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紫光の魔導書  作者: しぇりー
――第一章―― 初召喚と初戦闘と訓練と白龍
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第二十二話


 常人であれば到底見切ることは愚か、反応、認識も出来るはずのない速度でヴァンの頭を鋭い琥珀色の爪が迫る。身体強化を纏っている状態でギリギリ回避が間に合うレベルの尋常じゃない速さに強さ。


 紙一重で身を捩り、躱しきったヴァンは左腕の篭手で思い切り殴りつける。


 上手くヒットした拳から伝わってきたのは、まるで砂を殴ったような感触。

 何枚か鱗を貫き、下からは血が滲んでいるもたいしたダメージではないことが予想に容易い。鱗だけではなく中の筋肉までもが強靭だ。


 もちろんその程度のダメージではエンシェントドラゴンを怯ませることすら出来ず、間髪入れずに爪で反撃されてしまう。

 両足に部分強化を発動し、全力で後ろへ跳躍。


 まともに当たりはしないが、躱せもしない絶妙な距離だ。


「――『神輪(ヴィシュヌ)』!」


 跳躍しながら発現するのは、研ぎ澄まされた薄い刃。切断力に特化した円輪が二枚。


 ヴァンの指示に従い、円輪が襲いかかる爪を目掛けて高速で回転しながら光のような速度で飛来する。


 爪が直撃するギリギリのタイミングで一枚の円輪が阻んだ。


 エンシェントドラゴンは右腕の爪だけでは押しきれないと悟ったのか、息を吸い込むと少し仰け反る。


 しかし龍の殺息(ドラゴンブレス)が炸裂するよりも早く、もう一方の円輪が右目に直撃。大量の血飛沫を撒き散らし、咆哮する。


 さらに痛みによって注意が散漫だったのか、爪と拮抗していた円輪が押し勝ち、そのまま爪を削ぎ落とした。


「はあああッ!!」


 その隙を突き、クレアが細胞強化を纏った高速の斬撃を尻尾へ叩き込む。

 僅かな抵抗を感じはしたが、身体能力が桁外れに底上げされている一撃は鱗や筋肉を断ち、尻尾を切り離す。


「次だ。――『神手(ヘカトンケイル)』」


 発現した事象は紫光の巨大な手。その数は百。数多の手がエンシェントドラゴンの腕や足、口や角など様々な部分を押さえ込み、決して離さない。


 故に、尻尾を付け根から切断され、綺麗な白が真っ赤に塗り潰されていても尚、雄叫びを上げることさえ叶わず、驚愕に黄金の左目を見開くだけだ。


 追撃は止まない。


 次はクリムが遥か天空に、灼熱のような魔法陣を発動した瞬間、爆発が起きたかのような音と共に魔法陣から小粒の隕石が無数、衝撃波を纏いながら落ちてくる。


 火、土属性の混合魔法、『流星雨(イグニスメテオ)』だ。階級は最上級に位置するが、クリムの練り込んだ魔力量は禁忌級並み。


 因みに土属性魔法はリリンが得意とする属性であり、彼女は最上級までなら習得済みである。そんな彼女から魔力を頂いたクリムが扱えない属性は光のみ。


 押さえ付けられ、身動きできないエンシェントドラゴンは成す術なくクリムの魔法をその身に受ける。激しい弾幕と巻き上がる砂埃。


 相手はSランク上位。この程度で倒せたとは誰も思っておらず、ヴァンは魔導書(グリモア)を未だ解除しない。





 ――刹那、荒れ狂う魔力の波動が周囲を襲う。凄まじい魔力の塊が縦横無尽に暴発し、無差別に弾け飛んでいる。





「魔力だけで攻撃してくんのかよ。――『喰え』」


 散り散りになっているヴァン、クレア、クリムの三人を纏めて防御するのは難しいと即時に判断し『神手』を解除。飛来する魔力を、直撃手前で渦が発生し『呑み込む』。


 一つも被弾していないことに気付いたのだろう。エンシェントドラゴンが攻撃の手を抑え、静寂が包む。


 砂埃が収まると、流星雨のダメージによって三割程度は鱗が剥がれ落ちている。

 しかし気にも止めず、血走った黄金の左目をヴァンへ向け、地鳴りを伴い咆哮した。相変わらずヴァンに熱烈なようだ。


 少し皮膜が破けてはいるが、飛翔するのに支障はないらしく、その場で羽ばたく。


 神々しい姿に不釣り合いな程、憎悪を孕んでいる瞳。目を背けることなく睨め返す。


「さすがにぶち切れだよなあ、これ」


 今まで一切使用していない『細胞強化』を全身に纏う。

 創造力がキモである魔導書も使いこなす彼の認識力は人一倍なこともあり、細胞強化を長い年月にかけて酷似し続けてきた結果、攻撃力はもちろん、肉体の防御力、反射神経、感応力、魔力に魔力制御など、全ての能力が桁外れに上昇する。


 ヴァンが深呼吸をすると、瞬間的に強い風が舞い込む。


「うらぁッ」


 全力で踏み込む。すると足元の堅い地面は陥没し、同じく『細胞強化』を隈なく全身に纏っているクレアの目でさえ認識が出来ない程の速度で、エンシェントドラゴンへと突撃した。


 山頂の地面から二十メートル程を飛翔しているエンシェントドラゴン目掛け、爆発的な踏み込みは自身の身体を浮かせて一直線に向かう。


 右手に握る不敗乃光剣(クラウソラス)を|悪魔王乃左腕に持ち替え――


「終わりだッ!」


 ヴァン自らが光となったかのような速度でエンシェントドラゴンへ肉薄し、喉元を横薙に振り抜いた。肉体強度も鱗の頑丈さも規格外ではあったが、『細胞強化』を纏ったヴァンの前には紙切れ同然。




 次の瞬間、首と胴体は綺麗な断面で切り離されていた。











 時刻は夕方。元気有り余る二名は、行きと同じように両足へ部分強化を発動し、一時間かからずにフレーヴェルに帰還した。


「え、ヴァンってそこまでハチャメチャに強いわけ?」


 クレアが懇切丁寧に討伐結果を述べ終わった後、ルーナリアは目が溢れ落ちそうな程に見開いてそう言った。


 きちんと証拠部位である琥珀色の爪は手渡したのにこの言い草だ。


 もちろんクレアは魔導書(グリモア)について一切匂わせていない。


「すごいですねえ、殆ど一人でやっちゃったんですかあ……」


 怒ってる時以外はいつも笑顔なリリンですら無表情だ。僅かに口元をぴくぴくさせてはいるが。


「だから言ったしょ。ドラゴンくらいちょろいって」

「あれが本気だなんて誰が信じるかっ」

「ルゥちゃん、実際に私はヴァンの足元にも及ばんぞ?」

「わたくしが見込んでた遥か斜め上ですねえ」


 そもそも一日もかからずに討伐し、クリムを含めて三人共、無傷なのはおかしいと、なぜだかその後に説教されてしまった。


「まあ、良いか。心配して損したぞ」

「ルゥちゃんったらずうっとそわそわしてお仕事してないんですよお?」

「こらっ、それは言っちゃダメなやつだっ」


 いつまでも賑わうマスター室を後に、さすがに疲れも残る三名は宿へと帰ることにした。






 日も殆どが落ち、夕闇が空を覆いつつある頃。やっと宿まで戻って来れた三名は、階段上がって二階。右の角部屋がヴァンの部屋で、クレアは真逆、左側の角部屋だ。


 階段を上がった所で今日は解散とする。


「よおし、今日はお疲れ様! でも細胞強化を薄く貼っとくのを忘れないように」

「私は何もしてないからな、疲れてなどいないさ……」


 苦笑気味にクレアが呟く。すると、そのまま俯き、黙り込んでしまった。


「え、どした? まさか、どこか怪我か!?」


 心配そうにクレアへ駆け寄り、いろいろとまずいので、触れないように身体に傷がないか探し始めた。


「――ヴァン」

「ん?」


 俯いた顔を上げ、今にも泣きそうな顔を見せるクレア。


「私は……弱いぞ」

「そんなことないっしょ?」

「事実、エンシェントドラゴンには何も出来てない」

「例えそれが事実だとしても、クレアは弱くないよ?」


 またも俯いて両手を合わせ、もじもじするクレア。


「クレア」

「む?」

「俺は――俺の強さは化物なんだよ」

「む、そんなことはない!」


 眉間に皺を寄せ、思った以上に怒っているクレアへヴァンは苦笑を漏らす。


「なんつーかさ、これからもよろしくな」

「私で良いのか……?」

「クレアが嫌なら――」

「嫌じゃない!!」


 真っ赤な果実のように顔を染め上げ、ふしゅーっと煙が立ち昇っているような気もするが、気にならなかった。


 すぐに俯いてしまうクレアの肩をしっかりと両手で掴み、目線を合わせる。頭一つ分程の身長差があるため少し屈む。


「もっかいだけ言うぞ。これからもよろしくな?」

「うん……うんっ」


 何度も何度も相槌を打つクレアの頭を撫で、恥ずかしいが抱き締める。




 こうして、ヴァンには信頼出来る相棒が出来た。







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