忍び寄る死とタケルの告白
セオリー通りに行けば、これからはユウナギを交えたドタバタコメディに発展するところだろう。
腕の立つ作家ならば、ユウナギの可愛さを掘り下げ、そのあとでクレアがもっとかわいいことを掘り下げる話を書くだろう。
ところが、目の前にあるのは、タケルの死体。
血まみれでぼろ雑巾の様に転がっている。
愕然とするクレア。
下半身は石化され、一歩も動けない状態。
しかも、完全に棒立ちで立ったまま気を失っているような状態だ。
「・・・」
ユウナギは、タケルの死体に縋りついてただただ泣くばかり。
「うわーーーん!タケルーーー!タケルーー!いやーー!」
タケルに抱き着いたり、ゆすり起こそうとしたりするので、ユウナギ自体も血まみれになっていた。
話は3か月前にさかのぼる。
例のユウナギとの婚約が決まった数日あとのことだった。
タケルはユウナギの家の義理を通すために、挨拶に行くことにした。
一応、地元で有名なお菓子の菓子折り(3000円)も持ってユウナギと共に、ユウナギの両親に挨拶に行った。
残念なことに平日だったので、ユウナギの父親が帰ってくるのが19時で、食事をして、落ち着く時間ということで20時に行くとユウナギ経由で伝えてもらっていた。
急なことではあったが、元々家族ぐるみで付き合いがあったタケルが「大事な話がある」と言っていたので、ユウナギの両親も時間を作ってくれたのだった。
しかも、数日前にはユウナギは泣きながら帰ってきたし、タケルが付き添ってきていた。
何かあったとは思っていたし、翌日は1日ユウナギがいないし、その数日後にはタケルが「大事な話がある」ときたら、何かあったに違いないと察しが良くない人でも思うはず。
タケルは、ユウナギの家に着くとまず、出迎えてくれたユウナギ母にお菓子を手渡した。
そして、リビングに行くと、仕事を終え帰宅したユウナギ父が出迎えた。
ユウナギの家は一般的な中流家庭で、良くも悪くも「普通」だった。
現代では、この「普通」が意外と難しい。
その「普通」を具現化したのがユウナギの家なのだった。
タケルはその「普通の家」に非日常、非常識な「婚約」の話をしに行くことにした。
ただ、「婚約」というパワーワードをねじ込むのは常識的に外れていると思い、タケルの秘策としては「付き合うことになった」という少しヘタレ・・・もとい、マイルドにした報告を両親に入れる作戦なのだ。
普段家族が食事をしているであろうダイニングキッチンのテーブルにはユウナギが一人座っていて、キッチンにはユウナギ母、そして、ユウナギ父は本来テレビを見るために置かれているのであろうリビングのソファに座っていた。
タケルは、ソファの末席に腰掛け、ユウナギ父とは90度の位置にいた。
室内はテレビも消されていて、シーンとして変な緊張感があった。
5分か、10分か、はたまた15分か、沈黙の時間が過ぎた。
ユウナギ母が出したアイスコーヒーの氷が「カラン」と音を立ててコップの中で崩れた。
どうしようもない沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは、ユウナギ父だった。
「それで、タケルくん、話っていうのは何かな?」
「はい、今日はユウナギさんと僕のことで・・・伺いました」
「ほお、ユウナギと」
ユウナギ母はキッチンから見守っている。
ユウナギはぎゅっと目をつぶっている。
「はい、ユウナギさんと僕はお付き合いすることになりました」
「・・・」
ユウナギ父は何も答えない。
ユウナギ母もキッチンから沈黙を返している。
「・・・」
「・・・」
再び数十秒の沈黙が続いた。
「え?それだけ?」
最初に沈黙を破ったのはまたもユウナギ父だった。
「それだけ・・・というと?」
「いや、てっきり、ユウナギが妊娠したとか、学校辞めるとか深刻な話が続くと思ってたんだけど・・・」
「いやいやいやいやいや!ないです!ないです」
慌てて全力で否定するタケルにユウナギ父は多少不満の色をにおわせた。
「じゃあ、なにかい?うちの子には魅力がないということかい!?」
「いやいやいやいやいや!そういうことではなくて!」
何故かどこかで経験したやり取りのような・・・とタケルは思った。
「じゃあ、やっぱり・・・」
「いやいやいやいやいや!ユウナギとは婚約しただけで、そんな大それたことは!」
「え?今?今婚約?」
「あ!しまった!付き合い始めた・・・です」
「え?戻るの!?」
「え?」
キャッチボールがままならないすれ違いの会話が続いて、タケルはやっと全貌を理解した。
タケルは血の気が引くほど緊張して「ユウナギと付き合い始めた」と報告に来たつもりだったが、ユウナギ両親は既にずっと前からユウナギとタケルは付き合っているという認識だったようだった。
そして、妊娠が発覚して、学校を続けることが出来ないと思ったタケルはユウナギに退学を勧め、タケルも退学をして働きに出る・・・という話を想定していたらしい。
まあ、確かに数日前、ユウナギはタケルに付き添われて泣きながら帰宅した。
そう思おうと思ったら、そう思えなくはない。
ごくごくごくとユウナギ父が、氷が溶けて、グラスに水滴がつきまくったアイスコーヒーを飲みほした。
タケルはやや固まり気味。
ユウナギは自分のアイスコーヒーをストローでちゅーとのみ始めた。
ユウナギ母は、タケルが持ってきたお菓子の包装を開け、お皿に盛り始めた。
「それで、タケルくん。ユウナギはもらってもらえるんだろうか?」
「え?は、はい。もちろん、喜んで」
「よかったよー。タケルくん大好きなあの子が、タケルくんに振られたら自殺くらいはあり得るからね」
「いやいやいや、重たいです」
「ちょっと変なこと言わないでよ!」
ユウナギがここでは初めて発言する。
「でも、あの子はずっと努力して自分を高めてきた。親としてはそれをずっと見てきたから。それが叶うというのは嬉しいよ」
「そんな、おじさん・・・」
「いや、これからはお義父さんと呼んでもらわないと」
「ええ?!それは少し気が早いのでは!?」
「だってもう、婚約したんでしょ?障害になっているのって高校?卒業したら結婚しちゃっても良いと思おうよ?なんならすぐ結婚でも構わないよ?僕は。今風だし」
あまりにゆるいユウナギ父の言葉に返す言葉がないタケル。
そこにさらに追い打ちがかけられた。
「本当にユウナギは妊娠してないの?言うなら今だよ?ほら、準備とか色々あるし・・・」
完全にウェルカムな感じになっていた。
ただ、実際はそんな要素は一切なく、『婚約』というパワーワードは本来伏せて、一段階低い位置の『付き合い始めました』を持ってこようと思っていただけに、準備していた言葉は一個も出ないタケルだった。
ユウナギ母は「おもたせだけど」と断りを言いながら、タケルが持ってきたお菓子をテーブルに置く。
ユウナギは既にニコニコしながら食べている。
「まあ、おじいさんが亡くなって、身内の方もおられない様だったし、うちで養子に・・・という話もしていたのだけど、ユウナギとのことを前向きに考えてくれているのならば、婿養子でもいいし、ユウナギが嫁ぐのも問題ないと僕は思っているよ」
「あ、ありがとうございます」
「問題なのは、本人たちの気持ちだと思ってる」
「はい!私はタケルと結婚してお屋敷に住むことにしますっっ!」元気よくユウナギが右手を上げて、選手宣誓もせんばかりの元気さで言った。
「タケルくん、結婚前から屋敷をご所望だよ、君の未来の奥さんは」
「あ、一応、心当たりがあるので、善処します」
「そ、そうなのかね?実は、高校や大学の学費も大変だろうと思っていたからうちで見ることも考えていたんだよ」
「タケル!アレみせてあげて!」
「いや、アレって・・・」
ユウナギがいうのはタケルの貯金通帳のことだろう。
スマホで残高くらいはすぐに確認できる。
「え?何かな?見たいよ」
「私も興味あるわ」ユウナギ母も参戦してきた。
そもそもユウナギ母は少し前に学校に呼び出されて、学校から2人が婚約したという話だけど、本当かと問われている。
そこに、「(本人たちがそういうのならば)本当です」ときっぱり答えていたので、大体の話は把握していたのかもしれない。
タケルは、おずおずとネット銀行の残高を見せた。
「すごいじゃないか!そして、毎月!?毎月入ってきているのかね!?」
「あらあら。お父さんよりも稼いじゃってるんじゃない!?」
「タケルくん、どんなことをしているのか、あとでゆっくり教えてくれ」
「お父さん、そんなに焦らなくても大丈夫よ?タケルくんはもう、うちの子なんだから」
「そうか・・・そうだな」ユウナギ父は、なんだか自分に言い聞かせるように納得した。
「はー、何かと思って緊張したよ、おーい、ママ、夕飯にしてくれ」
「はい」
ユウナギ父の掛け声で夕飯が準備されるようだった。
緊張で夕飯は食べられなかったのかもしれない。
「タケルくんも食べて行って」ユウナギ母がニコニコしながら誘う。
「今日はね、私も料理手伝ったよ?」
「そうか・・・」
力が抜けるタケル。
一大決心は肩透かしに終わった。
ちなみに、夕食は唐揚げとシチューとハンバーグというパーティーメニューだった。
ユウナギ母は最初から読んでいたのかもしれない。
食後ユウナギ父はコーヒーを飲み、ユウナギ母はキッチンで片づけをしていた。
タケルはソファに案内され、座っていると、すぐ横にユウナギが来て首に抱き着いてきた。
「いいのかこれ・・・」
「いいのよ、親も私とタケルが仲良くしていると嬉しいみたいだし♪」
彼女の両親のリビングでイチャイチャ、ラブラブモード全開である。
大画面テレビの真ん前のソファの特等席で、横に婚約者のユウナギが抱き着いている。
両親は背中方向の少し向こう側でテーブルとキッチンで談笑している。
「ねえ、タケル、タケルのお仕事私も手伝えないかな?」
そういえば、そうだ。
日本の食材を異世界に横流しするだけの仕事だが、現状タケルにしかできない。
その理由は複数あって、まずは「魔の森」だ。
あの森を抜けられる人はタケルしかいない。
タケルにとってはそこがスタートだったので知らなかったのだが、普通は一度踏み入れたら死を意味するような森らしい。
しかも、「魔の森」の奥にはラスボス的なさらなる脅威となる魔物もいるらしかった。
ユウナギがひとりでそこを抜けられる訳がない。
次に「ストレージ」だ。
異世界には収納魔法が存在するが、タケルの様に大量の荷物を収納できる人間はいない。
そして、市場の人との「コミュニケーション」。
これは既にマティアス共通語をインストールしたので、言葉の問題はないが、ユウナギのコミュ力は・・・あふれている。
何しろ、「烏尾高校の奇跡」と呼ばれているくらいだ。
悩みの相談から、単に聞いてほしい話などありとあらゆる話が持ち込まれ、ユウナギはうまく捌いている程だ。
これは、引継ぎだけすれば問題ないだろう。
そして、「魔の森」は今や「ドアツードア」で一気に市場やクレアの屋敷に行ける。
タケルはひらめいた。
常設の「ドアツードア」を作れば、魔法を持たないユウナギでも同じことが出来るのでは・・・!?
もしかしたら、タケルの家と森の家をつなぐ扉も祖父がそうやって作ったものでは!?
あれと同じものを1組か2組作れば安全に日本と異世界は行き来できるのだ。
他の人が使えない様に鍵を閉めるとか、ユウナギにしか開けられないとか、手はありそうだった。
そうなると、「ストレージ」もマティアス共通語の様にユウナギにインストールすることが出来ないだろうかと考え始めた。
そこで、タケルは試してみることにした。
タケルの「創作魔法」、名前は特にないので仮に「ユウナギに火魔法を使えるようにする魔法」・・・ユウナギの背中に手を当てて火魔法をインストールしてみる。
「これを持ってみて」と言って、火の魔石をユウナギに手渡す。
属性があるか確かめるためのものだ。
「ユウナギ真似してみて」
「なに?急に?」
「いいから」
タケルは人差し指を立てて「1」のポーズをとる。
ユウナギは真似して人差し指を立てた。
「火の魔石よ」
「?火の魔石よ?」
「・・・」
「・・・」
残念ながら何も起きなかった。
ここは日本だから何らかの理由で魔法が使えないのか、はたまた、ユウナギに火属性の魔法が使えないのか、そして、タケルの「インストール」も使えなかったのか、とにかく実験は失敗だった。
そこで、タケルが次に考えたのが、ストレージはタケルの物を使い、そこにアクセスできるようには出来ないかということ。
パソコン上のファイルなどは「共有」できることをタケルは体験として知っている。
「イメージできるのならばできる」何となく行ける気がした。
もう一度ユウナギの背中に手を当てて、自分のストレージを共有するイメージ・・・
「あれ?今なんか・・・」
「え?分かった?」
「うん、なんて言ったらいいか分からないけど、頭の中に『お知らせ』が来たというか・・・」
「それは僕がやった。それを受け入れてみて」
「受け入れるって・・・」
『受け入れる』が気持ちの問題だったのか、タケルがやったと聞いた時点でユウナギはそこに恐怖や疑いがなくなっていて、受け入れていた。
「あ!」
「どうした?」
「なにこれ?たくさんの物がある・・・」
「そう!それは僕のストレージだよ。そこから『牛乳』を1本取り出せるかな?」
「牛乳を取り出す・・・?」
「紙パックの牛乳を1本手に持つイメージで」
「手に持つ・・・」
次の瞬間、ユウナギはよく冷えた牛乳パックを1本持っていた。
「え!?ええ!?」
ユウナギが驚いて立ち上がった。
その声でユウナギの両親がこちらを見た。
「あれ?ユウナギ・・・牛乳?」
どういうことか分からないユウナギと、もっと分からないユウナギ母。
「あ、これ、良かったらどうぞ」
何故か彼女の家に牛乳パックを贈るタケル。
「あら、ありがとう?ちょうど買い忘れちゃったから嬉しいわ」
ユウナギから牛乳を受け取るとユウナギ母は冷蔵庫にしまった。
「あそこの業務用スーパーのやつよね?これ」
「あ、はい。よく行くんで」
ユウナギがソファに戻ってきて、座っているタケルの首に抱き着いた。
どうもこの体勢が気に入ったらしい。
「ねね、さっきのってあれ?あれがタケルがやってるやつ?」
色々察しが良いユウナギ。
頭が良いというか、回転が良いというか、とにかく優秀なのだ。
「そう、僕のストレージに色々出し入れできるようにしたから、買い物の手伝いができるようになったよ」
「ほんと?!お買い物が楽になるの!?」
「うん、大量に買うからね」
「じゃあ、ペットボトルの2リットルを買っても大丈夫?」
「大丈夫だよ」ニコニコしながら答えた。
「お米10キロも?」
「全然大丈夫だよ」
「でも、女の子が一人でそんなに買い込んでたらおかしくない?」
「ちょっとしたコツがあるから、今度一緒に買い出しに行こう」
「お買い物デートね♪うん♪♪」
「うん・・・まあ、それでいいや・・・」
常時押され気味のタケルだが、これが通常運転だ。
それよりも、タケルはかなり重要な人間を確保できた。
買い出しは一人では何かあったときに代わりが利かない。
市場の食材納入が止まってしまう。
何かなくても忙しいときは誰かに任せることが出来るようにしておかないと、いざという時大変なのだ。
今回から新展開です。
既に3万3千文字以上書いてしまいました。
今回はとりあえず、そのうち6千文字です。
続きは明日朝6時更新です。
よろしくお願いします。




