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紫光の魔導書  作者: しぇりー
――第二章―― 奴隷の刻印と女神の隠し事
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第二十九話


 馬車の車輪が車轍を踏み、ガタガタと揺れる。


 先程現れた魔王二体は、感じていた通り敵意は一切無い様子。むしろ「突然すまん」と男性の魔王は謝罪していた。女性の魔王はエリスを見るなり抱きついていたが。


 戦闘になることは無いと判断したクレアとクリムは、すぐさま装備を解除し、またも定位置に戻って行った。かくいうヴァンも、素直に戻って行く二人に気が抜けてしまったので『細胞強化』を解除し荷台に戻ったのだが。


 そんな『魔王』が三体も固まって存在する意味のわからない状態ではあるが、お引き取りして貰う理由も無いので一緒に馬車の荷台へ乗り込み、揺られている。もちろん、のんびりしていたダグラスの了承も貰っている。


「三十年くらい魔力も魔核も感知出来なかったのはなんで?」

「んとね、ルゥちゃんに頼んで、奴隷堕ち、させて貰ってたの」

「なるほどな。『刻印』によって一時的に魔力経路を遮断していた訳か」


 たどたどしく伝えるエリス。女性の『魔王』レティ・ルーンヒルドは不思議そうに小首を傾げる。対して男性の『魔王』アルバリオは納得したかのように頷いていた。


「え、まさか奴隷堕ちしたのってわざと? しかもルゥちゃん絡み?」

「うん、ごめんね」


 驚いているヴァンが尋ねると、しっかり目線を合わせ、申し訳なさそうにエリスが答える。

 確かに『刻印』は奴隷が必ずその身に刻む為、逃げ出したり危害を加えることがないように、と解放されるまでは魔力を抑え込み、妨害する術式が常時発動している。

 この効果によって魔力が一切使えず、ウェスク魔石鉱では戦うことが出来なかったと判断出来るだろう。


 そして『魔核』を保護するエリス自身の膨大な魔力ごと、感知出来なくなるという訳だ。

 奴隷の身分より開放された結果、急に魔力や魔核を感じたことによって二体の魔王が文字通り飛んで現れたということになる。


「ルゥちゃんと知り合いだったのか」

「ん、ルゥちゃんは、わたしの、叔母なの」

「マジか」


 とんだ爆弾発言だった。人間社会には余り顔を出さない森の民、エルフ族ではあるが、まさかそんな繋がりがあるとは思ってもみなかったので驚愕するしかない。おそらくはリリンも知っている可能性が高いので『お話』しても言いくるめられそうだ。


「てかさ、最初から思ってたんだけど、ヴァンだっけ? あんた何者?」

「はい?」


 魔力を細く伸ばした糸のようなモノで、エリスとあやとりしていたレティがふと、思い出したかのように問いかけてきた。


「ああ、それは我も同感だな。前に居るお嬢さんも相当だが、お前は少なく見積もっても魔王並みに感じる」

「ヴァンの魔法、精霊魔法でも、元素魔法でも、どれでもない」


 腕を組みながら目を瞑っていたアルバリオも片目を開け、レティに同調する。エリスに限っては一度、魔石鉱の内部で魔導書(グリモア)の発現を見ているので疑問だったのだろう。

 ヴァンとしては魔導書(グリモア)をその身に宿している事を気軽に話して良いものなのか判断が付かず、押し黙ってしまう。


「身体を巡ってる魔力循環も抜群、精度、練度、総量。どれを取っても超一流ね。ぶっちゃけあたしじゃ愚か、魔王二、三体纏めても勝てないわ」


 魔力の糸を分散させ、レティは大仰に肩を竦めて冗談めかしているが、その碧色の双眸は本気だと物語っている。


「はは、さすがにそれは買い被りじゃないかな」


 ヴァンとしては上手く誤魔化すつもりだったが、頬が引き攣ったのは間違いないだろう。レティの射抜くような視線に気圧されてしまった。


「あたしの左目は解析特化の『魔眼』だから誤魔化せないわよ。エンシェントヤったのもあんたでしょ?」


 ヴァンは心の中で悲鳴を上げる。


 艶かしく動く唇と鋭い眼光に嫌な汗が背中を伝う。魔眼とやらがどんなモノなのかはっきりとしないが、レティの言葉に嘘がなければどれだけ匠に魔力を押さえ込んで隠蔽しても、刻印のように魔力を遮断出来ない限りは誤魔化せないのだろう。


 刻一刻と増していく圧力にたじろぐ。馬車の速度によって、風が心地よい涼しさを与えてくれているのだが、背中を伝い始めていた汗はいつの間にか額にも現れていた。ヴァンは天を仰ぎ見るも、もはや逃げ場は無いようだった。


「まあ、ちょうど良い機会、かな」


 どちらにせよ目の前に佇む魔王は見逃してくれそうに無い為、折角だから、とクレアとクリムも荷台に呼び出す。

 ダグラスはヴァンの真剣な眼差しに意向を察し、話している間は御者を変わると打診してくれた。鍛冶師の斡旋もしてくれるという話だったので至れり尽せりで申し訳ない気持ちになるが、とりあえずは胸中にて感謝しておく。


「クレアは知ってることだけど、俺はこの世界の人間じゃない――」









 自分はもしかすると、誰かに話したかったのだろうか?

 そんなことを思い、苦笑しながらヴァンは全てを明かす。


 以前の世界では早くに両親が他界。八歳の頃にふらっと訪れた魔人の手で、指を折られ、腕を千切られ、耳を削がれ、眼球を捻り取られても尚、一切の悲鳴を上げなかったヴァンにとって唯一の肉親である姉。

 最後には泣き喚かないことに興味を失った魔人が、見せつけるかのように目の前で姉を惨殺されたこと、育った村を跡形もなく灰にされたこと、たった一人、ヴァンだけが『生かされた』こと。

 その日を境に死のうとしたが、復讐の為だけに生へと必死にしがみつき、幼少期から強くなることだけを求め、宛てなき孤独な旅を続けていたこと。

 時には泥水を啜り、腐敗したモノを食べ、魔物も人も、善人も悪人も関係なくこの手で殺し、ただ我武者羅に生き続けて剣術を磨いたこと。

 死に物狂いで魔法を学ぶも、自らには『魔力を放出』する才能が皆無だと気付き涙を流したこと。

 それを見た他人には出来損ない、落ちこぼれ、無能。様々な罵詈雑言を叩きつけられたがそれでも決して諦めず、そこからは身体強化を極め、ヴァンだけのオリジナル身体強化である『細胞強化』を五年かけて習得したこと。

 十年近くもの間『力』を欲し、力に魅入られ、最後には誘われたかのように訪れた古代遺跡の最深部で、封印されていた禁術書を見つけて読み解き、『魔導書(グリモア)』を宿すことに成功。

 しかしその万能たる魔導書も、起こした事象に対し『代償』が必要であったこと。

 自分の命なんてものはどうでも良かった。ただ復讐を遂げる為だけに魔導書の効力を死なない程度の事象で確かめ、やっとの思いで魔人を見つけたこと。

 簡単には殺さなかった。細胞強化を用いて、死なない程度に嬲り、気付いた。


 ――全く嬉しくないことに。感情が無くなったのかとも思った。


 気付いた瞬間、虚しくなった。


 すぐに魔人をありったけの魔力を練り込み、魔導書を発現し灰にしたこと。


 そして、自分の体が紫光に分解され、霧散したこと。









 話している最中、一度も口を挟まれなかったことに感謝しつつ、思い出せること全てを出来うる限り正確に伝えた。

 目を閉じて、語り手のようにツラツラと話していた。不思議と、内容を思い出せば自分も辛いかと思っていたのだが、そんなことは無かった。


 ふと気付けば馬車の進むガタゴトと言った音に紛れ、いつの間にかグスッと鼻を啜るような音が聞こえた。


「――んで今に至る……え、何、どういうこと?」


 聞いてくれている五人を見渡し、話を終わらせようとしたのだが、クレアは大きな緋色の瞳を一切逸らさず大粒の涙を流し、エリスは目を擦ったのだろうか、目元と鼻先が真っ赤になっており、沈んだ表情で顔を俯かせている。

 一番驚いたのはレティだ。拭っても拭いきれない量の涙を流し、さらには鼻水がでろでろな状態だった。


「あんだぁ……ぞ、ぞんなづらい……じんぜいだっだんだだぁ……」


 もはやレティは何を言っているのかすら聞き取れない状態であり、ヴァンは苦笑する。ちらっと大人しいアルバリオに目をやると、


「……くっ」


 顔色を一切変えないまま歯を食いしばり、静かに泣いていた。

 魔王が三名も泣いてしまう謎な状況にギョッとしてしまうが、唯一泣いていない(泣けない)クリムが頭上に乗り、まるで撫でてくれているかのようにぷよぷよと体を揺らしていた。


 照れ臭いので口にはしないがクリムに感謝しつつ、この調子であれば泣き止むのはまだまだ先だなあ、とヴァンは溜め息を吐いた。


「お前ら良い奴すぎるだろ……魔王なのに」


 クレアの頭を撫でてやりながら、ヴァンは小声で呟いた。






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