抗えない黒い影
黒い『影』はタケルのすぐそばで集まり小さな塊となった。
反射的にユウナギがタケルをかばって覆いかぶさる。
しかし、次の攻撃はなかった。
《先ほどの技「勇者ゲン・ジーロ」と同じ技。面白い》
全てが終わったと誰もが思った瞬間、タケルは無傷のまま地面に寝転がっていた。
ユウナギの全身の血も無くなっていたがしばらくユウナギは泣き続けていたので、現状を把握するのに時間がかかった。
クレアの石化も解け、その場にへたり込んでいた。
「(幻覚だったのか!?)」
タケルが『影』に向かって言葉を放った「何だお前は!?僕たちに何をした!!」
《お主こそなんだ!?勇者ゲン・ジーロの子孫か!?》
声と言うよりは頭の中に直接聞こえてくるような感覚。
最近出番がめっきり減ったナレーションの声のような物だった。
「勇者?ゲン・ジーロ?そんな奴は知らない」
《嘘を申すな!その血に流れを持っておるではないか!》
「血!?血のつながりのことを言っているのか!?僕には肉親はもういない・・・そういえば、祖父の名前が『源治次郎』だけど・・・関係ない・・・よね・・・」
《やはり、勇者ゲン・ジーロの子孫ではないか。おもしろい。わらわを楽しませるがよい》
タケルはすぐそばのユウナギとクレアを抱き寄せかばう姿勢を取った。
「楽しませるがよいって、こっちは既に1回死んでるんだ。お前みたいなやつと遊んでたら身体がいくつあっても足りないよ」
それを聞くと『影』はさらに集まって、人の形を成していった。
しばらくすると、『影』は一人の幼女の姿になった。
髪はきれいな銀髪、全身は帯を巻いたような不思議な服をまとっている。
目はどこか眠たそう、全身から『やる気のなさ』を醸し出していた。
「こども・・・?」
「わらわは子供ではない!人間の貴様らと比べたら20倍以上は生きておるわ!」
「そりゃなんかごめん。でも、僕ついさっき殺されたけど・・・」
「わらわは人間が嫌いじゃ。基本的に見たらすぐに破壊する」
タケルはまだ起き上がれないユウナギとクレアをさらに抱き寄せた。
「お主も破壊しようと思ったが、少し興味がわいたからやめたわ」
「興味?僕に?僕の魔法?それともスキル?」
「ふ、お主の魔法やスキルなどわらわには全て使える。そんな物には興味はない」
人よりも多くの魔法やスキルが使えると思っていたので、てっきりそれが目的だと思ったのだった。
「お主、勇者ゲン・ジーロと同じ魔法を使ったな?そして、ゲン・ジーロの子孫じゃろう」
「確かに源次郎は祖父だ」
「その・・・お話をたくさん持っておるのじゃろ?」
「お話?」
「これじゃ」
銀髪幼女はどこからか1冊の絵本を取り出した。
「絵本・・・か?」
「勇者ゲン・ジーロはわらわにたくさんの物語を聞かせてくれた」
「絵本の読み聞かせってことか・・・」
「正直、貴様ら人間は好かん。ちょっと目を離すとすぐにわらわの森を荒らしに来る」
木を伐採したり、整地したりしているタケルは「荒らし」をしていたかもしれないと口をつぐむ。
「縦横高さしか支配できぬくせにわらわに挑みに来る。本当に煩わしい」
「縦横高さ?3次元と言うこと?」
「お主たちは『3次元』と呼んでおるのか?わらわはもっと多くのことが操れるぞ?」
「4次元以上ってこと!?具体的にはどんなことができるの?」
タケルはクレアとユウナギを自分の後ろに隠しつつも話を続けた。
「例えば、『時間』じゃな。わらわは時間も自由にコントロールできる。お主たちでいえば動画を早送りしたり、巻き戻したりするのに似ているのじゃ」
「他には?」何となく理解したような、分からないような感じだがとにかく話を続けないと命が危ないような気がして、タケルは何とか話を続けることにした。
「他には『重さ』じゃろうか」
「重さは僕たちにもある」
「それはあるだけで、コントロールしてはおらんじゃろう。重さはコントロールすれば光をも吸い込むことが出来る。人間にそんなことはできないじゃろう?」
光を吸い込むというのは、ブラックホールみたいなものだろうか。
「他にも『精神』などがあるな」
「僕たちにも『気持ち』はある」
「それもあるだけで、コントロールは出来ておらんじゃろ?精神は濃く高めると具現化できるぞ?人間にはそんなことはできまい?」
思えば形になるということだろうか。
考えてみれば、仮に『2次元人』がいるとしたら、平面に生きる生き物だろう。
縦と横だけの世界だ。
その『2次元人』にタケル達『3次元人』は正しく観測することなどできもしない。
本の中の登場人物が、本を読んでいる人を観測することは出来ないのだ。
そう考えると自称『多次元人』のこの幼女が本当に多次元を自由にコントロールできるのなあらば、3次元人であるタケルはこの幼女のことを観測することすらできないはずだ。
「僕は3次元人だけど、お前のことを見て、認識しているよ?」
「わらわの本質を3次元人に捉えることは不可能じゃろうて。今はお主たちに分かりやすいように3次元の姿を現して居るにすぎぬ。お主たちの概念でいえば、わらわはここにもいて、そこにもいて、どこにでもおる。そして、過去においても、未来においても同時に存在しておる。いわば神といってもいい存在じゃ」
「神が幼女の姿をしているのはなぜだ!?」
「勇者ゲン・ジーロがこうでないと話がしにくいというので人間が認識できるこの姿をとってやっておる」
どうやら、この姿は祖父の趣味だったようだ。
「じゃから、次の瞬間お主たちを消すことも容易い」
「そうしない理由は・・・僕の魔法やスキルに関係している?」
「ふっ、お主の魔法やスキルは、所詮、お主の世界の『技術』を『魔法』に焼き直しただけではないか。お主がイメージできないことは魔法にも出来ないではないか」
タケルは言われて『確かに』と思う節はあった。
火の魔法は100円ライターの火をイメージしたので、そのままの火が出た。
ただ、今初めて会った幼女にそこまで理解されているのは理解が追いつかない。
「お主の魔法やスキルならばわらわは生まれた時から全てできる。何も魅力には感じぬ。ただ、2000年も3000年も生きていると、退屈じゃ。すべたが退屈じゃ、新しいことなど全くない」
この子は本当に2000年も3000年も生きているのだろうか、もし本当だとしたらすべてに飽き飽きだというのも何となく想像できる。
「わらわが期待するのは、お主が勇者ゲン・ジーロの様に物語を持っておるかということじゃ」
「『物語を持っている』とは?」
「勇者ゲン・ジーロは、時々わらわに物語を聞かせてくれた。わらわの知らない物語じゃ」
幼女は再び絵本をぴらぴらと振りながら言った。
「要するに絵本を読んでくれた、と」
「そうじゃ。じゃから、わらわの森に住むことも許可したのじゃ。家も作ってやった」
森の中の家はどうやらこの幼女が祖父源次郎に作ったものということのようだった。
「・・・で、どうなのじゃ?」
幼女は腕組みをして澄まして見せたが、片目でこちらをチラチラ見て気にしている。
ここで「知らない」といえば、改めて殺されるのではないかとタケルは想像した。
「確かに、勇者ゲン・ジーロは僕の祖父だ。だけど、僕はゲン・ジーロよりもたくさんの物語を持っている」
『ドン』という効果音が聞こえそうなほど本をストレージから取り出した。
今後マティアスの子供たちの教育のために使おうと思っていた翻訳前の日本語で書かれた絵本が大量にあった。
テスト的に買ったものもあったが、図書館で借りたものもあった。
ついでに、ラノベも教科書もあるが、とにかく『本』は全部出した。
「数で言うなら、勇者ゲン・ジーロの10倍・・・いや、優に100倍は超えているだろう。そして、今後もその数は増え続けるだろう」
マンガ、雑誌、ラノベなどを考えれば嘘ではない。
「なん・・・じゃと・・・勇者ゲン・ジーロを超えるじゃと!?」
「そうだ。お前の退屈を何とか出来るのは僕だけだ。わかったら、僕たちへの攻撃を止めるんだ」
「ほんとかー!?わかった!やめるのだ!して、物語はいつ聞かせてくれるのだ!?」
「昔から、物語を聞かせるのは・・・毎日寝る前と相場が決まっている」
「では、わらわは毎日お主と同衾するぞ!」
「「!?」」
これまで死の恐怖に包まれていたクレアとユウナギが急に我に返った。
「つまり、一緒についてくるということ!?」
「そうじゃ。ゲン・ジーロの子孫がいつどこで寝るのかわらわにはわからん。じゃから、着いて行って、寝るときに物語を聞かせてもらうぞ」
「「ちょっと待ったー!」」
圧倒的戦力で命の危機を感じたクレアとユウナギだったが、急にタケルの前に現れた幼女の存在に勢いを復活させる。
「その、わたくしがタケルさんの正妻です。その正妻を差し置いて床を共にするというのは聞き捨てなりません!」
「私、タケルのイマカノなんだけど!?」
「なんじゃと?人間イキがるなよ?言ったじゃろう、お主らなど気づくよりも前に葬ってやることもできるのじゃぞ?」
「こらこら!クレアさんとユウナギにとんでもないことを言うんじゃない。今日の分の物語を中止にするぞ」
「なぬ!?それは困る!」
タケルにとって一つの賭けだったが、意外と効いたようだった。
それとも、この銀髪幼女にとって物語というのはそれだけ重要なものなのか。
とにかくついてくることになってしまったが、突如湧いた命の危機は回避できたみたいだ。
「ところで、きみ・・・名前は?」
銀髪幼女のことを予防と思ったタイミングで名前を知らないことに気づいた。
「わらわか?わらわに名前などないが・・・勇者ゲン・ジーロは『魔の森』と呼んでおったわ」
「そんな人に恐れられている森の名前じゃ不都合も出てくるだろう。じゃあ・・・」
タケルは少し考えてから、口に出した。
「森・・・ツリー・・・ウッズ・・・フォレスト・・・『フォレスタ』でどうかな?」
「フォレスタ?わらわの名前か?」
「うん、そうだよ。これから一緒についてくるなら名前くらいないと呼びにくいし」
「ふん、名前なぞ何でもよい。好きに呼べばいいじゃろう」
「じゃあ、フォレスタよろしくね。人間を傷つけたらダメだからね」
「ふん、わらわは人間ごときの言うことなど従わぬわ」
「今日の分の物語は・・・」
「はわわ・・・当分はいうことを聞いてやるのだ」
「助かるよ」
ニッコリと笑顔を見せたタケルに、クレアとユウナギが近づき顔を近づけてきた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと、タケル大丈夫なの!?あんなトンデモ幼女を連れて行って!?タケル一度殺されたよ?」
「そうです!そうです!そうです!タケルさん彼女は危険です」
「まあ、殺された本人としてもそう思うんだけど、あんなトンデモ能力の持ち主、正直全然勝てる気がしない」
「ま、魔石よ!魔石!」
「そうです!魔石を砕けないんですか!?」
「彼女は魔物じゃないかもしれない。魔石の位置が見えないんだよ」
「う、打つ手なしなの!?」
「打つ手なしだね。彼女は僕らの常識では理解できない存在みたいだよ。仮に切り付けても時間を戻すことができるみたいだし」
「つまり5部のボスってことね!?永遠に死に続ける無限地獄に送り込むのは!?」
「僕にはそんな能力はないよ」
「何か!何か!」
「彼女は僕らよりも高次元の存在みたいだ。時間も大きさも、重さも精神さえもコントロールできるんだ。つまり、手のひらサイズにもなれるし、巨大化もできるってこと。脅しじゃなくてこの瞬間僕たちをまとめて殺すこともできるんだよ」
3人でフォレスタを見た。
「なんじゃ?物語を聞かせてくれる以上、わらわはお主らを傷つけたりせんぞ?約束じゃからな」
「ちょっと、タケル、大丈夫なの?確かに、見た目は7~8歳の銀髪幼女よ?」
「確かに、顔立ちは整っているし、美少女です」
「しかも、語尾が『じゃ』だし。じゃっ子(?)だね」
「「「・・・かわいいは正義」」」
とりあえず、意見はまとまったらしかった。
この時はまだフォレスタを連れ帰ることで後にあんなことになるなんて誰も想像していなかった。
次回更新も朝6時です。
よろしくお願いします。




