人間関係が最高に複雑になった瞬間
三者三様に、思いを巡らせていた。
ただ、タケルは空気が読めなくて動けなかっただけかもしれない。
そして、沈黙を破ったのは、そう、この空気を読めない男、タケル。
「クレアさんはねぇ、良いとこのお嬢さんなんだ。」
「へぇ」
ユウナギが死んだ目で相槌を打った。
「森で出会ったんだよ」
「へぇ」
「びっくりするようなお屋敷に住んでいるんだ」
「へぇ」
「わたくしたち婚約しましたのよね」
「そうだね」
「へぇ・・・ええ!?えええ!!どういうことっっ!?」
「あ、何となく流れで・・・僕も将来家族が持てるなら嬉しいし」
「はあぁ!?」
驚くばかりのユウナギ。
「わたくしは、タケルさんの中に運命的なものを見ました。この方しかいない、と」
「そんな大したもんじゃないと思うけどさ。実際、一人ではなんにもできないし」
「じゃ、じゃあ、タケルはクレア・・・さん?・・・の家でお世話になっているの?」絞り出すようにユウナギが質問した。
「一部屋貸してもらって、そこで過ごしてる。すごいんだよ、大きなベッドがあってさ」
「(一緒に住んでる・・・大きなベッド・・・)」
めまいがしてきたユウナギは、気を取り直して、質問を続けた。
「クレア・・・さんはおいくつなのかな?」
「はい、わたくし12歳になりました」
「じゅっ!」
ユウナギがタケルの襟を引っ張って耳元で尋ねた。
「あんたこれ犯罪じゃないの!?」
「あ、聞いてみたら、この国では12歳くらいから14歳くらいで結婚する人が多いらしいよ?」
「はあ!?『この国』!?ここどこの国よ!?」
こそこそ話している横からクレアも質問してきた。
「ユウナギ様は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「え?私?」と我に返り、姿勢を正すユウナギ。
「私はタケルと同じ16歳ですけど?」
「まあ、そうだったのですね。それで、タケルさんとは・・・」
「タケルとは何?」
「ご結婚など・・・?」
「はあ!?私とタケルが結婚!?そんなのしてる訳ないじゃない!」
「そうですか、安心しました」
ニコニコのクレア、何故か負けた感じになっているユウナギ、なんか変な空気になっていることしか分からないタケル。
「あ、そうだ!よろしかったら、タケルさんのお部屋をご覧になっていただいたらいかがでしょうか?」
「(幼馴染がどんな生活をしているか心配だろう)そうだね。連れて行っても良いかな?」
「もちろんです」
クレアがタケルの耳元で話した。
「ユウナギ様は幼馴染と言うことでしたら、アレはお見せしても大丈夫ですの?」
「アレって言うと『ドアツードア』のこと?」
「はい、そうです。他にもタケルさんは最近使えるようになった魔法がたくさんおありでしょうから・・・」
「一応大丈夫ですよ。ここまでも『ドアツードア』で連れてきましたし」
「そうなのですか」
クレアが姿勢を正して言った。
「じゃあ、参りましょう」
3人はテーブルを片付けると、クレアの家に行くことになった。
そうは言っても、再び商業ギルドの扉に戻ってきた形だ。
タケルが「ドアツードア」を唱えると、扉の向こうはタケルの部屋になっていた。
扉を通ると、そこはホテルの高級ルームのような部屋があった。
最初の部屋は「客室」だったが、タケルはその後別に準備された部屋を使っていた。
アルフレットとしても、婚約者となったタケルを客室に住まわせているのはバツが悪かったのだろう。
「部屋」とは言いつつも、ワンルームマンションの様になっていて、大きな10畳ほどの部屋がありリビングとなっている。
隣にはベッドルームがあり、こちらも6畳ほどの広さがある。
部屋の中に湯あみをする部屋とトイレまで付いている。
ホテルで言えば「スイートルーム」と言うところだろう。
領主の屋敷にふさわしく、高そうな調度品も置いてあって、高校生の一人暮らしにはぜいたくすぎる部屋となっていた。
「こ、ここは・・・さっきまで外にいたのに・・・」
またユウナギが戸惑いタイムに入った。
たしかに、ここには窓もあり、5階の高さがある。
「もっと、広いお部屋もあるんですが、タケルさんが遠慮して一番狭い部屋を選ばれたので・・・」
「いやいや!僕にはここでも広いくらいだよ!十分贅沢だよ」
どうやら同じ部屋に住んでいるわけではないと分かったが、ユウナギは廊下に出てみたり、外を見てみたり、自分が今どこにいて、何を見ているのか把握するので精一杯みたいだった。
「タケルさん、今日は戻られるんですか?」
「あ、はい。後でいったんユウナギを送り届けてきます。そのあと、戻ってきます」
「では、お夕飯はいつも通りご一緒できますね?」
「はい。お願いします」
「ジュース屋さんのその後のことをお父様がお聞きになりたいそうです」
「あ、そうですね。目立ちすぎないかも心配されていましたね。報告しないと」
タケルとクレアしか分からない話を聞いて、ユウナギは少し涙目だった。
「帰る・・・」
「あ、うん。送っていくよ」
「一人で帰る」と言いたいところだったが、本当に右も左も分からない状態で、一人で家に帰り着けるとは思えなかったので、ユウナギはタケルに着いて行って、帰ることにした。
タケルは帰り道、静かになってしまったユウナギが少し気になっていいた。
「疲れちゃった?」
タケルのぼろ屋に着いたころに訊いた。
「・・・」
ユウナギは下を向いて答えなかった。
様子がおかしいので、タケルがユウナギの顔を覗き込もうとしたとき、ユウナギはばっと立ち上がって、タケルの家のトイレに入ってドアの鍵を閉めてしまった。
女の子がトイレに入ってしまったら声をかけるのも憚られる。
そっとしておいたが、5分経っても10分経ってもユウナギは出てこない。
そのうちタケルは心配になってトイレをノックしてみた。
「ユウナギ?生きてる?」
「知らない!何あの子っっ!?」
トイレの扉の向こうから強めの返事が返ってきた。
どうもユウナギはトイレに行ったと言うよりは、立てこもっているみたいだった。
それに気づいて何かまずい状況であることをタケルは理解した。
「あの子はクレアさんだよ」
「それは聞いたっっ!」
「森で出会ったんだ」
「それも聞いた!何!?婚約者ってっっ!」
口約束とはいえ、婚約したことを幼馴染に秘密にしていたからユウナギは怒っているのだとタケルの理解が追いついた。
「ごめんよ、ほら、口約束みたいなものだし、そんなにしっかりした契約みたいなものじゃないし・・・」
「違う!あの子はそんなこと考えてない!あの目は本当だった!タケルのこと好きだったっっ!」
今日会ったばかりのクレアのことを断定して言うあたり、女だから分かることがあったのだろうと気圧された。
「・・・」
「あんたは!?タケルはどうなのっっ!?」
「僕は・・・悪い話じゃないと思ってるよ?家が大きすぎるのは少し心配だけど、誰かに好かれた経験がない分、好きだと言われたら悪い気はしないし・・・」
「ドン!」トイレの扉が打ち破られんばかりに内側から叩かれた。
「だ、だいじょうぶ?!今すごい音が・・・」タケルが心配して恐る恐る声をかけた。
「・・・じゃないもんっっ」
何か聞こえたが、ドア1枚挟んでだ。
タケルには聞き取れなかった。
「な、なに?」
「ドン!」再びトイレのドアが内側から強くたたかれた。
「あの子だけじゃない!私も好きっっ!」
「・・・」状況がつかめないタケル。
「バン!」トイレのドアが勢いよく開いた。
そこには仁王立ちしたユウナギがいた。
目からは涙がボロボロと流れている。
こんなに泣いているユウナギを見たのは初めてだった。
びっくりしてトイレの前の床に座り込んでいるタケルの胸ぐらをユウナギがグイッとつかんだ。
その間も涙はぼろぼろととまらない。
「私じゃダメなのっっ?」
小さな声で聞いてきた。
胸ぐらをつかむ荒々しい行動に反して、声は頼りなく、消えるような声だった。
ユウナギはタケルの胸ぐらを離すと上を向いて、止まらない涙をぬぐいながら叫び始めた。
「私もタケルが好きー!好きなのにー!ずっと一緒だと思ってたのにーっっ!」
いつもニコニコしていて、少しおせっかいで、学校の人気者のユウナギが目の前でわんわん泣いている。
ユウナギが何を言っているのか、タケルはまた追いついてなかった。
言葉は耳に入ってきているが、理解が追いついていない。
ユウナギは止まらない涙のまま、タケルをキッとにらんだ。
「あの子はかわいいけど、お金持ちだけど、私じゃダメだったのっっ!?」
タケルは立ち上がって答えた。
「ユウナギは素敵だよ。クラスの人気者だし、勉強も部活もすごいし、僕とは全然違うって・・・」
「・・・」
タケルがストレージからハンカチを取り出し、ユウナギに渡しながら続けた。
「だから、僕がユウナギと一緒にいたらユウナギの株が下がると思って・・・中学とか高校ではあんまり積極的にかかわらないようにしてたのに・・・」
「うわーんっっ!」弾ける様にユウナギがまた上を向いて泣き始めた。
タケルは同級生が目の前でこんなに号泣する場面に出くわしたことがない。
しかも、その同級生は幼馴染のユウナギだ。
これまでの付き合いでもこんなに号泣している彼女を見たことがなかった。
ようやくユウナギは自分のことが本当に好きなのだと理解した。
「ありがとうユウナギ。ごめん、気づかなくて。ユウナギは陽の者なら、僕は陰の者だと思ってたし、僕みたいなのが幼馴染だと恥ずかしいんじゃないかと思ってたから・・・」
「ずっと、ずっと、好きって言ってもらえるように・・・・(うぐっ)、頑張ってたのに!(ぐずっ)知らない間にお金持ちのお嬢様と・・・(ぐすっ)婚約しちゃって!!そんなのかてっ・・・勝てないじゃないーーー!」
しゃくりあげながら喚き散らすと、再びユウナギはわんわん泣き始めてしまった。
どうしていいのか分からないタケル。
こんな時どうしたらいいのか『最適解』があるのならば誰か教えてほしいと心の底から思ったのだった。
結局ユウナギは1時間以上泣き続けていた。
タケルはどうしていいのか分からないまま、ユウナギの周りをおろおろしながら、うろうろしていただけだった。
外が真っ暗になったので、タケルはユウナギを家まで送っていったのだが、その間もずっと泣いていた。
どうにかタケルが渡したハンカチを受け取ったので、涙は拭いているのだが、時折立ち止まってまた「うわーん」と号泣が始まる始末。
ユウナギの家に着いた時も勝手知ったる他人の家なので、ユウナギから鍵を受け取ってドアを開けた。
鳴き声を聞いて中から母親が出てきたのだが、何かを察したのか、何も聞かなかった。
ユウナギは自分の部屋に入ってしまった。
ドアの向こうではまた泣き声が聞こえ始めた。
タケルも、ユウナギの母親もなんて言葉を交わしていいのか分からない変な空気になった。
「失礼します」とだけタケルは言うと、ユウナギの家を後にした。
その後、ドアツードアでクレアの屋敷に移動したタケルだったが、食欲がなく結局夕飯はほとんど食べられないでいた。
タケルが部屋で考え事をしていると、部屋のドアがノックされた。
「はい?」
寝る前になると侍女の人たちもタケルの部屋に来ることはない。
何かトラブルかな、とタケルは急ぎ足でドアを開けた。
そこには、クレアが立っていた。
「よろしいですか?」
「あ、はいどうぞ」
タケルはクレアを部屋に招き入れた。
リビングにテーブルがあり、ソファがあるので、そこに横並びで座った。
「タケルさん、わたくし少しショックを受けています」
「どうしたんですか?」
「タケルさんは、森の家で一人暮らししていると思っていたので、あんなかわいらしい幼馴染さんがいらっしゃって・・・あと、今日のタケルさんの表情を見て、こんなにタケルさんの心をかき乱すなんて・・・わたくしが一番だと思っていたので・・・ショックです」
「これは・・・いつか言わないといけないと思っていたのですが・・・僕は別の世界の住人です・・・彼女は・・・ユウナギは、姉みたいな、妹みたいな存在で、家族みたいなもので、僕にはまぶしすぎる存在なんです」
「やっぱり妬けてしまいますわ」
「小さいときから好きだったけど、家族だと思っていたので、向こうもそんなだと思っていました」
「それは、私の旦那様は朴念仁が過ぎましたね」
「そうみたいです」
「で?何があったのですか?」
「あの後・・・」
タケルはそのあとのことを掻い摘んでクレアに話した。
「・・・お気持ちお察ししますわ」
「・・・」
「ユウナギ様の」
「え?」
「タケルさん『こっちの世界』の結婚事情についてどのくらいご存じですか?」
「・・・正直、僕は全然分からないです。僕の住む世界では僕はまだ結婚年齢に達していないし、学生なので、誰かを支えると言うこと自体あまり考えられていません」
「タケルさんから見たら、わたくしはまだ子供かもしれません。それでも、わたくしは、この世界で結婚年齢に達していますし、侯爵家の令嬢としてふさわしい方を旦那様にしたいと考えています」
「そうですね・・・僕では覚悟が・・・」
「嫌ですわよ!わたくしは将来の旦那様として、タケルさんを相応しいと思いました。タケルさんのことを知れば知るほど、わたくしにもこの国にも必要な存在だと思っています。ここでわたくしのことを手放さないでください」
クレアはそういうと、タケルの胸の中に飛び込んできた。
タケルも反射的に抱きしめてしまった。
「わたくしには侯爵令嬢としての立場があります。旦那様を迎える場合は、わたくしは正妻でないと色々と問題が起きてしまいます」
「・・・はい」
タケルはどんな話がつながるのか全く分からずに、とりあえず、相槌的な返事をした。
「ユウナギ様の反応から察するに、タケルさんの国では一夫一婦制なのでは?」
「はい、そうです」
「この国では一夫多妻も珍しくありません。特に貴族は富める者が多くの側室を迎えることは当たり前となっています・・・つまり、2人目、3人目の奥さんがいるのは当たり前です」
「ええ!?」
「わたくしが正妻でない場合は、正妻はわたくしよりも上の立場の者が就かないと、マティアスがその国の軍門に下ったことを示してしまいます。それをよく思わない貴族たちが戦争を起こす可能性が出てきます」
「大事じゃないですか!」
「そうなのです。だから、わたくしが正妻であるならば、タケルさんは側室を迎えても、わたくしは文句はありませんよ?」
「え?そうなんですか?」
「もちろん、1番はわたくしであってほしいですけど?タケルさんをこれからも一番夢中にさせてみせます」
「ははは・・・クレアさんは十分かわいいですよ。髪もきれいだし、顔立ちも整っている。頭もいいし、気もきく。これ以上の女性はどの世界を探してもいる訳がありません」
「そんなことありませんよ?その令嬢は、たった今、目の前の殿方が自分の前からいなくなってしまう恐怖から、悪あがきをしに来たくらいですから」
「おじいちゃんが亡くなって、肉親が一人もいなくなった時に結婚しようって、家族になろうって言ってくれたのは本当に嬉しかったです。僕も義理とかではなくクレアさんのことを気に入っています」
「その割に何かあったら手放そうとするような気がしますわ」
「それは、僕にはもったいないくらいだと思っているので、もし仮に別れを切り出されたらどこか『やっぱり』と思ってしまうところがあって・・・」
「わたくしもまだまだみたいですね。タケルさんが泣いて縋るくらいに夢中にさせてみせますわ」
ソファで抱き合っていたクレアがタケルの胸に顔をうずめた。
タケルは、クレアには一生勝てないし、頭が上がらないのだと悟った。
「タケルさん」クレアがタケルを呼び掛けて顔を上げた。
「なんですか?」
「タケルさんの大切なユウナギ様は今、苦しんでいます。すぐに行って、助けて差し上げてください。ただ、その前に、わたくしに『行っても大丈夫』と言う証にキスをしてからでお願いします」
「え?!キスですか!?」
「あれ?できないのですか?」
タケルは思っても見ないハードルの高い約束条件に躊躇した。
でも、クレアのことは本当にかわいいと思っているし、キスできるのならば光栄だ。
クレアをそのまま抱きしめた。
少し抱きしめた手を緩めると、クレアがタケルの方に顔を向けた。
タケルはキスにどんな作法があるのか分からないけれど、変に躊躇して誤解を生んではいけないと、クレアに初めてのキスをした。
しばらくの沈黙のあと、クレアは立ち上がると、タケルに言った。
「さあ、タケルさん、ユウナギ様を楽にして差し上げに行ってください。そして、ユウナギ様を再びここへ連れてきてくださいまし」
「え?ここに連れてくるの?」
「だって、将来の妻同志は仲がいい方が、殿方としても何かと都合がよろしいのではなくて?お互い仲が悪いのをお望みですか?」
「あ、そうか」
「そして、仲良くなるための第一歩は、コミュニケーションですわ!お茶を飲みながらお話をするのが一番と相場は決まっていますの!」
「クレアさんはやっぱりすごいな」
「夜も遅いので、連れてきてそのままベッドに縺れ込んではいけませんよ?そう言うことは正妻であるわたくしと先にお願いします」
「はは・・・」やっぱりどうあっても勝てないとここでもタケルは思った。
「何なら、先に済まして行かれますか?」クレアが少し肩を出して見せた。
12歳の年齢なのに、この大人びた行動。
どこでどんな教育を受けたらこうなるのだろうか。
異世界がすごいのか、アルフレットの教育がすごいのか、クレアがすごいのか、タケルはもうわからなくなっていた。
「連れてきますが、誓って変なことはしませんので。そして、明日は必ず、もう一度ユウナギを紹介しますので」
「期待していますわ。旦那様」
そう言うとクレアはタケルにウインクをしてみせた。
片目がちゃんと閉じ切っていないウインクだった。
少しだけ「12歳らしいところ」が見られて、安心したタケル。
「じゃあ!行ってきます!」
元気よくユウナギの家に出ていくのだった。
明日も更新は朝6時です。
よろしくお願いします。




