第二十五話
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ウェスク魔石鉱はその実、世界に存在する魔石鉱の中でも巨大な部類だ。作業区画は十五に分かれ、今でも増え続けている。奥の区画に進めば進む程、希少価値の高い鉱石が採掘しやすくなる。
採掘現場の全貌はかなり広く、迷路のように入り組んでいる。常時何百人という大規模な規格で、第一区画から第十区画を採掘して回り、集められた素材は地面に敷かれたレールの上を魔力式トロッコが運ぶ。
量も品質も高い鉱石は他国にも輸出されており、王国経済の一端を担っているほどだ。
しかし、希少価値の高い鉱石には『魔力』を帯びている鉱石が多い。そのためかウェスク魔石鉱の中には魔物が存在しており、奥の区画に進む程ランクが跳ね上がる。
そのため、第十区画以降は魔法障壁によって隔絶されており、採掘する際は警備兵や奴隷の中でも高い戦闘能力を持ち合わせる者を連れ立って行わなくてはいけない、危険な採掘場でもある。
奴隷の中でも『犯罪奴隷』は殺人などの罪で堕ちた者もいる。
従って武器を携帯するのは危険なので、犯した罪が大きいほど前線に丸腰で送り込まれることが多い。元々は処刑される程の犯罪なのだが、戦闘力が高い者はこうして派遣されることがしばしばあるようだ。
もちろん奴隷は逃げられないように工夫されており、奴隷堕ちした瞬間、特殊な魔力を練り込んだ『刻印』が心臓付近の胸部に刻まれる。
この刻印は様々な効果が刻み込まれており、ある一定の場所から出ると激痛が全身を走ったり、魔物以外に危害を加えようと考えると瞬時に反応し意識を失ってしまったりと凶悪な効力だ。
この刻印は奴隷から開放された時にのみ効力を失うのだが、一度奴隷に落ちてしまうと『痕は一生残る』仕様になっている。
そんなウェスク魔石鉱でトラブルが起こったのは朝食時だった。
急に轟音が轟き、建物が縦に揺れる。
「地震か?」
「む、珍しく縦揺れだな」
時間にするとほんの十秒程度。この地域は地震が多いため珍しくもないが、その殆どは大陸の構造上、横揺れの地震だ。今回のように縦揺れは希である。
「大変じゃ!」
「おお、ダグ爺どうしたんだい?」
宿屋の食事処で朝食を摂っていた二人の元へ、びしょ濡れになったままダグラスが駆け込んできた。
女将が驚きながらダグラスに問いかける。
「落盤が起きてしもうた」
「先程の揺れはそのせいだったんですね」
「作業員は無事だったのか?」
体を滴る水には目もくれず鬼気迫る、といった形相のダグラスが唇を震わせて落盤があったことを告げた。
「――落盤の影響で魔法障壁が破壊されてしもうた。町まで魔物が押し寄せるやもしれん」
昨日の快晴からは考えられない、雷を伴う程の豪雨であった。採掘場は洞窟のようになっており地盤もしっかりとした造りなのだが、あくまでも洞窟。何が原因でいつ落盤するか、そんなものはわからない。
さらに採掘場は交代制で休みなく作業に当たるため、ウェスク魔石鉱の内部には必ず誰かがいる。
そんな状態で第十区画の通行路が、激しい地鳴りと共に落盤してしまった。
通路自体は完全に封鎖されたわけではないものの、逃げ遅れた作業員たちは深部で取り残されているらしい。
悲劇は続き、落盤箇所が『魔法障壁作動システム』を巻き込んでのものだった。
「しかもお主らが引き取る、奴隷のエリスは第十二区画にいるそうじゃ」
「うわ、マジか」
ヴァンたちがウェスク魔石鉱に赴いた本来の目的である奴隷、エリス・クロード・ヘルニヴルは借金奴隷。さらには女性のため、採掘場への労働は強いられていない。
しかし、本人の強い希望によりウェスク魔石鉱での労働を許可され、最深部での採掘もお手の物。
むしろ開拓には彼女が関わっているという異例中の異例。
「そんじゃあ人助けと行きますか」
「む、そうだな。あまりのんびりはしてられん」
奴隷の女性と商人を王都まで連れ帰るだけの簡単な依頼が一転、大規模な災害から大人数を救助する、加えて町への被害を抑える。という通常であれば困難なモノへと変貌を遂げてしまった。
「またお主らに頼らなくてはならんのう」
申し訳なさそうな表情でダグラスが言った。
「ほれ、あんたたち。昨日渡された魔石鉱内部の地図があるから持ってきな」
女将が後ろの棚から地図を取り出し、ヴァンへ手渡す。ウェスク魔石鉱周辺に住んでいる者は必ず魔石鉱内部の地図が支給され、万が一に備えているそうだ。
区画が更新される度に最新の地図が支給されるため、渡された地図は第十五特殊作業場が記載されている新しいモノだった。
「よし、じゃあ行ってくるわ」
「ダグラスさんは湯浴みでもして暖まっててくれ」
ひらひらと手を振りながら宿屋を出ていくヴァンとクレア。そして翼を創造し飛行するクリムは、特に何でもないかのようにウェスク魔石鉱へと向かう。
「すごい子たちだねえ。無事に帰って来れるといいけど……」
「なに、あ奴らは大丈夫じゃよ。儂が生きてきた長い人生で初めて見る強き者たちじゃ」
「ダグ爺がそこまで言うなら大丈夫かねえ」
ダグラスが先程とは打って変わったように、安堵した表情で紙巻煙草に火を点け紫煙を燻らせる。心配していた女将もダグラスの言葉を信じてか、張り付いていた不安はなくなっていた。
「んー。広いなこりゃあ」
ウェスク魔石鉱に入ったヴァンはそう漏らす。
薄暗い洞窟かと思っていたがそうではなく、所々に宛てがわれた『魔灯』という、魔力を流すことによって発光する魔道具が照らしているので明るい。
複数に分岐する坑道は凸凹があるものの、三人は並んで歩けるくらいには幅がある。
辺りを見渡すと、大規模な採掘場だけあって連携も徹底しているのか、落盤から一時間と経っていないにも関わらず避難はほぼ完了しているようだ。
残っている者もちらほらと見受けられるが、服装からして作業員ではなく警備員だろう。おそらくは中に残っている者がいないか見回っている様子だ。
「む、遠くに魔力を感じるぞ」
クレアが言った通り、ウェスク魔石鉱の奥深くから微弱に魔力を感じる。取り残された者かは不明であるが、戦闘中なのは間違いなさそうだ。
エリスが取り残された第十二区画は、現在地点の正面にある『西通行口』を抜け、『坑道分岐点』を左に曲がる。
そのまま魔力式トロッコのレールに沿って行くと、『第五特殊作業場』に当たる。
『特殊作業場』は大きな吹き抜けとなっており、魔鉱石の選別や運搬拠点、休憩拠点となっている。
作業員が多く集まるため、一際頑丈に手をかけられているようだ。
この『第五特殊作業場』から分岐している四つの坑道から一番右へ進み、曲がりくねった一本道を真っ直ぐに進むと、辿り着くのが『第十区画』だ。落盤した位置はこの区画一歩手前らしい。
「これ、地図なかったら迷子確定じゃん」
「歩きながら記憶するのは骨が折れるな」
『第十二区画』は割と単純な道程なので分岐点を間違わなければ問題ないが、『第二区画』から『第四区画』までは右へ左へと忙しなく曲がり、二股に分かれた道を間違えただけで行き止まりになってしまう、などと初見では心が折れてしまうのは想像に容易い。
『第十二区画』までは、順調に進むことが出来れば二時間程度だろう。度々出現する魔物は強くてもCランク。排除しながら進んでもそこまでロスはしないはずだ。
「結構遠くに魔力集まって来てるな。急ぐか」
どこの区画かまでは感知出来ないが、魔力が一点に集まっていることからそこに何かがあることは間違いない。
もしかするとそれがエリスである可能性も考えられるため、急ぎ足で第十二区画へ向かう。




