第十二話
馬車が二台程、余裕で通れるであろう大通りから閑散とした裏通りへ入り、狭い路地を右へ左へするする抜ける。クレアがいなければ迷子になりかねない複雑な道程だ。
時刻は早朝な為だろうか、元々なのだろうか真偽は定かでないが人影は一切ない。
もう何度目かわからないくらいに右へ左へと進み続け、とある建物の扉を開けた。
すると、明らかに何かが出てきそうな暗く、長い階段が続いており、クレアは気にすることなくツカツカと降りた。
ヴァンとクリムは少し身体を震わせながら、出来るだけクレアに近づいてついていく。
「此処だ」
「此処どこなの何なのどうしたの!」
「肉の鎮魂曲だ」
クレアが木材で出来た重厚な扉をギギギ、と開けると……
「ああん、いらっしゃあい」
鬼が居た。
破壊力のあるウインクを飛ばし、真っ赤でピチピチのシャツを着ているムキムキな強面スキンヘッドが圧倒的な存在感を放っている。
酒やけかと感じてしまうようなハスキーボイス。先程の話し方は突っ込まないと心に決めた。
さらに、クマさんのイラストが描かれた可愛らしいエプロンは、赤い何かが点々と付着している。気にするべきじゃないと脳内で警報がガンガン響いていた。
ヴァンは己が生きてきた十八年間にて初めて気づく。「ああ、弱肉強食ってこういうことなんだ」と。
「ねえクレア? 後ろの可愛いボクちゃん食べても良いかしらん?」
「むしろ私たちは食べにきたんだが……」
「えっ、アタシを!?」
ここでクレアは無言で、黄金に煌く剣に手をかける。
「じょ、冗談よう。それより後ろのボクちゃん、生きてるかしらん?」
クレアが振り返るとヴァンは白目を剥き、ガクガクと震えたまま気絶していた。
「おかわり!」
「はあい、ちょっとだけ待っててねん」
肉の鎮魂曲は食べられる場所ではなく、食べる所であった。早朝のため、他に客の姿はない。
いくら探しても見つからないことから、王都七不思議の一つと噂される幻の肉料理店だそうだ。
早朝から深夜まで営業している、場所的に隠れすぎた名店。
強面の鬼は店主で、ミート・アレクサンダー。元Aランク冒険者で、現在は肉の鎮魂曲を一人で切り盛りしている。
エプロンに付着した赤い何かはやはり血液であったが、捌いたり血抜きをしたりと、仕込みしている最中であったためだ。
因みに本人曰く、隠れた所に店を出し、知る人ぞ知る一部の常連客とコミュニケーションを大事にするのがポリシーなんだそうだ。
「はあい、お待ちどおさま」
ミートが持ってきた鉄板には、見た目こそ肉の塊にしか見えないが、本人が厳選した、拘りの最高級もも肉だ。
焼いたばかりだからだろうか、パチパチと肉汁が弾ける。弾ける肉汁は仄かに赤く輝いており、ナイフを『肉の上に置く』だけでスッと切断できる。
「うんまいっ」
口に運ぶと、柔くジューシー。それでいて程良い質量を孕んでいる。
噛めば噛む程に溢れ出てくる肉汁は、濃厚そうにみえてもその実さっぱりとしており、いくら食べても胸焼けなど起こさないだろう。
ソースは一切使っておらず、岩塩だけで素材の味そのものを楽しんで貰いたい、というミートの計らいは間違いなく正解である。
切っては口へ運ぶ。自分の腕がいうことを聞かず、全自動でナイフとフォークを操る。肉がなくなるまで続くのだ。
この止まらない程に美味しい肉は、カイザーバードという標高の高い山にしか生息していないBランクの魔物。全長五メートル程もある大型の魔物だ。
実は冒険者や料理店の間で、どこの部位もまずい魔物と認識されているが、ミートは独自の調理法で究極の肉へと昇華させたと自慢げに豪語している。
貧困層の連中には不味いけど安い肉と重宝されているため、市場価格も安い。そのため、最高級の味を安く提供できるのだそうだ。
「……ふう。美味しいだろう?」
「ああ、もう最高だよこれ」
クレアも同じくカイザーバードのもも肉を注文しており、食べ終わった。二人は恍惚の表情を浮かべており、余韻までも楽しんでいた。
それを厨房のカウンターから、両手で頬杖をつき、優しげな表情で眺めているミートはこの、幸せそうな笑顔が見たいがために料理人を続けていると言っても過言ではないらしい。
「腹拵えも終わったことだし、昨日の続きといこうか」
「あ、その前に渡したいものが。――『開け』」
ヴァンの右側へと姿を現した黒い切れ目。ゴソゴソと徐に手を突っ込む。
「あったあった。……はい!」
「む、これは?」
クレアが受け取った物は鈍く光る、無駄な装飾がないシンプルなデザインの指輪だった。
「昨日解散した後にさ、俺の魔導書で何が何処まで出来るのか模索しててさ。その時に実験して作った指輪。大きいだろうけど指に嵌めたら勝手にサイズ変わるはず」
「おお、嵌ったぞ」
少し大きめな指輪を左手の人差し指へと嵌めると、瞬時にサイズが変わる。クレアの白く、細長い指によく似合っていた。
「何か出来ないかなーってずっと考えてたんだけど、その指輪に俺のルームと同じ効果を付与出来たからあげようかなーって。魔力通して開けって言えば発動するように調整しといた!」
昨夜、ヴァンはどこまで魔導書が使えるのかを実験してみることにした。以前の世界では代償のせいで実験なんて出来なかったが、今は違う。
戦闘中で万が一にでも出来ないことがあれば危ないので試したのだが、結果は『具体的に想像出来ることであれば何でも』創造、具現化することが出来た。
想像が出来ればだが、空を飛ぼうと思えば飛べるだろうし翼も作れる。火も水も風も、土も雷も操れる。何でも出来てしまう。
節度を覚えなければ危険な存在だと認定されてしまう恐れがあるため、人前では自重しなければいけないが、それを差し引いても充分に卑怯な能力だ、とヴァン自身が思う。
「こんな凄い物、貰って良いのか?」
「うん、俺には必要ないし」
指輪を嵌めた指を見つめ、少々困惑気味な声色でクレアが聞いた。ヴァンが笑顔で頷くと、クレアも自然と笑顔が咲く。
「ほらあ、大事な話するなら帰ってからになさい。誰かに聞かれちゃっても知らないわよ?」
パンパン、と手を叩いて注意するミート。
言われた通り、宿に戻ってから昨日の続きを開始することにした。
隠れすぎている名店の場所を覚えるため、帰りは道を覚えながら歩くのが非常に厳しいクエストであった。




