知らない物の名前
業務用スーパーに3人で入る。
また入口の自動ドアにクレアが感激。
「タケルさん!あれを!あれをわたくしの部屋に付けることはできませんか!?」
すごく気に入ったみたいだ。
ただ、部屋の入口が自動ドアだと色々不便そうだ。
普通に考えたら、プライバシー的にNGそうだけど、クレアは生まれながらの貴族だ。
着替えや、お茶などの世話のために、使用人たちが部屋に出入りすることも多い。
そういう意味ではプライバシーはないのかもしれないので、あまり気にしないのかもしれない。
「考えときます」タケルは玉虫色の答えをしてお茶を濁した。
この日必要なものは、大体メモしてあった。
これが結構な量だ。
タザー・エリアの約50店への卸と、王都中央広場の『バイキング』への卸だ。
1店あたり、毎日1万円~5万円位の卸をしているまでになっていた。
既にこの時で、1日当たり100万円前後の仕入れをしていた。
それを週に数回行うので、週に300万円~500万円分買うことになる。
この日もざっと見積もっても、300万円分買う必要があった。
そんな客が普通いるはずもなく、店に入ると一人の男がタケル達に近づいてきた。
「いらっしゃいませ、タケル様!本日はどのような?」その男は、タケルの左右に女の子がいることに気づき、質問した。
「あ、どうも。今日はいつもの買い物に加えて、この2人も買い物ができるように教えに来たんです」
「左様でございましたが、何かございましたら、お気軽にお声掛けください。かわいらしいお嬢様方もお気軽にどうぞ」
実はこの男、この店の店長だった。
元々売り上げが悪い店ではなかったのだが、毎回タケルがとんでもない量買っていくので、売り上げが地域で1位になってしまっていた。
店長も、店の店長が集まる店長会議で鼻が高いらしく、昇給もあったことから、タケルを「上得意客」として扱っていた。
店内は広く、タケルは大量仕入れ様に大きなカートを押していた。
「じゃあ、買い物を始めようか」
「「はい」」
一応『仕事』として買い出しするので、ユウナギもクレアも少し緊張した面持ちだ。
「基本的に、市場で頼まれたものをメモしたものにそって買っていけばいいだけだけど、冷凍ものや冷蔵物はカートに入れないんだ」
「え?どういうこと?」
「カートには基本的に調味料とか、少しだけ頼まれたものだけを入れていくんだよ」
「牛丼のたれみたいのとか?」
「ああ、あれは2L入りを10本とか買うから、カートに入れないんだ。粉チーズ1個とかだけ」
「え?じゃあ、他は?」
「最後に店長さんにメモを渡して、家まで届けてもらうんだよ」
「へー、だから大量に買っても何とかなるんだ!」
「そう、庭の冷凍冷蔵庫の鍵も渡しているから、あそこにいれて鍵を閉めておいてくれるんだ」
「便利ね!でも、それなら通販サイトの方が良いんじゃないの?」
「個別に持ってこられると受け取らないといけないし、まとめて注文して、まとめて届いた方が助かるんだ。僕も学校とかあるし・・・」
「なるほど」
「このお店も通販やっているんだけど、ある程度は品物を見ないと分からないこともあるので、よくお店にも来ているんだよ」
「ああ、そういうことね。思ったより大きかったり、小さかったりがあるもんね」
「そうそう。あとは、新商品とかは買って確かめたいので、見て決めてる感じかな」
「へー」
「・・・あの、タケルさん?」
「あれ?クレアさんどうしたの?」
「すいません。わたくし何が何だかさっぱりわかりませんので、イチから教えて教えてくださいますか?」
クレアはちょっと半泣きだ。
それはそうだ。
「通販」とか「冷蔵」とかマティアスにはないものについて話しているのだ。
すんなりわかる方がどうかしている。
「ごめんなさい。じゃあ、最初から説明していくね」
*
この日は、「買い物」の説明から、「このお店での買い物」の説明までクレアに懇切丁寧に教えていたので、がっつり3時間もかかった。
その分、いつもより購入量も多くなったので、店長もほくほく顔だ。
レジと言っても、あまりに大量なので、毎回1レーン専属で開けてくれて、カートに入っている分と、メモを元に買うことになっている冷凍食品や冷蔵物、段ボール入りの大物などをまとめて会計する。
この日は店長が自ら対応してくれている。
「あんた毎回こんなに買ってるの?」
「そうなるね。何度も来るよりも、まとめて買った方が手間も少ないし・・・今後はネットオーダーで済むものはタブレットから注文をすることも考えている」
「これ全部でいくら!?私こんなにお金持ってないわよ!?」
「ああ、それなら、これがあるんだよ」
タケルは財布からカードを1枚出した。
学生だからクレジットカードは作れなくて、お店専用のプリペイドカードだけど」
プリペイドカードというよりは、正確にはデビッドカードだった。
購入の決済が終わった瞬間に銀行の口座から引き落とされるようになっている。
このお店はクレジットカードにも対応しているのだが、買ってすぐに支払われるデビッドカードの方が、お店にとっては有利だ。
そう言った意味でも、タケルは「上得意客」なのだ。
「え?この中に金貨が入っているのですか?」
「まあ、金貨じゃないけど、お金に代わる物が入っているんだ」
「すいません、ちょっと見せていただいてもよろしいでしょうか?」
クレアはカードを受け取ると裏返してみたり、掲げてみたり、透かしてみたり・・・
「魔法ですか?」
「まあ、そんな物かなぁ」
『魔法』というより、『技術』なのだが、クレアにとってはそちらの方が分かりやすいと思って、何となく返事をしたタケルだった。
「えー、じゃあ、これ失くしたら一大事じゃない!?私持ち歩くの怖いなぁ」
「わたくしもこちらのお金は持っていないので・・・」
「会社にして、会社名義のクレジットカードを3枚作るとか、何とかするので、しばらくは失くさない様に注意してください・・・」
「えー、それフラグ?押すな押すな的な?」
「いや、違うから!」
「じゃあ、会計の時だけ私とタケルが入れ替わるのは?」
「どういうこと?」
「『ドアツードア』だと私とクレアちゃんが使えないし、『テレポート』だと突然現れたみたいになって大騒ぎになるでしょ?」
「あ、うん」
「だから、単純に入れ替わるのよ、人が変わっても、元々存在しているわけだから、違和感もそんなにないし、変わる前の状況もお互いが確認したらいいわけで」
「そんなにうまくいくかなぁ」
「ちょっとした物陰に入る程度でいいのよ。人の死角に入ったときに入れ替わるの。そんな魔法作れないの?」
「入れ替わり・・・要するに『スイッチ』だよね。多分、できると思う」
「じゃあ、あとは練習ね。それは後でクレアちゃんのお屋敷でやりましょ?」
「あ、うん」
「何気なく新しい魔法が出来たみたいですけど、それってすごいことですからね?」
「ははは・・・」
その後、お互いの意思を確認した上で、お互いのいる場所を入れ替える魔法『スイッチ』の誕生である。
ここで一つ「バグ」が起きた。
「インストール」でクレアに日本語を教えてしまったため、知らない物の名称が分かるのだ。
そのため、店での会話があり得ないものとなってしまっていた。
人によってはからかっているように聞こえてしまうのだ。
「タケルさん、あの『缶詰』ってなんですか?」
「え?『桃缶』のこと?」
「はい、この『桃缶』ってなんですか?」
「え?桃の缶詰だけど・・・」
「はい、わたくし、『桃』も『缶詰』も名前は分かるのですが、それが何かが分からないのです。すごく変なことを言っているのも理解しているのですが・・・」
タケルはここで気づいた。
「インストール」を使ったことを。
日本語に関わる部分の記憶をクレアに『インストール』したので、クレアは缶詰を見て、『缶詰』と呼ぶ。
ただ、初めて缶詰を見るので、それが何かは知らないのだ。
「これは・・・そう、『桃』っていう果実が入っている器だよ。この器に入れておくと3年以上腐らないんだ」
「魔法・・・」
「それが、魔法じゃなくて、『技術』なんだよ。この世界に魔法はないんだ」
「『技術』・・・ですか、『飛行機』も空を飛んでいたし、マティアスでは絶対に見られないことが普通に起きている・・・やっぱりここは神々の世界・・・」
「いや、神々とかいないし。僕からしたら、マティアスの人たちの方が羨ましいところがあるよ。みんな何かに一生懸命だし、活気があるというか、バイタリティがあるというか・・・」
「『日本』・・・は、こんなに豊かなのに貧しいマティアスの方が羨ましい・・・ですか?」
「確かに物はたくさんあると思うし、お金さえあれば生活には困らないかな。でも、夢がないというか、夢を持てないというか・・・将来何になりたいというのが全く思い浮かばないんだ」
「そうなんですか・・・わたくしには想像も出来ないのですが・・・それならば、マティアスで好きなことを・・・やりたいことをやればよろしいのではないでしょうか?」
「僕が・・・マティアスで暮らしてもいいのかな?」
「良いも悪いも、タケルさんは既にマティアスにはいないと困る方になっていますわ!特に市場の方なんか、死活問題ですよ?」
「たしかに・・・」
クレアが、近づいてきてタケルの手を握った。
「タケルさんは、市場での活躍ではまだ満足が出来ないのですね。これからわたくし達が市場のことは引き継ぎますので、タケルさんは本当にやりたいことを見つけてください」
「・・・本当にやりたいこと」
「私の場合は、『先生』ねー。まあ、このままだったら『サラリーマン』になっちゃうかもだけど、マティアスで先生の真似事が出来るなら最高かな」ユウナギが会話に入ってきて言った。
「(ユウナギは先生になりたいんだったな・・・)」
「わたくしは、生まれた時から旦那様を支えてマティアスを繁栄させることが義務であり、夢であり、目標ですわ」
「二人ともすごいな・・・僕は何がしたいとか、何になりたいとか考えたことがなかった・・・確かに、市場や孤児院で必要とされるのは嬉しいし、やりがいはあると思っているけど、一生それをやっていくのかというと、『これじゃない感』はある・・・」
「16年も日本にいて何になりたいのか見つからないのならば、2~3年マティアスにいてもいいのではないでしょうか?マティアスはタケルさんを必要としていますし、何か見つかったら儲けものくらいのつもりで・・・」
「なるほど・・・」
「それよりもタケルさん!この『缶詰』をわたくしに1つ買ってくださいませ!名前は知っているのに、中がどうなっているかは全然わからないのです。買って、開けて、食べてみたいですわ!」
「ああ、そうか。『インストール』してしまった責任もあるので、桃缶買うよ。他にも何かあったら言ってください。買って、食べて、覚えてください。また買ってもらうかもしれないし」
「分かりました!今日は買いますわよー!」
この日の仕入れ額はタケル史上過去最高額となったのであった。
なお、『桃缶』はクレアがこの上なく気に入って、大量買いして、マティアスに持ち込み、アルフレットの屋敷では『桃ブーム』が来てしばらく異常な人気だった。
また、どこからか商業ギルド長タザーが『缶詰』について知り、『缶詰レストラン』と『缶詰バー』の店をオープンさせた。
この辺りの商魂の逞しさとチャンスがあったときの俊敏さはタケルも脱帽のスピードだった。
***
「あれよあれよと1か月経過しましたわ!」
「いやー、ほんとに大変だったわ、これだけ買うとなると買うだけで大変ねっっ!」
「まあ、買いすぎると無駄になるしね」
「タケルさん!わたくし少々不満です!」
「どうしたんですか、クレアさん」
「この国のお金も持ったことがないわたくしが、タブレットで注文できるようになるまでの血のにじむような特訓がさらりと流された気がします!」
「うん、確かに大変だったね。もう、クレアさんもユウナギも買い出しを一人でできるところまで来ているしね」
「こうなったら、スピンオフを所望しますわ!」
「うーん、クレアちゃんここ1か月で急に色々言葉を覚えたよね」
「ううう、なんですのこの、知らない事なのに、言葉を知っている妙な違和感は・・・」
『インストール』での言語習得は基本的にダメだなと。
早いもので今回で30話です。
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昨日、総アクセスが3100を超えました!
1日のアクセスも280を超えました。
感激です。
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