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紫光の魔導書  作者: しぇりー
――第二章―― 奴隷の刻印と女神の隠し事
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第二十八話


「いやはや、まさかウェスク魔石鉱随一の開拓者がこんなに可愛らしい嬢ちゃんだとはのう……」


 大の大人が三人程は座れる程に広い御者台の上で、紫煙を燻らせながらダグラスが呟く。

 落盤事故があった為、滞在は長くなるかと思ったが、滞りなくウェスク魔石鉱での仕入れも完了し、帰路へつくこと早二日。後一日程度でフレーヴェルに到着する、と言った所か。

 相変わらず紫の半透明な馬、ヘルヴィネックをクレアが操作しており、クリムは鞍の上でのんびりしている。そしてエリスはと言うと、荷台に積み込まれた鉱石の山を枕にし、ウトウトしている状態だ。


 余談だがヘルヴィネックはエリスの姿を見るや否や、ジリジリと後退りしていた。それを見て「大丈夫、だよ」と声を掛けると、一声嘶き事なきを得た。

 エリスは出来る限り魔力を抑え込んでいるらしく、逆にヘルヴィネックが気付いたことに驚いていたが。

 実際に魔力感応に長けているヴァンとクレアも気付かなかったのだ、やはり魔物はそういったモノに敏感なのだろう。


 因みにランスへ聞いてみた所、ルーナリアやリリンは間違いなくエリスが『魔王』だと知っているそうだ。おそらくは知っていて尚、わざわざ『護衛』のクエストを指名してきたのだろうが、正直魔王の力であれば一人で帰って来れそうなものである。


 さらには気配に敏感な魔物に魔王(エリス)の存在が気付かれているのだろうか、一切襲われることは無い。


 従って、ダグラスは紙巻煙草を手にのんびりしているし、クレアやクリムはヘルヴィネックに真剣なので良いが、ヴァンとしては手持ち無沙汰でもの凄く暇なのだ。


「エリス、魔物とか魔人とか、大丈夫だったら魔王のこととか聞きたいんだけど……」

「ん。わかった、教えてあげる」


 眠そうなのに申し訳ないが、エリスに魔物や魔人、さらには魔王について詳しく話を聞いて時間を潰すことにする。





 世界各地に蔓延る魔物。数え切れない程に存在する彼らの中でも、ヒエラルキーがある。俗に最弱魔物と呼ばれる『スライム』や『ゴブリン』。それとは逆に個体としての頂点に君臨する『ドラゴン』などの龍族や『ヴァンパイア』でよく知られる吸血鬼などの圧倒的強者。


 種族としての強弱こそあるが、ある時を堺に『魔人』へと進化することがある、と言われている。どのような条件下で進化するのかまでは一切判明は出来ていないが、これは間違いない事実なのだ。


 魔物から進化する『魔人』はその個体により実力が大きく異なりをみせる。どんな魔物であっても『魔人化』することが確認出来ているが、やはり『ゴブリン』が魔人化した所で『龍族』には劣る。

 しかし、魔人化した『スライム』が同様に魔人化した『ゴブリン』に勝利することはあるのだ。


 一概に全てが、とは言えないものの、ランクにすると一段階。飛躍した魔人化であっても二段階上がる程度である。

 そして一点に於いては共通点が確認出来ており、魔人化することによって『人間族』のような体躯に近付く。二足歩行が可能となり、人語を解し、さらには話す。もちろん各魔物としての特徴もそのまま受け継がれ、まさに進化するのだ。戦闘能力も大幅に向上し、武器まで携帯することがある凶悪な存在。

 知能も身に付ける為、複数人数によっての討伐が推奨されている。


 そして恐るべき存在は魔人から進化した『魔王』である。『魔人』から進化した『魔王』は、より『人間族』へと近付く。魔人とは比べ物にならない程の実力を有しているのだが、彼らは一切『装備』が無くなる。

 仮に、元々がベヒモスのように堅牢な皮膚を有している魔物であれば『魔人化』した時には『鎧』に変質する。しかし、魔人から『魔王』へ進化すると、綺麗さっぱり鎧はなくなり、人間と同様の『肌』に変わる。

 『肌』になったからといって、防御力が落ちることはない。膨大な魔力がその身に宿り、生半可な『装備』よりも強固な防御力を保っている為、だと言われている。


 『魔王』一体が本気になれば、エリスが行ったように都市どころか大陸をも灰燼に帰してしまう程の力を持つが、何故か『魔王』は自主的に世界を破壊するようなことはしない。

 それどころか、自身が存在する領土内での争いを止めたり、襲いかかってくる魔物を排除したりと、力無き者を守ってくれていたりするのだ。その結果、場所によっては『守護神』と崇められていたり、魔王が都市を築いていたりと、人間族にも馴染んでいる。

 もちろん全ての魔王が争いを好まないという訳ではない。基本的には自分の領土以外での抗争であれば『不干渉』を貫くだけである。


「ん、魔王にも、序列、があるの」


 現在、存在する魔王は十二体。その十二体には『序列』があり、不動の序列一位が『無闇に争うことは禁ずる』と発令したそうだ。

 中には「ふざけるな」と息巻いた魔王も居たようだが、序列一位の実力は名前だけでは無いそうで、歯向かうことが出来ない様子らしい。


「魔王は、魔王の気配に、敏感なの。魔人から、進化したら、すぐに気付くの。そうすると、魔王の誰かが、新しい魔王の所に、向かうの」


 魔王には心臓の他に『魔核』という器官が存在し、出来上がると膨大な魔力が湧き出て、核を保護するらしい。その際に発生する機微を魔王はすぐさま感知し、新たな魔王の元へ向かう。


「エリスは序列何位なの?」

「わたしは……第五位、だったかな?」


 可愛らしく小首を傾げているエリスであるが、一体一体が絶大なる力を持つ魔王の中でも、十二人中五位と言うのは相当ではないだろうか。


「他の魔王も見てみたいな……」

「ん、もう来るよ」

「は?」


 ――その時だった。莫大な魔力の塊が遥か遠くから、もの凄い速度で接近していることに気付く。しかもその数は二つ。ヴァンは思わず馬車から飛び出し、飛んでくる魔力を迎え撃つ体勢に早変わりする。魔人ベヒモスやエンシェントドラゴンとは比較にならない強さを感じた。


 既に『細胞強化』を最大限に纏っているヴァン。


 そして一瞬遅れるも、クレアやクリムはもちろんヘルヴィネックまでもが飛来する魔力を感知。ヘルヴィネックは馬車を止め、クレアはヴァンの横へ並び立ち、『細胞強化』を発動。クリムは創造した翼で浮遊し、鉤爪を装備している。


 まさに光速。彗星の如く現れた二体の魔王は、文字通り『空を飛んで』来ており、既に目視可能な位置まで近付いている。

 敵意は一切感じないのだが、話に聞いた通り人間と見紛う程の容姿だ。


 凄まじいまでの速度で目の前に接近したにも関わらず、二体の魔王は空中でピタリと止まり、ゆっくりと地上に降りてきた。


 男女一組の魔王たち。どちらも容姿端麗だ。身の毛もよだつ程の存在感に、弱者であれば跪くだろうと思ってしまう従属感。それは紛れもなく王者の風格だった。


 細身の女性は豪奢な金髪を煌めかせている。身に纏う武闘装衣(キュラッサ)と呼ばれる衣装は、動きやすさを重視しつつ豪華なモノ。貴族が好みそうな刺繍が施されている。腰には短いスカート。上着は薄く、女性らしい体の線が浮き出ており、大小様々なフリルが風に靡いている。白雪のような透き通った肌は丹念に手入れされているかのような美しさ。そして涼しげな碧色の瞳が、値踏みするかのようにクレア、クリム、ヴァン。そして荷台に座っているエリスへ順々に向けられる。


 対する男性は身長二メートル程度もありそうな大柄。短く立ち上がった白髪に切れ長の双眸は刃物のような鋭さを持つ銀色。締まった肉体が衣服越しにでもわかる偉丈夫だ。衣服は漆黒の和装を着流しにしている。

 腰に差している二本の得物。一振りは大きく、遥か東の秘境と言われる島国から生産されている『太刀』だろうか。もう一振りは少し短い。おそらく脇差とやらだろう。緋色の鞘に収められているとは言え、膨大な魔力が感知出来る。業物に間違いないだろう。


 ヴァン、クレアの両名に緊張が走るが、美しい女性の魔王は口元を綻ばせると、


「おいっす! エリス元気?」


 などと、片手を上げて気軽に挨拶を交わした。

 




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