第二十六話
ウェスク魔石鉱の坑道内を歩くこと二時間。道すがら発見した魔物を排除したり、感知した魔力を辿って逃げ遅れた作業員を数名手助けしたりと、想像よりも移動に時間を費やしてしまった。
落盤による坑道の破損はそれほどでも無い様子で、一番大きな被害も、確認出来る限りではあるが通り道が塞がれている程度。
大きな衝撃を与えると二次災害に繋がり兼ねないため、魔法で吹き飛ばす、という荒業が使えないので、一般の作業員は手作業で落ちた岩や土砂を撤去している様子が見受けられた。
その点、ヴァンは魔導書に『喰え』と命令するだけで障害物の撤去が出来るため、見掛けたときには逐一発現している。
やっとの思いで『第十区画』手前に到着したのだが、
「あーあ、ぐちゃぐちゃだな」
第十区画手前に設置されている『魔法障壁作動システム』は魔物からの被害を抑える重要な役目を担っているため、鍵を掛けられた金属製の箱の中に入っている。
しかし、落盤の発生した箇所がピンポイントだったのだろうか、縦横二メートル程度の大きな岩が直撃。魔法障壁作動システムは復旧不可な程に損傷していた。
そして最悪なことに、淡い黄色の魔法陣が通路を隙間なく塞ぎ、魔法障壁が『発動』したままになっている。
ダグラスが言っていた『魔法障壁作動システムが破壊された』と言うのはこのことだろう。
切り替えを行う作業員がシステム付近で待機していたらしいのだが、落盤で下敷きになり死亡しているのを発見した。
この不運な事故によって、強力な魔物が蔓延る第十区画以降に隔離されたことになる。
町への被害は出ないだろうが、中にいる作業員にとっては命取りだ。
「参ったな。障壁を壊したら魔物が町に向かってしまう」
「んー、俺が障壁を張り直す方法と、摺り抜ける方法があるんだけどどっちが良いかな?」
「む、それなら間違いなく摺り抜けだな。ヴァンが張り直したら解除が出来ないし」
ヴァンが魔導書の力によって魔法障壁を張り直したとしても、それを切り替えるシステムまでは創造するのが厳しい。そうなると今後の採掘に影響が出てしまう可能性があるため、摺り抜けることが望ましいとクレアは判断した。
「ああ、そういうことか。出来るなら張り直した方が良いのな?」
「出来るのか……」
時間もないため、通路を塞ぐように発動している魔法障壁を「解除」の一言で音もなく破壊。
「――『塞げ』」
効力を失った魔法障壁よりも奥へと進み、早速新たな魔法障壁を発現する。
「む、システムはどうするんだ?」
「さすがに回路とかわからないし、魔物以外は出入り自由に作り直しといた」
「そうか」
さらっと、もの凄いことを言って除けるヴァンだがクレアはもう驚かない。彼にすれば出来ないことはほぼないはずだ、と割り切っている。
「急ごう。――『不敗乃光剣』」
ヴァンが右手に紫光を絡め、重厚長大な大剣を発現。クレアもそれに従って黄金の剣を抜き、『細胞強化』を纏う。
そして『第十二区画』まで駆け出す。『第十区画』からは分岐地点も無いため間もなく到着するだろう。
『第十二区画』に辿り着くと異様にひんやりとした空気を纏っていた。
奥へと進むに連れ、空気中に漂う魔力が目に見えるほどの濃度を孕み、霧のように視界を阻んでいる。
こういった症状のことを『魔霧』と言い、消費した魔力を瞬時に回復するのだが、濃密すぎる魔力を長時間に渡り体へ浴び続けると危険な『魔力酔い』になってしまう。人間はもちろん魔力感応値が高いエルフ族、さらには魔物まで分け隔てなく薬にも毒にもなる。
だからこそ第十区画以降に存在する魔物は飛躍的にランクが上がる。もし、この魔霧に順応して己の力へと変換出来ているのであれば、Bランクの冒険者でも勝てるかわからない魔物に変貌していることだろう。
しかも落盤事故からおよそ三時間。魔力総量の少ない者であれば魔力酔いが発症していてもおかしくない。
また、壁や天井が淡く蒼色に発光していることから、鉱石がたっぷりと魔霧を吸い込んで、高純度の魔鉱石へと変質していることが伺える。
観光などで訪れたとすれば、幻想的な洞窟の風景に感嘆の声でも上げているのだが、そう言った雰囲気ではない。
「む、ジュエルホーン……か?」
クレアが食事中のジュエルホーンを発見する。
『ジュエルホーン』はCランクであり、元々の体躯が二メートル程度の魔物だ。魔霧の濃密な魔力を身に浴び続けたのだろうか、今まさに立ち塞がるのは四メートル程の巨大な姿になっている。
鉱石を主食とし、含まれている魔力や成分が頭頂部に存在する角へ如実に現れる魔物だ。
性格は比較的穏やかで、食事中に攻撃でもしない限りは襲ってこない。習性からして単独行動をしているはずだが、索敵出来る範囲でその数は八体。
見た所襲ってきそうな気配はないので無視して先へ急ぐ。
ジュエルホーンを皮切りに、鉱山を好んで縄張りを作る、蝙蝠に酷似した『スティールバット』やアンデッドで武装をしている『デュラハン』、さらには『ジュエルトータス』という甲羅そのものが希少な鉱石で出来ている亀など、希少な魔物が見受けられる。
生存している魔物は全てが魔霧の影響で巨大化していたり、持ち合わせているはずのない武装や身体的特徴など、より強くその身を進化させていた。
どれもこれも気性の荒い魔物ではないので安心だが、魔霧の影響で性格まで変わる、という可能性も捨て切れないのが事実。
衝撃音や爆音が近づいている状態で余計な戦闘によって時間を費やしてしまうのは得策でないので、出来る限り気配を消しつつ先に進む。
最後の細い坑道を瞬く間に通り抜け、角を右へ曲がる。
大きな吹き抜けとなっており、確認した地図が間違っていなければ此処は『第十三区画』だ。第十二区画より一回り程大きな造りとなっており、壁や天井に含まれる鉱石は先程よりも強い光を放っている。
そんな区画の中心に出来ている集団。
四人の人間と周りを囲むオーバーロードの群れ。
オーバーロードとは、二足歩行型でAランクの魔物だ。醜悪な顔に粘りつくような血色の双眸。両腕が異常に太く発達しており、その手には鎚を持っている。その膂力から振り下ろされる鎚が当たれば致命傷間違いなしだろう。
オーバーロードは威力こそ強力ではないが土属性に魔法も使える強敵だ。そんな魔物が実に八体。集団の四人全員がAランクの冒険者であってもかなり分が悪い。しかも最悪なことに丸腰。
現在は膠着状態が続いており、戦闘はしていない様子だ。
壁際や地面には殺された人間が七人。様々な種族の魔物が数え切れない程に横たわっているという地獄絵図。
死体の中には腕が契れている者や臓物をぶちまけている者、首から上が切断されている者と傷の浅い者は誰一人おらず、戦闘の激しさを物語っていた。
「む、獣人がいるな」
人間の男性が二名。人間の女性が一名。獣人の女性が一名。集団の先頭に出てオーバーロードを威嚇しているのは獣人の女性だ。
皆が皆、体のどこかに傷を負っているが決して諦めた表情ではない。
しかしその内の男性が一人、体をふらつかせている。おそらく深い傷が見受けられないことから『魔力酔い』だろう。
――刹那。
「もう安心して良い」
ヴァンが音もなくオーバーロードの群れを駆け抜け、中央の集団に接近した。
その距離およそ五十メートル。瞬きする暇もなく消えるように移動したヴァン。
生き残っている集団はもちろんオーバーロードたちまで、突如としてその場に現れたヴァンへ視線を向け、目を見開いて驚いている。
「――『神劔』」
小さく呟いた声は何故か離れているクレアの耳朶まで響き渡り、膨大な紫光の魔力が『魔霧』を飲み込んで、『第十三区画』全域に染み渡る。
同時にヴァンから発する、圧倒的な闘気。
瞬時に自らが『捕食される側』だと気付いたオーバーロードたちは、我先にと踵を返し逃亡を図るも、逃げ場無く包囲した紫光の魔力が、瞬時に姿を変えて鋭い無数の光剣へと形成され、間を置かずにその巨躯を貫き霧散する。
残ったのは静寂と唖然として見つめる四人の作業員たち。後は『魔霧』が消え、澄んだ空気だけだった。
「よし、救出完了」
エリス・クロード・ヘルニヴルがこの四人の中に居るかはわからないが、他に生き残りがいないことを確認したため、まずは勇敢な作業員たちを帰還させることにした。




