春・五分で決まったアルバイト
「マスターたっだいまー」
「遅い!何分すぎたと思ってんの!」
「えぇいいじゃーん。あ、見て、可愛い子連れてきた」
不良っぽいお姉さんはきっちりとしているお姉さんの前にフィラをつきだした。
「……あ、こんにちは…えっと、連れてこられました」
「こんにちは。で、シルク。この子は?」
「新しいバイトちゃん」
「はぁぁぁぁ!?面接無しで通せって?」
「いいじゃーん別にさ」
シルクと呼ばれた不良っぽいお姉さんはマスターと呼ばれるお姉さんに叱られている。だが、シルクは全く動じていない。
「人手足りないんでしょ?いい機会じゃーん」
「それはそうよ……でもねぇ!」
「じゃあ、いいじゃんか。この子の働く理由なんだと思う?」
シルクはフィラの方をむく。ニマっと怪しい笑みを浮かべている。ひぇ、と言わなかったフィラは偉いと言われるほどの悪い顔だ。
「どうせ、オーナーに入れ込むためでしょ」
「真っ当に生活するためだってよ」
「……は?」
「しかもー。アタシさここの店員やってるって言ってないのよ」
「え、本気でただ生きるために来た訳?」
「そーそー、ね?」
シルクはフィラの方に話題を振る。マスターもフィラを見定めているようだ。フィラは制服のホコリを払ってピンッと立つ。
「真っ当に生活するために、働きたいですっ!!」
その回答にシルクは満足そうだが、マスターは怪しんだ顔をしている。
「貴方、本当に出来るわけ?貴族が働くのはダメじゃないけど私らは平民。貴方の駒になるつもりはないわよ」
「あ……その、制服はお貴族様の学園ですけど、わたし、平民です。農家の父と露店で働く母がいます。あ、弟もいます」
「あら、そうなの。じゃあいいわ。採用」
「……え?」
「明日から入ってもらうから。学園終わるの五時くらいでしょ。その辺に来て」
「え、あの……」
「じゃ、明日からよろしくね」
マスターはフィラを店の前に追い出し扉を閉める。チリンとなった鈴が憎たらしい。
「……ひっど!!」
フィラはプンスカ怒って帰宅する事にした。
♧♧♧
「は!?フィラがアルバイト!?」
「うん。そう。なんか、いい感じのお店で働けそうだよ」
「ダメだダメだ!!!フィラは可愛いからな。どうするんだ男に口説かれでもしたら……父さんが殴りに行くか……」
「何言ってんの……」
夕食の時にアルバイトをする事になると言ったフィラ。家族の反応は二手に別れた。父と弟は反対。母は賛成だった。
父の反対する理由は簡単。親バカだからだ。
弟の反対する理由も簡単。シスコンだからだ。
「は?ねーちゃんがバイトとか信じらんない。これから毎日見に行くから」
「来なくていいですっ!」
「いや、変な男がねーちゃんに寄ってくるとか許せない。ボッコボコにするから」
テイルがこんな性格になったのは父のせいだとフィラは思っている。
「いいじゃない。丁度野菜ダメになっちゃったし。社会勉強よ。それに……どうせフィラはどこかにお嫁さんに行くんだからウジウジしてる男共は無視しなさい」
「母さんそういう問題じゃないだろ!」
「そーだ!!フィラに恋人なんて出来たら俺はどう生きていけば……」
父は半泣きになりお酒を煽る。今月はもうお酒は飲めない事が確定した。テイルは母の言葉に嚙みついた。
「ごちそうさまー」
「あ、ねーちゃんどこ行くの!」
「部屋ー」
フィラは机から離れて自室の扉を開けた。
フィラの部屋はテイルと共有している。両親は子供一人一人に部屋を与えたかったみたいだがそんな余裕は無かったらしい。
左側にテイルの私物が転がっている。
右側はフィラの私物だ。
フィラはバタリと、ベッドに倒れる。
「明日……化学のテストだ。すいへー、りーべ……忘れちゃった」
フィラはベッドの上にいるぬいぐるみを持ち上げる。母が作ってくれたものだ。幼い頃、ぬいぐるみが欲しくて駄々を捏ねたらしい。今ならわかるが、綿製のぬいぐるみは馬鹿にならない値段だ。それを強請るなんて、随分と高い女だなぁ、と今は認識している。
「ぬいぐるみさん、明日テストだよぉ…。ヤダなぁ順位張り出されるし」
学園ではどんなテスト、模試でも順位がご丁寧に張り出される。これまで六回張り出されているのだ。どれもフィラは補習必須の順位にいた。
「…うぅ、八十位以上って難しいよ」
中等部の一学年の生徒数は百人。高等部になると百五十人になるらしい。そして、補習を受ける順位は八十位未満だ。
これまでフィラは全ての補習に参加している。
「この間ね、補習行ったら平民だ!って言われた。平民だから頭悪いって言われたの。酷いよねぇ……。補習受けてる人皆悪いのにね」
ぬいぐるみは、何も言わない。ただフィラを眺めているだけだ。
フィラはぬいぐるみから視線を外しテイルの私物が転がっているのを見る。初等学校の鞄は床に置きっぱなし。ペンもボールも転がったままだ。
「……片付けてよ」
文句を言いながらフィラは鞄をベッドにあげ、ボールは机の上に置く。汚れているものはベッドには置きたくないのだ。
「ねー、ぬいぐるみさん。わたしね、明日からアルバイトなんだ」
荷物を置いたフィラはぬいぐるみの方を見る。
「頑張るね!」
フィラの笑顔は眩しいものだった。




