第三十話
毎回サブタイ付ければ良かったと気付く今日この頃……。
襲いかかる鋭い剣閃を不敗乃光剣で受け止めて弾く。それと同時に後ろへ跳躍し、距離を稼いだ。
敵は強い。先程の一撃も、全力の身体強化でギリギリ反応出来るレベルだ。今までに対峙したどんな相手よりも強力。魔力は研ぎ澄まされ、携える細身の剣は恐ろしい程の切れ味。刀身にまでも魔力を通しているのか、並みの剣では紙切れのように切断されることは明白だ。
そして反応速度や予測も素晴らしく一進一退を続けている。その証拠に、お互い一度も攻撃が成功していないのだ。
――どうしてこうなったんだ?
ヴァンは胸中で呻く。正面に構えているのは、煌く豪奢な金髪に大きな碧眼。
王者の風格をも漂わせる艶美な魔王、レティさん。心無しか表情は恍惚としている気がする。
動きやすさを重視した武闘装衣ではなく、上半身を隈なく覆う魔力を編み込んで作成した自作の鎧を身に纏い、透き通る両刃の剣を携えている。
いや前言撤回だ、舌舐めずりまでしている。
確実に恍惚の境地だろう。考えたくはなかったが、見れば見る程に好戦的な気配を全面に押し出した凶悪な色が差している。
二人が対峙する舞台は冒険者ギルド地下二階、訓練場である。
記憶に間違いがなければ一般開放日ではないはずなのだが、気付くと立たされていたのだ。
物理、魔法結界を強化し、遮音結界まで用意して。此処まで来れば、呆れを通り越し、用意周到だと感心してしまう。
以前訪れた時のような茶番などではない。砂や石で作られた訓練場内の地面は大きく抉れ、隆起している。広大な面積ではあるが、壁には幾多もの罅や焦げ付きが。
――何故こうなったのだろう。
魔王たちと一緒に馬車に揺られ、フレーヴェルに到着したのがつい一時間前。そこからダグラスをジネット商会へ送り、依頼達成報告と個人的な『お話』をするために冒険者ギルドへ出向いたのだが、何故こうなったのだろうか。
『たまたま』魔王たちと遭遇し、『たまたま』一緒にギルドへ向かい、『たまたま』レティがヴァンを気に入ってしまった。それだけだ。
チラッと視界に捉えた観客席には六人の姿が見える。わざわざ『立ち入り禁止』の札を訓練場出入り口に立て掛けてまで、ルーナリアが徹底した理由は簡単だ。
一般人(冒険者含む)に見られたらマズいから、である。
腕を組み、爛々と輝く緋色の眼差し。美人で凛々しい、言わずと知れたヴァンの相棒であるクレアさんだ。
頭上にはこちらも大切な使い魔のクリムさん。ぷるぷるしているのは応援だろうか。
右隣にはクレアとすぐに意気投合してみせた、美しいと言うよりか可愛らしい、序列第五位の魔王でありながら元奴隷のエリスさん。彼女は何故か嬉しそうな表情をしている。多分、尻尾をぶんぶん振っている。
さらに右はフレーヴェル冒険者ギルド、我らが受付嬢のリリンさん。相変わらず眠そうな表情ではあるが、しっかりと好奇心に満ちた瞳は見間違いないだろう。
その隣には短く立ち上がった白髪に切れ長の銀眼。着流しの偉丈夫で美男子。魔王のアルベルトさんだ。王者の風格を纏い、威風堂々と着席しているが騙されてはいけない。彼も好奇心に満ちている。
そして一番端。元より小柄な体が、完全に萎縮してさらに小さく見える、金髪のダメエルフ族でギルドマスター、ルーナリアである。彼女の『粋な』計らいによってエリスとダグラスを護衛し、『人伝てに』魔王だと知り、『人伝てに』エリスの叔母だと知り、最後にはレティとの模擬戦までセッティングした、魔王より魔王なちびっこだ。
びくびくしているのは、怒ったクレアとリリンの影響だ。さすがにリリンもエリスの奴隷堕ちがルーナリアの仕業だとは聞かされていなかったようで『お話』していた。
こってりと絞られていそうだったので、ヴァンは追撃をしなかったのだが正直自業自得である。
しかしそんな状況でも、ルーナリアは飽くなき探究心で訓練場の中央、ヴァンとレティを見ているのだからある意味尊敬してしまう。
思わずヴァンは溜め息を漏らした。
視線をレティに戻す。すると彼女は、右手に携える剣を目の前に投げた。それはすぐに魔力の粒子となり、剣が掻き消える。
「ヴァン! 手加減なんかしないからなっ!」
レティが興奮気味に叫ぶ。その直後、高密度の魔力が爆発的に全身を包み込んだ。理論上では最上級魔法をも耐える、訓練場の結界がビリビリと反応し、今にも弾けて消えそうだ。
魔力の奔流が収まると手に持っていた剣は消え、代わりに両腕を包む無骨な手甲と足甲へと変貌している。
その手甲はレティ本来の華奢な腕を保護するモノではなく、二回り以上は巨大な武器。足甲も足を守る防具などではなく、刺々しい突起が所狭しと施され、掠めただけでも危険なれっきとした武器だ。
さらには凶悪な魔力を膨大に吸い込み、漂う威圧感だけで弱者は気絶してしまいそうな程。
艶美な見た目に反し近接特化型の、肉弾戦を得意とする者である証拠だ。
ヴァンは不思議と血が沸き立ち、心が騒いだ。相手は誰もが認める『絶対的強者』、魔王。興奮するなというのが、無理な相談であった。
熱烈とも言えるレティのアプローチを受け、何も返さないと言うわけにもいかないだろう。
「――『悪魔神乃両腕』」
両腕に発現するは暗澹たる螺旋状の渦動。膨張と収縮を繰り返す、狂気を孕む暴力的な魔力を両腕に纏い、無理矢理に具現化する。
それは次第に形作られ、肩口までを覆う禍々しい姿へ変貌を遂げる。まるで悪魔が降臨したかのような存在感を放ち、暗黒に染まる。
血管のような幾重もの線が明滅を繰り返し、沸騰するかのように脈動している。
「イイ。イイぞ……! 燃えてきたぞ……!」
嬉しそうなレティは言うや否や、全身にフル稼働させた身体強化を存分に使い、残像が残る程の速度で肉薄してくる。
対するヴァンは『細胞強化』を全力で発動。
「戦闘狂めっちゃ怖いわ」
溜め息混じりに呟くが、油断は一切していない。突っ込んできた全力の拳を、紙一重で体を捻って回避。
全身より練り上げた闘気を不敗乃光剣へ練り込み、上段から振り下ろす。
「危な……!」
超人的な反応で横に飛び、回避されるが想定内だ。閃光のような斬撃から発生する気弾が迸り、レティを襲う。さらに一閃、二閃と斬撃を繰り返し、気弾を追撃させた。
三度の気弾が命中したことによって、吹き荒ぶ爆風が地面の土や石を巻き上げ視界を塞ぐ。
「『闇夜の終焉』!」
未だ晴れない砂塵の中から、一際嬉々とした声が聞こえる。
急速に膨れ上がった魔力はヴァンの周りに迸り、逃げ場を無くす。先程とは異なり、不敗乃光剣へ魔力を注ぎ込むと、右足を軸にその場で回転する。魔力は刀身より放たれ、漂うレティの魔力を切断するが、それでも全てを斬ることは叶わない。
「禁忌級だろこれ。――『喰え』!」
逸速く魔導書を顕現し、周囲を囲む魔力の残滓を呑み込もうとするが、間に合わなかった。大半の魔力は掻き消したはずだが、それでも尚有り余っている。
それは途端に爆発を引き起こし、ヴァンを真後ろへと吹き飛ばす。
追い掛けるように漆黒の魔力が形作られ、幾つもの光線と成り、襲いかかってくる。
くの字に吹き飛びながらも無理矢理に体勢を立て直し、襲いかかる光線へと向き直る。
「――『神手』」
出し惜しみすることは出来ないと即断し、紫光の輝きを放つ巨大な手を発現。本来は相手を捕縛する為に考案したのだが、今回はレティの魔法を防ぐ盾の役割として発現する。
迅速に光線の軌道を予測し、神手を操る。幾ら自由に操作が可能であっても、速度と数が凄まじい。なんとか直撃コースは避けることが出来るだろう位置に動かす。
――刹那。闇夜の終焉と神手が接触し、激しい爆発音を轟かせると、訓練場そのものを揺らした。
視界を塞いでいた煙幕や土煙が晴れ、お互いの姿を認識出来るようになったのだが、レティは肩で息をしているのがわかる。
精巧な人形にも感じる顔には土や泥が付着し、魔力を練り込んだ鎧は所々砕け、手甲や足甲は破損箇所が多い。
しかしその表情は苦しげなモノではなく、この状況すらも楽しんでいるのだろう、と推測出来る。
それでも尚、拳を構え、まだまだ楽しもうとしている意思が、ヴァンは愚か観客席の周囲にまで伝わってくるようだった。
「やっぱりあんた強いわ……!」
狂喜に満ちた表情ではあるが、元々が艶美な彼女の場合だと若干ドキドキしてしまう。
まだまだ模擬戦(むしろ本気な死合)は終了に程遠い様子だ。
皆様、いつもありがとうございます!




