第二十一話
「ヴァン、クレア。お前たち二人に負担を掛けてしまうこと、改めて謝罪する」
相変わらずふかふかとした座り心地のソファへ腰掛ける二人へ、ルーナリアが悲痛な面持ちで頭を下げて謝罪する。彼女の横に姿勢正しく寄り添うリリンも頭を下げた。
普段は途方もなく明るい性格なのも相まってか、ギルドマスター室の空気が少し気まずくなった。
「気にすんなルゥちゃん。ドラゴン如きちょろい」
「そうか。それなら早速なんだが――」
「おいこら、さっきの感動を返しやがれ」
耐えられなかったヴァンが宥めると、あっけらかんとして話を進めようとするルーナリア。彼女なりの気遣いなのかは不明だが、先程のくらい雰囲気が無くなったのは間違いない。
「おほん。それでだ、まずは付与したギルドカードを見て欲しい。ヴァンは個人的にクエストをこなしてたから知ってるかと思うが、受注したクエストがギルドカードの裏面に表示されているはずだ」
言われた通りにヴァンとクレアはギルドカードへ出てこい、と念じて取り出す。裏面を確認すると討伐対象の魔物名と依頼者名が表示されていることがわかる。
「今回は前々から伝えている通り、此処から西に聳え立つ、アーズド山脈の頂上に君臨しているエンシェントドラゴンを討伐して貰いたい。Sランク上位に位置する難しい依頼だ。再度確認になってしまうが、討伐を完遂することによってヴァンは正式なSランク昇格。お前たちにはパーティを組んで貰ってSクラス最強タッグになって欲しい」
真摯な態度で確認するかのように言うルーナリア。ヴァンの隣に腰掛けるクレアは少し緊張しているのだろうか、何度も相槌を打っていた。
「もちろん報酬はとぉんでもないですよお。それに、エンシェントドラゴンの素材は証拠部位を抜いて、全て差し上げますう」
龍族の素材は、どんなに下級なものでも素晴らしい性能を持ち合わせるため、とんでもなく高価で売買される。上級のエンシェントドラゴンともなれば鱗を一枚販売するだけで一生暮らしていけるだろうし、武器や防具にしても計り知れない一品となること間違いなしだ。
「ん、内容は変わらないみたいだな。それじゃあ早速行ってこようか」
「ああ。頼りにしている」
ヴァンが言うと、クレアも立ち上がる。ボソッと「ああん、これが青春なんですねえ」なんて聞こえた気がするがスルーだ。
アーズド山脈は王都フレーヴェルより、急行馬車で半日程度の場所に位置している。ただし、山脈へ向かう途中から森林地帯と成っているため、そこからは徒歩で向かわなければならない。
通常であれば野宿で一夜を明かし、翌日から登頂するのが基本であるが、ヴァンとクレアは両足へ部分強化を纏い、走るだけで一時間とかからずに山頂近くまで辿り着いてしまう。
森林地帯はDからBランクの魔物が潜んでおり、アーズド山脈はCからAランク程度。ヴァンとクレアの一刀にて軽く切り伏せられるので時間もかからずサクサクと進む。
すると、山頂付近から半径二キロ辺りからだろうか。たった一体すら魔物の姿が見えなくなった。
「エンシェントさんには近付きたくないってことかねえ」
「そうだろうな。格が違いすぎる」
事実、山頂まで残り一キロ付近で一度足を止め、軽食を摂ることにしたのだが……。
「もの凄い殺気だもんなこれ」
「索敵範囲広いってもんじゃないなこれは」
まるで山脈自体が震えるかのような凄まじい殺気。遥か遠くに見える森林地帯からは鳥たちが慌てて飛び立ったり、山のように襲いかかってきた魔物たちが一斉に撤退するほどのプレッシャーだ。
そう言いつつもルームの中から取り出した様々なサンドイッチを摘んでいる二人は異常という他ないだろう。
「問題はさ、山頂って戦う場所あんのかだよな」
「む、どうだろうな。最悪更地にしてしまえば……」
「おお! それだよクレア!」
ヴァンは手に持つハムを挟んだサンドイッチをパクリと平らげ、スクッと立ち上がる。クレアはそれに嫌な予感がしたのだろうか、少しヴァンから離れた。クリムですら翼を創造し、クレアの元へ退散する。
「ちっと遠いけど。――『神焔』!」
呟くや否や、いつも以上に魔導書へと魔力を注ぎ、姿を現したのは計り知れない熱量からだろうか、『真っ白』で一つ二メートルはある巨大な炎が数十程も出現し、滞空する。
次に、ヴァンが指差す山頂へとゆらゆらと空気を歪めながら飛んでいく。
速度こそ早くはないが、膨大な熱量が目的地へ着弾すると、轟音と共に山火事のような大規模なものとなり、岩肌しかないはずの頂上付近で延焼している。数瞬遅れて、ヴァンたちへと熱波が降り注いだ。
「あちっ」
ヴァンはそこまで考えてなかったのだろう、熱波を浴びてしまい熱そうにその場で飛び上がる。クレアはと言うと、抱き寄せていたクリムが無属性の障壁を張っており、熱波の被害はなかった。
熱波が止み、次第に延焼が収まると、先は山頂でなく更地と化している。未だ余熱の影響で地面からは煙が上がっているも、間違いなく山の地形を変えた一撃だった。
「やっべ、エンシェントさん怒ってる……」
「責任は取ってくれよ?」
ダメージはあっただろうがそこはやはりSランク上位。激しい咆哮によって生存を確認することが出来た。
近付くに連れ、激しい憎悪と敵意を孕んだ殺気が膨らんでいく。
今にも飛びかかりそうな勢いのエンシェントドラゴンの全貌は、体長十五メートル程の四足歩行型と、かなり大きい。足一本だけで二メートルはあるだろう。
ヴァンを射抜く双眸は黄金に煌めいており、全身が真っ白な鱗に覆われている。有する魔力はかなりのモノ。頭部には一際太く長い角が二本。大きな翼に長く強靭な尻尾。先端は二股に分かれていて、掠るだけでも致命傷だろう。
あまりにも神秘的な姿ではあるが、ヴァンの一撃によってか、所々焦げ目が目立つ。
「おいおい、ドラゴンて炎耐性の基準おかしいだろ」
「まさかあの熱量で焦げ目だけとはな……」
さすがにあの熱量を孕む魔導書の攻撃が『焦げる』だけだとは思っていなかったため、二人共頬を引き攣らせてしまう。
「来い。――『不敗乃光剣』、『悪魔王乃左腕』」
ヴァンは眼前に前傾姿勢で構えるエンシェントドラゴンを睨めつけ、魔導書を発現する。
クレアも腰に差す黄金の剣を抜き放ち、腰を落とした。
クリムも翼と鉤爪を創造しクレアの近くで滞空する。
戦闘開始の合図かのようにエンシェントドラゴンが一際大きく咆吼した。




