【中等部三年生】冬・貴女を見ると
「フィラさん」
目の前にいるフィラは先程から声をかけても何も反応しない。いつもならすぐにパッと上げる顔は伏せられたまま。
夕暮れに反射して紺色の髪の毛がさらに美しく見える。
「フィラさん」
コンコンと指で机を叩きながら言ってみる。全く反応は無い。フィラはペンを触ったままだ。クルクルと回して遊んでいる。
「…フィラ」
試しに、呼んでみたかった呼び方で呼ぶ。これも反応は無い。むしろ、こちら側がダメージを受けてしまった。自分の好奇心を叱責してもう一度フィラの方を見る。
(とても、綺麗…。惚れた欲目、ですかね)
思わず触れたくなってしまう。あわよくばを願ってしまう。恋とは恐ろしいものだ。以前の自分ならいらない感情として扱っていたものに簡単に惑わされてしまう。ただ、恋に溺れているだけなのか恋をした相手が悪いのかは今も分からない。
「……、フィラさん」
「ふぇ!?あ、えっと、なぁに?」
四度目の声がけでやっと気がついたフィラ。本当に今までの声がけは聞こえていなかったようだ。
「手が止まっていますよ。分からないところでもありましたか?」
「え、違う…と思う」
「では、何か悩みでも?」
「なんで!?……あー、ど、どうだろうねぇ。わた、わたし分かんないなぁ」
「顔に書いてありますよ」
「うそ!?」
フィラは頬を抑えて恥ずかしそうにしている。夕暮れの影響もあってか普段よりずっと頬が染まっている。それも、綺麗で可憐で愛おしく思ってしまう。
フィラはパッと顔を上げて見据える。
「女の子は秘密が多いんだよ」
「秘密というよりも悩みでは?」
「あぅっ」
フィラは分かりやすく図星ですと言うような顔をしている。分かりやすくて、コロコロ表情を鈴のように変えている。それが、可愛くて仕方がない。
感情を抑え込んで、フィラの方を真面目に見る。何か困っていたら手を差し伸べてあげたいのだ。
「…話せるなら話して頂きたいですが…無理そうですね」
「ちがっ、無理とかじゃない!」
「無理ない範囲で話して貰えますか?何か力になりますよ」
「あぅ…その、あの…ね」
フィラは結局マリノの言葉に乗せられて話す事にした。身振り手振りがあり、少し幼い話し方になっていたがフィラは真面目に話しているつもりだった。
「──えへへ、サクリちゃんってば気が早いよねぇ。いくらなんでもまだ十二歳だし…」
「少し、遅いくらいかもしれません」
「え?」
♧♧♧
「…そういえばマリノ君は貴族階級?ってどれなの?」
「男爵ですよ」
「男爵…ってどこだ…?一番上?真ん中?」
「一番下ですよ」
自分は、本気になり過ぎてしまったのだ。恋という魅惑の媚薬に溺れてしまった。
(彼女は階級にこだわってはいないが…サクリさんですね。気にしているのは)
きっと、フィラの結婚する相手はサクリに認めてもらわなければならない。そのため、貴族階級を上げなければならない。だが、この王国で階級を上げるには大変だ。一つだけ一気に上げる方法がある。それは、天八座になることだけだ。天八座は公爵と同等かそれ以上の扱いを受ける。
「ひぇ、もうこんな時間…ごめん帰るね!!」
フィラは慌てて荷物を詰めて扉を開けた。そして、出る前には微笑んで手を振ってくれる。それを眺めてからマリノ自身も荷物を詰め始める。
「お、今帰りか?」
「はぁ、茶化しに来たのなら帰ってください」
「え?あーフィラちゃん帰っちゃったか。茶化せねぇ…まぁ、お前の顔見るに結構真面目に追いかけるつもり?」
マリノは、荷物を詰める手を止める。そして、少し不敵な笑みを浮かべた。
「当たり前でしょう。彼女には責任を取っていただきます」
「おぉ…本気だ」
レオが引いているのも無理はない。マリノという人間は、恋愛に関して少し馬鹿にしていた節があった。そもそも両親の仲が壊滅的なのだ。そこから、察する年齢になって恋愛に興味を失せたのだろう。貴族は恋愛とやらに関しては精神年齢が十個くらい上になるのだ。
「いやぁ。サクリが大変だぞ。あれ」
「サクリさんは彼女に恋を、恋愛感情を向けている人が良いと言っているらしいですよ」
「あーつまり…」
「そういうことです」
マリノは荷物を詰め終え、教室を出る。それにレオもついて行く。お互いに家の環境が最悪なため、さっさと帰ることはしない。限界まで時間を潰している。
「どこ行くんだ」
「適当に歩いて帰ります」
「じゃ、俺も行く」
レオは、最近遊んだ女の話を振る。だが、やはりマリノは興味なさそうだ。
「ね、フィラちゃんの事、マジで言ってる?」
「えぇ。本気です」
「じゃぁ…手は出さないでおく」
「頼みますよ」




