とも締まらない感じだ。
「次、調理チームお願いします」
「はい、発表しまーす」
調理チームから、「スコーン」、「パンケーキ」、「シフォンケーキ」、「カップケーキ」などのメニューが提案された。
調理チームのギャルリーダー心愛がこの3日でそれぞれを作ってみたとの報告がされた。
ギャルらしからぬ働きぶりで、レシピを調べ、独自に材料を買って、家で作ったとのことだった。
彼女の家ではコンベクションオーブンがあるらしく、焼き物、蒸し物、煮物などなんでもできるとのこと。
母親の力も借りつつ全メニュー作ったが、大変な上にそれほどおいしくなかった、と。
普段交流が少ない『親子の交流』という意味ではすごくいいエピソードだったが、残念ながらアウトプットはそれほどでもなかったらしい。
あと、材料費で約1万円使った、と。
どれだけの何を買ったのか・・・
材料費については、一部を担任がポケットマネーで負担してくれたので事なきを得た。
ただ、その後、先生はふらりといなくなった。
職員室に逃げたのかもしれない。
まあいいさ。
しかし、それ以上は何もない。
教室が静かになったところで、右手を上げながらタケルが発言した。
「あのー、すいません、ちょっといいですか?」
誰もが『行き詰った』と思っていたので、誰もが注目した。
「メイド服を着るのは恥ずかしいと思うんです。それは普段見ないし、しょうがないと思うんです。ただ、僕の知り合いにはプロのメイドさんがいるので一度料理提供なんかを実演してもらいたいと思っているんですが・・・どうでしょう?」
クラス中が『は?こいつは何を言っているだ!?』と思っていた。
タケルは続けた。
「実は今日来てもらっています」
そう言って教室の前の扉を開けた。
そこには、クレアが余所行きの正装をしていて、教室の中央に向かって歩いてきた。
教壇の段を上がるときはタケルが手を差し伸べて、一段上がった。
タケルが教卓を横によけると、教室の入り口に控えていたメイドが2名入ってきた。
シャルとローレットだ。
もちろん、事前にタケルが『インストール』を使って日本語を覚えさせていた。
「クレア=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン=マティアスともうします。気軽に『クレア』とお呼びください」
クレアが深々とお辞儀をしてあい札をした後自己紹介をした。
スカートの裾をつまんで挨拶するカーテシーも決まっていた。
クレアはそれ以上何も話さなかった。
続けて、控えていた侍女2名がクレアの後ろの左右に並び、深々とお辞儀をした。
「「わたくしたちはアルフレット=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン=マティアス侯爵家が侍女」」、「シャル」、「ローレット」、「「でございます。」」
この時点でクラス中は完全に固まっていた。
ただ、何人かは「かわいい」「かわいい」と声が漏れていた。
続けたのはシャルだった。
「本日は、タケル様のご依頼により、お茶を入れる実演をさせていただきます。つたない所作ではございますが、少しでも皆様のお役に立てれば幸いです」
そういうと、教壇に机を置いて、椅子に座っているタケルの右後ろからローレットが「紅茶でございます」と言いながら準備した紅茶をカップに注ぐ。
紅茶の準備、紅茶を注ぐ所作、そして、静かに引く様がとても美しく、クラスは完全に音を失っていた。
『萌え萌えキュン』とか『おいしくなーれ』とか、いわゆるメイドの決まり文句は一切ない。
主人に仕えるプロのメイドのしぐさにクラス全員が魅了されていた。
しかも、ローレットは最近タケル専属になりつつあり、『プロの普段』が今ここで実演されている状況だった。
タケルは小さく「ありがとうございます」と言って紅茶に口を付けた。
マティアスではアルフレット(クレアパパ)もマリア(クレアママ)もクレアも『ありがとう』なんて言わない。
それは彼女らの仕事であり、奉仕活動ではないからだ。
タケルは庶民なので、黙って尽くされるのが苦手だ。
ついついお礼を言ってしまうのだ。
ちなみに、シャルは静かな目でローレットの所作を眺め、小さく『うん、うん』と満足な様子。
きっと、この日のために特訓したのだろう。
心の中でクレア、シャル、ローレットに感謝するタケルだった。
慣れない感じで紅茶を飲むタケル。
その間、シャルとローレットは少し離れた場所で静かに立ったまま控えている。
これが彼女らの日常の仕事。
主人が目で合図したらすぐに駆け寄り、主人の望みをかなえるのが彼女たちの仕事だ。
タケルが紅茶を飲み終えると「失礼します」と言ってカップを下げた。
ここまでが特訓した事柄。
クレアが続けた。
「いかがでしたでしょうか?この侍女たちの所作が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです」
クレアがお辞儀をしたのと合わせて、後ろの左右に立っていたシャル、ローレットもお辞儀をした。
その後、クレア、シャル、ローレットが教室の前の端の方で待機していると、今後はタケルの番だ。
「えー、プロのメイドさんの動きはいかがだったでしょうか?えーと、衣装に関しては、クレアさんたちのご厚意でこの衣装を無料で貸してもらえるようになっています」
クラス中が我に返ったようにざわざわしはじめた。
女子たちは口々に「かわいい」「かわいい」と声が漏れている。
「いわゆる『メイド服』は2~3人分だけレンタルして、それ以外の人はクレアさんから借りたメイド服を着るのはどうでしょう?コストは6000円位に収まります」
「まじか!?」
「着たい着たい!」
「かわいい!」
「メイドさんやりたい♪」
クラスの女子たちが中心にざわめいていた。
いわゆる『メイド』はどこかチャラチャラしているというイメージを持っていた女子たちも、本物のプロのメイドたちが仕事を実演している様を見て目指す方向性が変わったのだろう。
しかも、クレアは12歳。
大人びて見えても高校生の彼らから見たら子供だ。
それなのに、大人の様にしっかりとした挨拶をして本物の『お嬢様』を演じた。
そして、クレアと同じくらいの年齢のシャルとローレットも、これまで見たことがないような完璧な『サーヴィス』を実演してみせたのだ。
『自分もやってみたい』と思うのはごく自然な流れだった。
しかも、衣装を無料で貸してくれるという。
大きな問題となっていたうちの一つ『衣装高すぎる問題』が一気に解決したのだ。
クラスのみんなに囲まれるクレアとシャルとローレット。
ざわざわ具合は最高潮だが、他のクラスは既に放課後。
特に問題になることはなかった。
タケルがわざとらしく教壇に上がり発言した。
「クレアさんからメイド衣装を借りる案に賛成の方、挙手をお願いします」
クラスの全員が手を挙げた。
実は、この時点で『衣装高すぎる問題』と『女子がメイド服着たくない問題』の両方が解決していた。
ここでタケルが右手を上げながら、さらに発言した。
「あのー、ちょっといいですか?」
クラス全員が教壇の上のタケルに注目した。
シャルとローレットは、机をそれぞれ1つずつ教壇の上に上げて、2つで1つのテーブルを作った。
そして、机の下から出したと見せかけて、タケルはストレージからホットプレートを取り出し、ニコイチのテーブルの上に置いた。
さらにストレージから取り出した冷凍ホットケーキをローレットに渡すと、ローレットは真空パックの封を切り、ホットプレートの上で焼き始めた。
解凍は事前に済んでいたし、ホットプレートも温めた状態でストレージに入れていた。
冷凍ホットケーキはすぐにじゅうじゅうと音をさせ始めた。
シャルがへらで皿にのせると、ローレットがバターの小さな包みを開けてホットケーキの上にのせた。
それを教卓の脇の机でで控えて座っていたクレアの机の上に置き「パンケーキでございます」といった。
クレアはパンケーキをナイフとフォークで器用に切り分け口に運んだ。
「うん、おいしいです」
笑顔で感想を言った。
みんながクレアの動きに注目していた時に、ホットプレートの上には4つのホットプレートが置かれていて、その上には大量のホットケーキが焼かれていた。
シャルとローレットが、それらを一口大に切り分けて、1つ1つ爪楊枝を指していった。
シャルがタケルに視線で「GO」を出すと、タケルが続けた。
「えーっと、今から1つずつ試食してもらいます。ホットプレートとお皿、ナイフとフォークはクレアさんが貸してくれるそうですし、ホットケーキは冷食です。余ったらクレアさんが買い取ってくれるそうです」
「マジかよ!?」
「おいしい!」
「あっつ!」
シャルとローレットが1つ1つ手渡しで渡してくれるのが良かったらしい。
クラスはいま一体となって「クレクレくん」になっている。
『ホットケーキ』は『パンケーキ』と何ら変わりはしない。
トッピングを変えるだけでおしゃれメニューになるのだ。
冷食なので、調理の危惧も特別いらないし、スキルも要らない。
お客が多いときは事前に湯煎にかけて置けばすぐに解凍出来てすぐに提供できる。
ホットプレートで焼けばクラス中に甘い匂いが漂い、近くを通った人が興味を示す。
しかも入り口と中には大量のメイドがいるのだ。
これはヒットしないわけがない。
食材は事前にタケルが買っていたのものだし、ナイフやフォークは使い終わったら『バイキング』で使えばいい。
元々、市場にはスイーツがないとユウナギに指摘されていたので、タケルは手軽に出せるスイーツを探していたのだ。
売れ残ったらタケルが引取り市場で売るか、卸に出したらいいのだ。
実際に食べたらクラスのメンバーたちの目の色が変わった。
『これはいける!』
誰もがそう思い、メニューもほぼ自動的に決まった。
ソースやトッピングは調理チームが考慮の上決めるということだったので、次回以降の発表で進捗がシェアされることになった。
いつの間にか、クレアと2人の侍女はいなくなっていたが、クラスはとにかく沸いていた。
「タケルお前なにもんだよ!?」
「さっきのお嬢様って本物!?」
「メイドさんかわいかったー!」
など、とにかく興奮がすごくて目の前の問題が解決したことに気づいた人間はほとんどいなかった。
この時、侍女たちは桃缶のことしか考えていなかったのは秘密です。
明日の更新も朝6時です。
よろしくお願いします。




