見えない場所
「ただいまー」
サクリが扉を開けると左右にメイドと執事が立ち並び頭を下げていた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「あー、うん。ただいま」
サクリはそのまま鞄を持って部屋に走る。途中、兄達の部屋の前を通るが声はかけない。どうせ、声を掛けても怒られるだけだ。
サクリは自身の部屋の扉を開けてベッドに体を投げ込む。
「あー、疲れた」
サクリはベッドの上で大の字になりバタバタする。そんな時、メイドの声がした。
「お嬢様。若旦那様がお呼びです」
「…へい」
サクリは渋々と体を持ち上げ兄の部屋に向かう。
若旦那とはサクリの一番年上の兄だ。父はまだ現役だがそろそろ継ぐ予定なのだろう。兄が社交界で少し話題になっているのをサクリは知っている。
「何、兄貴」
「お前にお見合いだ」
兄の部屋に入るなり渡されたのは大量の手紙の山。この王国のお見合いとはこのような感じだ。手紙を送り気が向いたらその手紙に書いてある日付にその場所に行く。それだけでお見合いは成立するのだ。
「あっそ、捨てといて」
「そろそろ、結婚を考えろ。十四だろ」
「兄貴だってまだじゃん。さっさと結婚すれば?」
サクリはバンッと思いっきり扉を閉めて出ていく。部屋の中から兄の盛大なため息が聞こえたが知らないふりをする。
貴族女性の結婚適齢期は十九歳。男性は二十五歳だ。兄は既に二十四歳。そろそろ結婚しなければ売れ残りとして言われてしまう歳だ。
「マジでイラつく…」
サクリはどうにもできない感情を投げ出し台所へ向かった。
♧♧♧
「帰りました」
マリノが声をかければ妹が出てくる。五つ離れた半分血の繋がっている妹が。
「おかえり、お兄ちゃん」
「…ライカさんは」
「今、お父さんに怒られてる…」
ライカとは妹の専属従者だ。マリノとは九つ離れた女性。メイドの仕事も護衛の仕事もこなす女性だ。
「そうですか。母は」
「また、食器割った…って言ってた」
プラターヌ家は長年続く商家である。表面上母と父は仲が良いように見えるが、家に入ればそんな事ない。父は母を適当に放置し愛人に構ってばかり。母は愛されない衝動で食器を割り、癇癪ばかり。
きっと、ライカは止めたのだろう。そしたら、父に怒られているのだ。父の説教は長い。二時間近く辺り散らかされているはずだ。
「…はぁ、助けに行きますか」
「怒られるよ…お父さん。なんか今日機嫌悪いし…」
「どうせ愛人に愛想つかされたんです。明日には別の女でも連れてきますよ」
マリノはため息をつき父の部屋に向かう。妹もその後ろについてくる。それを見ているのは使用人達だ。この家で一番可哀想なのは使用人達だろう。一日中主人と主人の正妻のために働いているのに失敗すれば怒号を散らかされ、奉仕をし、要らなくなったら解雇されている。
いつの間にか父の部屋に何かを届けるのはマリノか妹の役割になった。
「お、お二人とも。今は辞めておいた方がよろしいかと…」
メイド長に話しかけられる。一番長く仕えている人だ。父の恐ろしさもこの家の歪さも知っている人。だが、マリノと妹には信頼できる人ではあった。
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「ありがとう。メイド長さん。あたしも行くの。ライカはあたしの従者さんだから」
メイド長の心配に礼を言い、二人は進む。
父の部屋の前に行くとやはり聞こえてくるのは怒号。ずっと言っているので反論すらできていない。
「…行きますか」
「今助ける…!」
♧♧♧
「ただいまー」
「遅い!!!どこまで歩いていたんだ!!!」
「悪いって…じゃ、俺は部屋いくから」
「待て!!!話は終わってないだろ!!」
レオは帰宅早々父に直々に叱られる。これで三度目だ。
レオはここ数日、遊んでから帰ってきている。もちろん相手は女子生徒だ。その辺で遊んでから帰ってきている。これが父には許せないようだ。
「坊っちゃま…お夕食は…」
「あー、持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
控えていたメイドが頭を下げて台所へ向かう。広すぎる家には大量のメイドがいる。金を払っているのなら別に良いがウチはそこまで給金が良い訳でもない。レオにとっては謎でしかない状態だった。
「はぁ、明日も学園かよ」
レオは部屋に入ると鞄を投げ出した。
家は退屈だ。毎日身内とメイドとひとつ屋根の下で過ごすのはキツイものだ。妹や弟達は可愛いから良いが、父とは馬が合わない。どうにかして、家業を継がせたいようだがぶっちゃけレオは家業になんて興味が無い。
「ちっ、マジで面倒い」
レオは窓の方に見える鳥を部屋の中に入れる。魔術を使える人なら出来る伝言鳩的なものだ。窓にいた鳥はレオに手紙を渡すと出ていく。
貴族階級が下の者が上の者に手紙を出すことは難しい。上から下は簡単だが。レオはため息をついて手紙を開く。
今日のお礼とまたいつかというものだ。レオは紙をぐちゃぐちゃにして捨てる。
「たった一回で彼女気取りかよ。意味わかんねぇ」
レオはイラつきから鞄の中身をひっくり返す。すると、メイドが夕食を持ってきてくれた。
「坊っちゃま。夕食です」
「どーも。父さん怒ってた?」
「はい。怒られると思われます」
「はぁ、メイドさんありがと。自分で戻すから今日は帰りなよ」
レオはそれだけを言うと扉を閉めて夕食を一人で食べだした。
♧♧♧
「ただいまー」
「遅せぇよ。ねーちゃん!!今何時か知ってるか!?」
「え?十時」
「騎士団の補導対象時間過ぎてるぞ!!!」
「テイル…そんなに怒らないで」
フィラはどーどーとテイルを諌める。フィラの帰宅時間は夜十時になっていた。父と母は眠っている。収穫の時期がやってきているので深夜二時すぎに起きて収穫をしている。そのため、両親が寝る時間はテイルの帰宅時間とほとんど同じだ。
「テイル。お母さん起きちゃう」
「…ねーちゃん。とりあえず夕飯食べる?母さんの作り置きだけど」
「お、食べる食べる!」
フィラはテイルの持っているお皿を覗き込む。持っているのは野菜のサラダだ。そして、火にかけてある鍋を覗き込む。美味しそうなスープだ。
「美味しそう…」
「父さんが作った野菜。露店で売れなかったヤツ」
フィラはスプーンを取り出してスープをすくう。火にかけすぎたのかアツアツだ。フィラはひぇぇとなっているとテイルがサラダを机に置いた。
「俺寝るから」
「はーい。おやすみ」
「うん」
テイルは自身の部屋に入っていく。フィラはそれを眺めたあとにモグモグとパンとスープを食べていく。一人で食べる夕食にも慣れてしまった。フィラのバイトのない日は夕食も共に食べているが、やはり一人の方が圧倒的に多い。休日前日だったらテイルが永遠と話してくれるが、明日も平日。テイルは朝早く起きて勉強している。
「…明日もバイトで、あ、小テストある…教本教本…」
フィラは鞄から教本を取り出し片手で開きながら夕食を食べる。
「えっと…語学だからこの辺か」
フィラは夕食を食べると勉強をするを同時にこなし始めた。




