タケルの死
「私、『魔の森』に行ってみたいわ」
ユウナギがクレアとの食事会の後に言いだした。
「え!?ユウナギさん、『魔の森』は本当に危険です」
クレアが心配して言った。
「魔物もいるし・・・」
「そうです!マティアスの人間でも一歩足を踏み入れたら死を覚悟する場所です」
「でも、その中にタケルの家はあるし」
「そこです!それが常識から外れているんです!」
「面目ないです。僕もなんであそこに家があるか分からないし・・・」
「クレアちゃんとタケルだけ森に入ったことがあって、私だけ入っていないなんてなんか疎外感を感じるわ」
「わたくしも入ったというよりは迷い込んだようなものですし・・・」
「タケルがいれば何とかできるんでしょう?」
「そりゃあ、週に1~2回は狩りに行ってるし、うちとマティアスの方向はだいぶ整地もしたから割と歩きやすくはなってるけど・・・」
「ユウナギさん、魔の森の奥には『主』が住んでいるんです。万が一会ってしまったときにはその瞬間に死にます」
「え?ヤバ!そんなに危ないんだったら・・・ちょっと、タケル?」
「何それ?もっと詳しく教えてください!」
「そんなに目をキラキラさせて・・・嘘ですよね?タケルさん・・・」
「その魔物倒してみたい・・・」
「とんでもないです!見ただけで石になってしまうという魔物ですよ!?」
「メデューサみたいですね・・・魔法かな・・・」
「対策を考えないでください!本当は魔の森に入るのも心配なんです!」
「ごめん、ごめん、確かに、心配かけるのはよくないと思うけど、好奇心もあって・・・」
「もう!ユウナギさんも止めてください!」
「だめだよ、タケル。クレアちゃんが困ってるじゃない」
「そうなんだけど・・・」
「『魔の森の主』は何千年も昔から『魔の森』に住んでいて、それを倒すようなことがあったらこの世はどうにかなってしまいます」
要するに、マティアスの人にとって太古の昔からいる分、『魔の森の主』半分神様みたいなものらしい。
それを倒すとなると、『恐ろしいものがいなくなって安心』と同時に『今が変わってしまうかもしれなくて不安』と言う真逆の心理が働いてしまうのかもしれない。
「倒さないにしても、マティアスに住むと考えたら、遠くからでもその存在くらいは確かめたいなと思うけど・・・」
「まあね、ある日突然空を飛んできてマティアスを襲うとかなると怖いし・・・」
「『魔の森の主』は森から一切出ません。マティアスは安全です。だから・・・」
タケルは考えた。
確かに、日本でも大昔は空の上には神様がいると考えていたかもしれない。
だけど、飛行機が出来て、雲の上に行ったら、何もなかったことを人類は知った。
「もっと上に何かがあるのでは」と人間は月に到達したが、そこには石しかなかった。宇宙にも足を踏み入れたが、神様は見つからなかった。
海に潜ると底の底まで潜ってみてもいたのは海洋生物のみで、神様はいなかった。
『科学技術』の発展は拡大と同時に、人間の中の恐れを取り去っていった。
その分「こうなればいいのに」と言う希望を失っていったのかもしれない。
人類を脅かす『敵』はいないのだ。
人によっては、その恐れる先を『神』や『悪魔』に置いているのだが、それが実在しない想像上の存在とどこか理解してしまったときから、その恐れも和らいでしまう。
その点、マティアスの人たちは常に『魔の森』を恐れ、『魔の森の主』を恐れてきた。
もしかしたら、『現代人の悪い癖』なのかもしれないけれど、タケルは気になったからには確かめたくなってしまったのだ。
実際、魔の森には地図がない。
タケルが持っていた1枚が唯一の地図だった。
周囲の国々があるので『魔の森の範囲』は地図上では分かっているが、どこが『魔の森の奥』なのかもわかっていない。
それは単純に誰も踏み入れないので情報がないのだ。
人々の意識の中から『魔の森』自体が不可侵となっていて外れているのだ。
しかし、現代人のタケルとしては「タブー」がない。
その森の奥に何があるのか、ないのか、を見極めたい「好奇心」に捕らわれていた。
「じゃあ、『魔の森』の中央に行って、何もないことだけ確認しようか」
「え、でも・・・」クレアは不満げだ。
「まあ、魔の森ではこれからも魔物を狩って肉をゲットしないといけないんでしょ?じゃあ、リスクを把握するうえでも知るくらいは必要かもね」
ユウナギも現代人だ。
箱があったら開けて中身を確かめるのが普通の考えだ。
「ですが、ユウナギさん!」
クレアはマティアスの人間だ。
昔から、身の回りに『畏怖』と『信仰』があった生活をしている。
到底受け入れられない考え方だろう。
「・・・」クレアは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「分かりました。タケルさんの考えに従います。その代わり、魔の森にはわたくしも連れて行くことと、わたくしが危ないと判断したら、すぐに引き返していただくことを条件として付けさせてください」
判断基準がクレアである分、「帰りたい」と言ったらいつでも帰れる条件にはなっている。
一見条件を飲む様で、実は自分の意見を通すような考えだ。
実にクレアらしい1歩も2歩も先を読んだ「同意」だったが、タケルはそんなことを全く考えず、手放しに喜んだ。
・・・
数日後それなりの準備をして3人で森に入ることになった。
タケル一人ならば日常的に森に入っているので、それほどの危険はないかもしれない。
そのため、とりあえず、マティアスから一番近い魔の森の入口から、タケルの家までの約30kmを歩くことになった。
この道は、タケルにとっては何度も歩いた道なので、ある程度の広さは整地もしてある。
ハイヒールではさすがに歩きにくいだろうが、スニーカーならばピクニック気分で歩ける程度には整備されていた。
さらに、人の力ではどうしようもない魔物たちも、10m以内にいればタケルのセンサーに反応するので反応した瞬間に狩ることもできるチート能力を発動させていた。
しかも、最近の鍛錬で10m以内ならば魔物の種類も特定でき、その数も正確に把握できるほどになっていた。
こちら側は安全域から敵に致命傷を与えることが出来るという無双状態の域に達していた。
更にいえば、一撃必殺なので、仮にユウナギが「魔物が見てみたい」と言えば、目視できるくらいの距離までの接近を意図的に許し、危なくない距離で仕留めることもできる程余裕があった。
この日は、ユウナギは部活も休みだったし、土曜日で完全な休みだった。
クレアは普通に話せばお供の者が最低でも10人は来てしまう案件なので、家には内緒にして忍びモードで出てきていた。
クレアはタケルを心から信頼していたし、魔物の肉を大量に持ち込むことから「実績」もあった。
狩りの時に多少の擦り傷以上のケガをしているのを見たことがないことから、ほぼすべてのコントロール出来ているとも考えていたが、それでもクレアには嫌な予感が付きまとっていた。
ゴール地点はタケルの家なので、ユウナギはお弁当を準備していた。
ちょっとしたピクニック気分だ。
ある程度の勾配はあるものの、アスファルトこそないが整地されているので歩きやすい。
木もある程度伐採しているので、道も明るい。
何も問題がないように思えた。
魔の森の位置口から10km程歩いた時にそれは起きた。
「あれ?」タケルのセンサーにこれまでとは違った反応があったのだ、
タケルは瞬間的にその『ヤバさ』に気が付いた。
『敵』はまだ遠くにいるのに、近くにもいるのだ。
臨戦態勢を取ろうとクレアとユウナギに声をかけた時にはすでに遅かった。
クレアは腰から下が石化していた。
「う、ああ・・・」悲鳴にもならない声を上げていた。
景色もいつの間にかがらりと変わっていて、真っ暗な森の中。
ユウナギの目の前には大きな崖が出現していて、今まさに滑り落ちそうになっている。
タケルが助けに動こうと反応したのが早いか、黒い影がユウナギに向かって迫っていた。
その『影』はドラゴンの頭の様に大きく、牙を持ち、ユウナギの上半身を一口で食いちぎる勢いで接近していた。
タケルとユウナギの距離はほんの3mほど。
しかし、タケルの身体能力をもってしても追い着く頃にはユウナギは上半身を口ちぎられているだろう。
タケルは『ダメだ』と思った瞬間に唱えていた。
『スイッチ!!』
次の瞬間、タケルとユウナギの身体は入れ替わり、タケルの脇腹は爆ぜる様に血しぶきを上げ、そのまま倒れこんだ。
その後も『影』の攻撃は続き、みるみるぼろ雑巾の様にぐしゃぐしゃにされていく。
ユウナギは瞬間的に平地に移動したが、移動前の『影』が近づいていたこともあってその場に腰を抜かし座り込んでしまっていた。
クレアは方向的に一部始終を見てしまい、立ったまま気を失っているのか眼の光は失われ、呆然としていた。
ユウナギは立てないけれど、腰が抜けたまま地面を這ってタケルに近づく。
「いやー!たけるーっっ!」
タケルは地面に倒れこんだまま、時折所々身体が爆ぜて大量の血を噴出していた。
ようやくタケルの身体のところにたどり着いたユウナギは、タケルに抱き着き叫んだ。
「うわーーーん!タケルーーー!タケルーー!いやーー!」
ゆすり起こそうとしたりするので、ユウナギ自体も血まみれになっていた。
次回更新も朝6時です。
よろしくお願いします。




