第十八話
場所は王都フレーヴェル、冒険者ギルドの地下二階。クレアの訓練中に何度か個人でクエストを受けていたりはしたが、地下に訓練場があるなんて初めて知った。相当な面積を保有しており、縦横に百メートル程はあるだろうか。あくまでも実戦に近い状況を作るためか、地面は土で出来ている。
本来は昇格試験時に実力を確かめたり、一般開放時には冒険者たちが自主的に訓練へと励んだりすることが目的だそうだ。
地下二階に訓練場があるのだが、地下一階には何があるのかというと『観客席』だ。ギルド幹部より通達があり、有望な冒険者が現れた際には王国騎士団への斡旋なども行っているらしく、来賓客が観戦することもあるらしい。
もちろん観客席に被害が及ばないように、地下一階と二階部分の間には透明な結界が張られているらしく、週に一度は破損箇所がないか確認しているそうなので、ひとまずは安心だ。試したことはないが、強度も理論上は最上級魔法の一発くらいならば耐えられる程。
ルーナリアやリリンもドルンに嫌気が差しているのだろうか、ヴァンならば万が一にも負けるとは思っていないらしく、ギルドに留まっていた冒険者や街に居た冒険者は愚か、王国騎士団の連中までも招待し、大規模な辱めを受けさせる算段だそうだ。
そんな訓練場の中心には三人の姿があった。一人は旅装のままのヴァン。もう一人は煌びやかな金の鎧を纏っているドルンだ。最後はいつものローブそのままのルーナリア。強いて言うならばもう一匹は頭上にクリム。
騎士団の幹部や精鋭を一時間と経たず招待出来ることから、ルーナリアの扱いを改めた方が良いのかとヴァンは一瞬考えるが、審判を務める彼女のニヤニヤした笑顔から改める必要は全く感じない。
冒険者や王国騎士団などの尋常じゃない人数を集めた訓練場には、約三百人程の大人数が集まっている。
「やれやれ、こんな大観衆の前で君を辱めに遭わせてしまうなんて少々気が滅入ってしまうが、これも社会勉強だと思ってくれたまえよ?」
ヴァンの正面に立っているドルンは自分が負けるなどと微塵にも思っていないらしく、自信満々で告げた。
「貴方は自分が負けるとは思っていないんですか?」
「ははっ、冗談は辞めたまえ。最高ランク保持者の私がBランクの君にかい? 一応手加減はしてあげるつもりだし、Sランクの戦闘を実際に体感して今後の参考にしてくれれば嬉しいよ」
どこまでも見下した口調や振る舞いにヴァンですらイライラし始めてくる。それは審判を務めるルーナリアも同じらしく、彼女はドルンに見えないよう、ヴァンへ手を合わせ、何かを呟く。唇の動きから察するに「本当にごめん」だそうだ。
しかしその後、何か閃いた様子だ。やけに子供のような無邪気さ溢れる笑みを振り撒いている。
ルーナリアは急いで出入り口付近へ駆けるとすぐ横に複数付いているボタンを押す。そして再度、駆け足で戻ってきた。
「ドルン。そんなに余裕があるならどうだ? ボクと賭けをしないか?」
「ルーナリア様、賭けでしょうか?」
ルーナリアが口角を上げ、愉快そうに提案した。一方のドルンは不可思議な表情で聞き返す。
「ああ、もし。万が一。奇跡的にでも、だ。ヴァンがSランク保持者であり子爵家長男でもあるドルン・オンドランに勝利した場合、君はSランク剥奪、Bランクまで降格と言うのはどうだ?」
「それはあまりにも酷い賭けでしょう。私にメリットがありません」
確かに、ドルン自身は負けると思っていないが、彼にとっては何も旨みがない。
そしてヴァンの頭上、クリムではなく、観客席から大きな響めきが聞こえてくる。ルーナリアが先程押したボタンは、観客席へと話の内容を伝えることが出来るスピーカーだったらしい。
「大丈夫だ、もしヴァンが負けた場合、ボクはギルドマスターを引退。さらに権限で君を次期ギルドマスターか、帝国政務官へといろいろと進言してあげようと思うんだが……どうだ?」
ルーナリアは見抜いていた。ドルンが持つ過剰な自信と、一級品の野望。彼は出世することが大好きであり、そのために手段は選ばない人物だ。
――今回のように何度も昇格試験を妨げ、自身へ忠誠的な者を実力関係なしに高ランクへと推薦し媚を売るくらいに。
「……良いでしょう。お心遣い感謝致します」
そして、必ずこの提案を受けることに。
ドルンはルーナリアへ頭を下げると、ヴァンへと向き直る。
「さあ、始めようかヴァン。安心したまえ、この模擬戦は君の敗北だが、それで昇格が出来ないわけじゃあない。一時的に悔しく、惨めな気持ちになってしまうだろうが、多くを学び、今後の人生へと繋げてくれれば私は嬉しいんだよ」
そう言って嬉々としながら刃引きされた模擬剣を構える。ヴァンも模造剣を仕方なく構えた。
刃は潰されているため斬れることはないが、実際の剣と同様の重量を有しているため、まともに当たれば怪我は必至だろう。
ヴァンが観客席を眺めるとドルンの取り巻きたちが目に入った。部分強化で視力を上げて見てみると、彼らは相変わらず負けるとは思っていないらしく、唇の動きを読むと「これで王都のギルドはこっちのもんだ」だとか「ドルン様、一生ついて行きます!」だとか思い思いに興奮している様子だ。
寒気がする程の気配を感じ、目を移すとやはり、リリンが冷めた目でドルンを見ていた。少し離れたところにいる、見るからに性能の良さそうな鎧を着込む二十名程は騎士団から来たのだろうか、彼らは苦笑いをしながらリリンを見つめ、距離を取っている。
「じゃあ賭けも成立したし、用意は良いだろうか」
「あ、ルゥちゃん、クリム預かって」
確認してくるルーナリアを引き止め、頭上に鎮座する我らがクリムを差し出す。受け取るとニコニコしながら撫でている。
クリムも反応し、嬉しそうにびよんびよんと伸び縮みしていた。
ドルンが馬鹿にしたような口調で「ふん、レッドスライム如き居ても居なくても構わんがな」と呟いていたが全員無視だ。
ルーナリアは撫で回した後、距離を取る。
「よし、両者尋常に、悔いなき様存分に戦え。……始めッ!」
彼女の掛け声と同時にドルンが駆けてくる。
「つあああッ!!」
さすがは腐っても高ランクだろうか、瞬時に身体強化を発動し、踏み込む力はなかなかに強い。地面の土が弾け、突進力はパッと見てもBランク程度はあるだろう。右上段から裂帛の気合と共に振り下ろす剣筋も目立った粗はなく、速度も及第点。迷いもないようだ。
「うん、まだまだだわ」
呟くようにヴァンが言う。それと同時に振り下ろされた剣の横腹に自身の剣を撫でるように添えると、少し押し出す。体重を掛けすぎた一太刀を去なされたドルンは重心が偏ってしまい、体勢が崩れる。
「――ほいっと」
足に部分強化を回し、瞬時に後ろへ回り込むと、空いた背中へ前蹴りを叩き込む。
「あ」
勢い良く蹴り過ぎてしまい、めちゃくちゃな速度で十メートル程ドルンが飛んだ。ゴロゴロと土に塗れながら地面を転がり、最後は激しい音と共に壁へぶつかると気絶してしまった。
「はい、勝者はヴァン・ラグナコースト」
つまらなそうに告げるルーナリアは、模擬戦なんて見てもおらず、クリムに魔力を食べさせながら遊んでいる。
数秒、静寂に包まれるが、一人の拍手を皮切りに観客席が歓声で湧く。
ヴァンは気まずそうにリリンへ目線を向けると、至極満足そうに席を立ち上がり、受付嬢へと戻って行った。
後日、気絶から立ち直ったドルンは、取り巻きたちとルーナリアの元へ立ち寄り、賭けの撤回を願い出たが、三百人の前でスピーカーから言質を取った証拠とその場に居た王国騎士団の根回し。そして正式な調査団派遣ではない自己判断で行ったことから心苦しそうな演技まで付けて申し出を却下。
帝国へ帰還したドルンはBランクへ降格。さらに子爵家の恥晒しとされ、勘当されたそうだ、とルーナリアは嬉しそうに語った。
きちんと王国騎士団への斡旋は無しで事を勧めていたルーナリアは、やれば出来る子であった。




