第二十三話
エンシェントドラゴン討伐よりおよそ一ヶ月。
新ギルドカードは全世界の冒険者へと付与され、瞬く間に浸透した。当初の予想通り、裏面の個人金庫は爆発的に利用され、冒険者ギルドは連日大盛況だった。
ヴァンやクレアは『ルーム』がある。従って硬貨を落とすことも紛失することもないので頻繁には利用しないが、最近はクエスト完了報酬が自動でカードに入金されるため、手持ちが無くなった時は立ち寄らなければいけない。
しかし、個人金庫を遥かに上回る速度で広まった噂がある。
『史上最強のSランクパーティ』が現れたと。
ルーナリアが全世界のギルドに向け、たった二人の冒険者がエンシェントドラゴンの討伐を完了させた。と発信しただけである。
名実共に最高ランクとなったヴァン。それと元々Sランク指折りの強さだと謳われていたクレア。この二人の名は通信機関が発達していないにも関わらず、たった一夜にして知らない者はいないと言わしめる程。
実際にそこまで深く考えず、ルーナリアが言った通りに最強として日々依頼をこなしていけば何も問題ない。と、ヴァンもクレアも思っていた。
しかし現実は真逆。
Sランクとは、そもそもからして個人的な力が常人とは桁外れだ。国によって基準は違うが、世間的には『Sランク一人で一個師団が壊滅になる恐れがある』と言われている。
実際にクレアはもちろん、ヴァンに限っては遠方から魔導書を本気で発現させてしまえば証拠すら残らないという完全攻略が出来るだろう。
知られてはいないが、使い魔であるクリムもSランクに位置する実力なので、国程度では太刀打ちが出来ない。
そこから更に『Sランク史上最強』と称号が付けば、断れど断れど一向に収まらないラブコールが四六時中。二人を指名したクエストも多発。報酬がかなり割の良い物だったためあらかた請け負ったが。
逃げることも叶わず忙殺された結果、予定していた旅は未だに出来ていない。
そして一番驚いたのは様々な国から送られてきた複数の手紙。その数なんと五通。全て雑紙同然の羊皮紙などではなく、真っ白な上質の紙に、綺麗な文字で。
是非、我が国の防衛を任せたい。だとか、帝国軍総司令官に、だとか。
現在拠点としている王都からの手紙もあり、『王国軍将官として招きたい』という物。全部が全部『国の戦力』として見られている。
さすがに失礼な断り方は出来ないため、リリンに相談した所すぐに解決となった。リリンが何者なのか気になり聞こうとしたが、黒い笑顔が怖かった。命は大事にしたいので聞かずに辞める。
一ヶ月もの期間をかけて、やっとのことで勧誘の波も引いていき、一息付いた矢先にもう一つ。
個人指定の依頼が届いた。依頼人はルーナリア。
「今度はなんだルゥちゃん」
「そう嫌そうな顔をするなよ……」
「む、ただでさえ止まらない勧誘で大変だったんだ。落ち着いたなと思ったらこれだぞ?」
「ごめんなさい」
露骨に嫌そうな表情のヴァンにルーナリアが苦笑を漏らす。そこへクレアから放たれた追撃でルーナリアは深々と、それはもう床に擦りそうな程、渾身の謝罪だった。
綺麗な謝罪に思わず拍手しそうになるが思い止まる。
「んで、どう? ランクの調整」
「そっちは順調だな。お陰様で高ランクの大多数は間引き出来た」
ヴァンがSランクへと昇格する以前。元帝国ギルドのドルンがそうだったように、ランクと実力が伴っていないと苦言を漏らしたルーナリアの願いは順調らしく、笑顔で話す。
「Sランクはお前たちを含めて六人。そしてAランクが百人、Bランクが三百人くらいにまでは出来た。冒険者は場所を転々とするからかなり時間かかったぞ」
「そんなに減らしたのか……」
クレアが驚くのも無理はない。何故かわからないがSランクだけに留まらず、高ランク保持者は高飛車な者が多い。急に降格と言われて突っぱねる者も居ただろう。
クレアの記憶に間違いがなければ、ドルン含め、Sランクが二十人、Aランクが二百人、Bランクが千人とかなり数が多かったはずだ。多少前後はするが。
今回、ヴァンとクレアに再試験は持ち掛けられていないが、他に存在する高ランク保持者には、カード贈呈時に必ず再試験を行っていたそうだ。
再試験の合否判断だが、戦闘能力はもちろん今までに達成した依頼の内容や、人格にも重きを置くようにしたのだ。
「それはもう実力行使でしたよお。再試験で不合格者連発ですう」
紅茶と茶菓子を持ってきたリリンがそう言う。因みにノックはしていない。
彼女も再試験の判定員を務めたそうで、噂に聞くと容赦なかったらしい。彼女を知っている者は降格と判断されるや否や、「畏まりました!」と二つ返事で了承し、その場を素早く後にしたと伝説が残っている。
しかもSランクを降格させたのは全てがリリンだそうだ。
「あれ、リリンさんはSランクだろ? ルゥちゃんは?」
「ボクもSランクだ。マスターになる条件はちゃんとクリアしてるぞ」
各国に点在する冒険者ギルド。最高責任者であるマスターは国から正式に雇用されているそうで、いくつかの基準が設けられている。
その内の一つとして、冒険者でありAランク以上というのが必須項目。
「世界各地に数多存在するギルドでもSランクのマスターはボクだけなんだ!」
誇らしげに薄い胸を張るルーナリア。まるで子供が「すごいでしょ!」と自慢しているような表情だ。
「書類整理Sランク?」
「違うわっ!」
最近ではストレスの関係か、ヴァンがルーナリアを弄る構図ばかりだ。
「んで、個人指定の依頼なんだけど用件は?」
「ああ、忘れてた。今回は――」
「護衛ですよお」
「あっ! 台詞取られたっ」
自分で運んできた紅茶を啜りながら、ルーナリアに被せてリリンが依頼内容を言ってしまう。これもまた最近多いケースであり、彼女も多忙なことからストレスが溜まっているのだろう。
「む、護衛は騎士団や傭兵の仕事じゃないのか?」
クレアが眉間に皺を寄せながら疑問を呟く。
本来、冒険者は民間やギルドから出された依頼を受けて完了させるのが主流。たまに貴重品の護送などや、どうしても手が回らない時に貴族や王族から何かしらの依頼が出ることもあるが、『護衛』は稀有だ。
『護衛』となると、おそらくは貴族だとか王族だとか、身分の高い者を護らなくてはいけないので、見ず知らずの冒険者ではなくその主が雇っている傭兵や、騎士団が請け負うはずだ。
「ちょっと今回は異例中の異例なんだ。何せ護衛対象は貴族でも王族でも他国の重鎮でもない――」
「『奴隷』の護衛ですう」
「あっ、またボクの台詞!」
とうとうその場で地団駄を踏み始めるルーナリア。気にも止めず、涼しい顔でクリムに魔力を与えながら言って除けるリリン。クリムはぷるぷるしている。
「奴隷の護衛なんて聞いたことないぞ」
「そもそも俺、未だにこの街で奴隷なんて見たことないし」
王国は奴隷制度を禁止しているわけではないが、その数自体はかなり少ない。逆に帝都などは奴隷の数が多いと聞く。犯罪奴隷や借金奴隷、身売りした奴隷やされた奴隷。種類は様々だ。
「今回護衛して貰いたい奴隷は、馬車で数日の鉱山にいる。そいつを王都まで連れてくるって依頼だ」
「鉱山ということは男の借金奴隷か?」
クレアが尋ねた。借金奴隷は読んで字の如くであるが、借金の返済が出来なかった者が堕ちる身分である。
男性であれば鉱山や漁など過酷な肉体労働を強制され、女性であれば大半が娼婦だが、貴族のお気に入りになればメイドなどになることがある。もちろん、借りた金額の返済が終われば解放される。
「いや、借金奴隷で間違いはないが、そいつは女だ」




