クレアの苦悩
クレア=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン=マティアス
わたくしの名だ。
恥ずかしながら誇りを持ってこの名を名乗っている。
昔から大きな失敗をしてこなかった。
それは、両親がマティアスという国の侯爵家ということも大きく関係していると思います。
小さいときから欲しいものは何でも買ってもらえたので、両親は甘い方だとこの年になって理解した。
ただ、生まれてからずっとそれが「当たり前」だと、自分は「普通」だと思っていた。
そう、シャルに連れられて街に出るまでは・・・
シャルはわたくしの自慢の侍女。
今になって思えば、欲しいものを欲しいタイミングでそこに準備している有能な侍女。
街に出たら危険から守ってくれる有能なガーディアン。
ただ、『危ない人』はすぐわかる。
スキルなのか、何なのか、わからない。
ただ、『すごい人』、『ダメな人』が見たらすぐわかる。
オーラというか、色というか、人を見たら色のイメージがいつも沸く。
これが人を見る目なのだろうか。
お父様から問われることもよくある。
『あの人はどうだい?』
『はい、どこか良くない感じがしますわ』
当てずっぽうではない。
根拠も何もわからないけれど、何故かそう感じるのだからしょうがない。
条件が良く、無理に話を進めると後で何かしらしっぺ返しがあったとお父様から聞いた。
もっと明確な『目』ならば本当にいいのに。
人が『価値』があると思うものと、そうでない物の違いには大きな違いがある。
当たり前のことなのに、ほとんどの方は気づいていない。
わたくしは、たまたまシャルとの会話の中からその真理について気付いてしまった。
人が価値を感じる感じる場合、それには何らかの『名前』が付いている。
そして、わたくしのこの能力にはまだ名前がない。
だから、何人にもこの価値を伝えることはできない。
逆に言えば、『名前』を与えることでその価値が認められるようになる。
わたくしはタケルさんと接していてこの事実について痛感した。
いわゆる『魔の森の主』は名前ではない。
恐れれられいたが、信仰もなく、畏怖されていても漠然と森に立ち入ってはいけないと経験で知っていただけだった。
ところが、『魔の森の主』にタケルさんは『フォレスタ』という名を与えた。
それまで漠然としていた『魔の森の主』はわたくしの強大なる脅威となった。
わたくしは金髪ロング。
それなりに頑張って手入れをしている。
シャルにも手伝ってもらっている。
彼女は銀髪。
タケルさんの世の中ではわからない。
だけど、マティアスにおいて銀髪は見かけない。
珍しさという『付加価値』があった。
わたくしは結婚適齢期ということもあって、お見合いの話も多くあった。
平和なマティアス。
従妹である王女はステータスがあるので、海外からのお見合いの話が多く引く手あまたらしい。
わたくしは、マティアス領内の豪族などからのお見合いの話が多い。
平和な国の、それなりの家柄。
可もなく不可もない結婚適齢期の女、それがわたくしクレアだ。
シャルと街に出て、わたくしの知っている『普通』が普通でないことを知ってから、わたくしの心の中では見えない炎がくすぶり続けていた。
『何かできるはず』『わたくしが出来る事があるはず』誰にも言わないけれど、誰にも言われないけれど、ずっと心の中で楔の様に打ち込まれて抜けない事柄。
わたくしの人生は、悪いことは何事もなく、満たされた人生。
これ以上を望むのは望みすぎというものだと思っていた。
折り合いをつけるという意味では、何も問題はなかった。
誰も何も言われなかったのだから。
そう、タケルさんに出会うまでは・・・
タケルさんを一目見た時に眩暈がするほど目がチカチカした。
頭がくらくらした。
今まで見た誰とも違う。
この方が現在何者でも構わない。
今後、大成するとんでもない素質を持っている方だとすぐに分かった。
わたくしの『人を見る目』というスキルに自分で名前を付けるとしたら『良い人カウンター』ですわ。
わたくしの『良い人カウンター』はこの日初めてカンストして、この方が『運命の人』だと思ったのだった。
しかし、魔の森でタケルさんと会ったときは、まだこの自分の能力『良い人カウンター』に名前を付けていなかったし、その精度も自分自身半信半疑だった。
だけど、今は違う。
自分の『良い人カウンター』を信じている。
街に出た時も、ずっとわたくしは胸の内でくすぶらせていた『何かしなければ』という気持ちを初日から気づいて動き始めた。
親がいない孤児は通常孤児院に引き取られる。
マティアスでは孤児院に一定の補助が出ている。
わたくしは心のどこかで何か思いながら、『これで十分』と自分の落としどころにしていた。
シャルと街に出かけた時も孤児は見かけていた。
表情が晴れていないことも気づいていた。
孤児の方が少しでもいい生活を出来る様に必要がない買い物も積極的にしていた。
でも、わたくしにできるのはここまでだった。
それ以上は、どこか「わたくしごときにできるのはここまで」と勝手に線を引いていた。
でも、タケルさんは違う。
タケルさんは言ってしまえば庶民だ。
貴族ではない。
少なくともマティアスの貴族リストには名前がなかった。
だけど、その庶民のタケルさんが、わたくしがこれまでできなかった孤児の援助を始めて、実を結んでいる。
言い方はなんだけど、お金があるわけではない。
だけど、明らかに孤児の人たちが助かっている。
少なくともこれまでと眼の色が違う。
わたくしの『良い人カウンター』で当初は何の何の反応もなかった方が、反応するようになった孤児の方もいる程だ。
明らかに人を、土地を、物を再生している。
そう言った意味では、わたくしは『マティアスの侯爵家の娘』としてはわたくしの持てるすべてを持ってタケルさんをマティアスに目を向けさせ続けないといけない。
そして、侯爵家の娘ではないクレアとしても、タケルさんに魅かれていて、わたくしの持てるすべてを持って目を向けさせないといけない。
タケルさんは不思議な方。
侯爵家のブランドはまるで意味がない。
わたくしの魅力も、タケルさんにとっては「子供」と見られていて通じない。
家柄も、お金も、クレア(自分)も通じない。
彼の欲しいものは何?
彼が魅力に思うものは何?
それをわたくしは準備することが出来て、彼に差し出すことはできますの?
自分でもどうかしていると思うほどの服を着て、タケルさんの部屋に出向いても全く反応がなかった。
こんなことを考えて、実行している自分の心を見透かされたみたいで恥ずかしい。
どうすればわたくしのこの気持ちを伝えることが、タケルさんに見せることができるのかしら。
この心臓を抉り出し、タケルさんに差し出すことで彼の愛をられるのならば、わたくしは迷わず差し出すだろう。
だけど、それをもってしても、彼の心はわたくしのものにはならない。
婚約はした。
最大のライバルと思われた『ユウナギ様問題』も何とか解決した(と思う)。
しかし、年齢、背格好、見た目、わたくしの上位互換と思われる『フォレスタ様』はユウナギ様とは違う。
わたくしのアイデンティティを真っ向から否定する存在。
わたくしの存在を霞めさせる存在。
どうすれば答えが出るの?
助けとなるシャルは『恋愛関係は苦手です』と言って有効なアドバイスはくれなかった。
静かな目がいつも以上に静かだった。
一番助けてくれそうなタケルさんは、タケルさんのことだと相談すら憚られる。
『どうすればもっとわたくしを好きになってくれますか?』なんて恥ずかしすぎて聞けるはずもない。
現在、朝、日が昇ったところ。
あと少しでシャルが顔を洗う水を部屋に持ってきてくれる時間。
まだ朝で目が覚めたばかりだというのにこれだけのことを考えて、何もできないわたくしに1日をどう過ごせと・・・
やっぱりわたくしは無力だ。
侯爵家の娘でもなんともできないことはたくさんある。
ああ・・・もう帰りたい。
家だけど・・・
ああ・・・もう眠りたい。
さっき起きたばかりだけど・・・
わたくしはどうしたらいいのだろう・・・
(カチャ)とシャルが静かにドアを開けた音がした。
クレアの苦悩はまだ始まったばかりだった。
昨日7件目の評価をいただきました!
4.1ってぐるなびだったら、けっこうおいしいお店じゃないですか!?(自己評価は甘い^^)
良ければ評価の方も入れてもらえたら嬉しいです。
明日の更新も朝6時です
よろしくお願いします。




