冬・まずは調べる
「マスターさん…その、どうしてこの職にしたんですか…?」
「え?」
「その…進路で悩んでまして…」
フィラはアルバイトの休憩中にマスターに聞く。マスターは困った顔をしていたがココアを入れ、フィラの前に持ってきてくれる。
「うーん。急募があったからね。その前に私、歌手になってみたかったのよ」
「歌手…!素敵です…」
「ありがとう。でもねぇ、今はまぁ良くなった方だけど昔は結構酷い目で見られてね。大人になるにつれ応援してくれてた友達ももう辞めなよって言われたなぁ」
「……うぅ」
「ま、それで挫折してたら急募見つけて即応募!そしたら受かっちゃったのよ」
マスターはなんの変哲も無く言う。昨日は雨だけど今日は晴れだね、というテンションと同じだ。過去に後悔はしてないし、今も後悔していない声だ。
「にしても、フィラちゃんうちの店辞めるつもり?」
「へ!?あ、分からないくて…」
「うーん。辞めても来てちょうだいね。きっとその時は結婚してるだろうから売上金のご協力をー」
マスターはニコニコしながらフィラにフィナンシェを差し出してすぐにお店に戻った。大人は大変だ。
♧♧♧
「…テイルは何かやってみたい職業とかある?」
「俺?騎士団入りたい」
「お、レオくんと一緒だ…じゃあもしかしたら後輩くんになるのか」
「誰?レオって。男?ねーちゃんの恋人?殴るよ?」
「落ち着いて…」
テイルに話を聞くだけで大変だ。ちなみに、フィラは恋人がいることをテイルにも家族にも言っていない。フィラは貴族のところに嫁ぐと言っているのだ。恋人がいると言ったら別れた時に大変な事になる。主に向こうが。
「なんで騎士団…?」
「魔術だけじゃないじゃん。騎士団の魔術団じゃなければ平民でも入れるし、基本的に実力で評価されるから。貴族だけじゃないって世に見せしめでやりたい」
「おっきい夢だねぇ」
フィラはテイルを眺める。最近勉強を頑張っていたのはそういう理由かとも納得する。騎士団はそれなりに頭が良くなければならない。そして、体力も大事だ。過酷だが、やりがいはきっとあるのだろう。
「ねーちゃんは?どうすんの」
「……さぁ」
フィラはぬいぐるみにかかっている埃を払う。
平民には優しくなっている王国だが、平民女性にはまだ厳しい国だ。同じ平民でも男性なら騎士団に入る事や起業を起こすこともできる。だが、女性は露店で頑張るか、少し大人な店でどうにか生計を立てるか、大人しく家にいるかの選択肢になる。マスターやシルクのように平民を店員として雇う店は少ない。
平民の女性を喜んで起用するのは魔術団だろう。仮に働けたとしても起用されるのは表の方では無い。裏で男性へ奉公だ。それも、大胆で一体女性を何だと思ってしまうほどの奉公だ。平民の女性が公共のそれも有名どころに入るとはこういうことだ。結局選択肢と言うものは大してない。
「ねーちゃんさ。隠し事あるでしょ」
「……どうだろね?」
「なんか最近意地悪じゃね?」
「どうかなぁ」
♧♧♧
「お母さーん。どうして露店で働いてるの?」
「突然ね」
フィラはテイルも父も寝静まった夜に母に話しかける。父が起きていると母にベッタリなのだ。それに、テイルもフィラについて来たり、母に近づいていることもある。そのため、中々二人で話す機会はないのだ。
「生きるために働いてるわよ」
「露店で働くって決めた当初だよ。なんかさ、ほら…歌手とか」
「歌手?あれは本当に数人しかなれない仕事よ。そもそも、あの人達ってほぼ作曲家でもあるからね。なるには難しいわよ」
「へぇ」
フィラは水を飲みながら母の話を聞く。いつもは聞けない話だ。
「家の仕事…まぁ糸作ってた家なんだけど、継ごうかなぁとか思ってたらお父さんと結婚したのよ。そして、お父さんの仕事手伝ったけど腰を悪くしてね。だったら作った野菜とか売ろうと決めたわけよ」
「へぇ……」
フィラは父の寝ている寝室の方を見る。相変わらずの寝相だ。少し信じられないくらい。よく、母は父と共に寝られているなと思う。
「フィラは何になるの?」
「えっと……わかんない」
「最近はそうね…近所の子は役所の受付嬢になるって言ってたわね」
「……架空だね」
役所とは王宮役所を言っているのだろう。あそこ八割男性貴族、一割半男性平民、一割未満女性貴族の場所だ。平民の女性が働ける場所ではない。
子供の夢は大体崩れる。フィラは特に決めていなかったから良いが崩れた瞬間、人は何を思うのかフィラには分からない。
「ま、フィラがどんな道に進んでも応援するわ。結婚相手、そろそろ紹介してね?」
「……ま、まぁ期待してて」
「いつ来るかしら…テイルのライバル」
「わたしの旦那さんじゃなくて…?」
♧♧♧
「誰の進路も参考にならないんだけど…」
「難しいものですから」
フィラは進路指導を三日ほどやっているが進められる職業はやはりどれもピンと来ない。魔術師なら魔力のあるもの問わずなれるので一番手っ取り早いが、フィラには合わないと思っている。
フィラは完全に他人事として聞いているマリノに威嚇しておく。今も勉強を教えてくれているが、それはそれ、これはこれだ。
「むぅ…ホントに何になるつもりなの?」
「…成功すれば分かりますよ」
「えぇ……意味わかんない」
フィラはついに機嫌が悪くなりクッキーを食べだした。




