冬・完敗
(はぇ…じゃあ、ウチのオーナーさんってマリノくんだったんだ)
フィラははぇーと身体をブンブン回しながら思う。
そうなると自分は随分とすごい人に勉強を教えて貰っていたことになる。
「は…?お前平民だろ?有名商会の名前を出されたところで…」
「来月、楽しみにしてますね」
「は!?」
男は動揺で手の力を緩めたようだ。フィラは緩められた途端、捕まっていたものが無くなり腰から雪に尻もちをついた。雪がクッションになってくれたため、大事には至らなかったことが救いだ。
「さて、行きましょう」
マリノはフィラに手を差し出す。フィラは困惑しつつも手を伸ばした。そのままマリノは男の横を通り過ぎ、ステージの方に向かう。あちらの方が明るく、灯りがあるからだ。
「…あぅ…その、マリノくんありがと」
「いいえ、こんな時間に出歩いている貴女も中々悪い方ですね」
「うぐっ…こ、これはアルバイトのせいだから…そう、悪くないから…」
フィラはむむっと真剣に考える。
「…まって、自分の事棚に上げてない?マリノくんだって、お外出てるじゃん。それも、メイドさん?無しで一人!!良くないじゃん!」
「おや、気づかれてしまいましたか」
「ダメでしょ!!お貴族様がこんな所に来て!夜遊び!?」
「してませんから」
マリノはステージが見える所で立ち止まる。フィラは後ろからついて行っていたのでうぐっと背中にぶつかる。
「…?何してるの?」
「…少々視察に」
「視察?」
フィラはちょこんと視線をステージに向ける。今も舞をしている最中だ。寒そうにしか見えないが、どこか神秘的で美しい。
「…やっぱり綺麗」
「そうですね」
二人は天八座の舞を眺める。
この王国に舞などは存在していなかった。それを作り上げたのが神だと言われている。大体この王国の不思議な事は神のおかげだと結び付けられている。
不思議なものだ。
「ね、マリノくんってアルバイト先のオーナーさんだったんだね」
「アルバイト?」
「そっ。マスターが言ってた。えっと…マリノくんのお家の令息?がやってるって」
「あの方ですか。器量が良い方ですね」
「でしょ!マスターすごいでしょ!」
フィラはキラキラとした目をマリノに向ける。自分事のように喜んでいるフィラはぴょんぴょん飛び跳ねている。
「転びますよ」
「ふふ、受け止めて」
「何故ですか…」
だんだんサクリさんに似てきたな、と独り言のように呟いているのを聞かないふりをしてフィラは飛び跳ねている。
ぴょこぴょこしているフィラはどこか幼い。
多分、フィラは深夜テンションなのだろう。夜中に外に出ることがなく、そして友人にも基本合わない。だが今日は違う。雪の日に友人と出会ったのだ。それが嬉しくてたまらないように見える。
「ね、ねぇねぇ」
「はい」
「大人になったらお家の継ぐの?」
「……多分」
「すごいなぁ…」
フィラは心の底から尊敬しているようだ。
フィラには継ぐものが無いに等しい。強いて言うなら父の農地だが、これはテイルが継ぐ予定らしい。フィラは自由に働いて好きな人の元に嫁いでと言われていた。
「…さて、帰りますか」
「お貴族様一人で帰れるの?」
「舐めてますか?」
フィラはその質問にブンブン首を振る。ただ本気で疑問を抱いただけなのだ。
「…はぁ。とりあえず、貴女はどこに住んでいますか」
「ふぇ?」
「送りますよ」
「え、いいよ大丈夫。一人で帰れるよ」
「一人でいた所に声が掛けられたのでしょう?」
「…うぐっ」
フィラは本当の事を言われて胸を抑える。グサッと見えない何かが刺さった気がしたのだ。
マリノはそれを見て呆れているのだろう。だが、一人でさっさと帰らない。本当にフィラを送ってから帰るつもりなのだろう。
「…遠いよ」
「構いません」
「すっっごい遠いよ」
「女の子が来られる距離でしょう?」
ドキッとする。自分が必死に重ねれば重ねるほど外壁を埋められている気がする。むしろ、もう既にマリノは送る気しか無さそうだ。
「…で、でもっ。お貴族様って夜中に出歩いちゃダメでしょ!」
「うちは放任主義ですよ」
「…い、いくら男の子だからって一人になるのは…」
「簡単な護身術ならできますよ」
「……お、お父さんとか心配するんじゃない?」
「仲が悪いので大丈夫ですよ」
「……完敗です…」
「初めからそうしてれば良かったのですよ」
マリノはそういうとひょいとフィラの持っていた鞄を取り上げる。返して!とフィラが取ろうとするも取らせてくれない。身長差は元々小さかったが、ここ二年と少しで大分開いてしまった。ぴょこぴょこしてもフィラの鞄は取れない。
「さて、東西南北どちらですか」
「…南」
「分かりました。案内はお願いします」
「…ふぇい」
フィラは不貞腐れた表情をしてマリノの前を進み始めた。




