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第9話 宿の賑わい


夜の山は暗い。


だから人は、

灯りのある場所へ集まる。


山神の宿もそうだった。


戸を開ける前から

食器の触れ合う音と、

人の声が聞こえてくる。


「だから、

 今年は魚が肥えてるんだって!」


「山の機嫌がいいだけだろ」


長テーブルでは、おばちゃん達がベリーを選り分けながら言いあっている。


ミリアは思わず笑った。


今日も宿は賑やかだ。


少し前まで、この時間はもっと静かだった気がする。


「おや、ミリア」

「おかえり」


「いらっしゃい。はい、これ」


ミリアは抱えていた大籠を

長テーブルの上にドサッと置いた。


「追加のベリー。

 ココ達頑張ったみたい」


悪戯っぽい笑顔を

おばちゃん達に向ける。


「指がふやけちまうよ!」


「あんた、

 そこはオルガに似なくていいんだよ」


厨房前のカウンターでは、オルガが若い男にエールを渡していた。


「はいよ、お待ちどう」


皿には焦げ目のついたソーセージが

湯気を立ててる。


「これこれ、堪んねえな」


右手にエール、

左手にソーセージ。


満面の笑みでガルドが

食堂の隅に向く。


「ガルド!あんたも手伝いな」


おばちゃん達が

長テーブルを指で叩く。


嫌そうな顔をガルドは浮かべ、

エールをひと啜りする。


それから、

しぶしぶと長テーブルに向かった。


「ガルドさん、ありがと」


一声かけ笑顔を向けると、

ミリアは厨房へ消えていった。


ガルドは肩をがっくりと落とし、

席についた。


「そりゃ卑怯だぜ……」


ソーセージを咥えながら、

ベリーに手を伸ばす。


「行儀悪いねえ」


「せめて、

 熱いうちに食わせてくれよ!」


ソーセージが小気味の良い音を立て、肉汁が飛ぶ。


ガルドは満足げに頷いた。


「そういや、塩坑の近くで

 清水湧いたんだって?」


「そうそう、

 大猪退治にあやかって

 牙折の清水、って呼んでたよ」


「俺、猪投げたとこ

 見れなかったんだよ…」


「おやまぁ、ついて無いないねえ」


おばちゃん達の会話は目まぐるしい。


「おいおい、賑やかだな」


ダンが岩ノ山にも劣らぬ体格の男と、これまた大柄な娘を連れて食堂に入ってきた。


旅商人らしい親子だった。


「なんだガルド、残業か?」


「そんなところッス……」


ダンは口元を緩め、

ガルドの肩をばんっと叩いた。


空いた皿を下げていたココが、

ダンに気が付いた。


「いらっしゃーい」


「よう、ココ。

 席借りるぜ」


ココに案内され、

ダン達は奥の席に向かう。


その様子を目で追っていたガルドが、

大柄な娘を呼び止めた。


「おい、そこのデカ女。

 こっち手伝え」


「ありゃ、

 小さくて見えなかったよ」


おばちゃん達も手招きする。


「べス、

 親父さんと塩の仕入れかい?」


「おばちゃん、こんばんは。

 うん、街から色々もってきたよ」


「明日、宿前に店を出すから

 見に来てよ」


そういうとベスは、

ガルドの隣に腰を下ろす。


「おい。狭ぇよ」


「籠に手が届かないだろ。

 我慢しな」


日焼けしたベスの腕が、

ガルドの顔の前を行き来する。


ガルドはそれを上手くかわし、

手早くベリーをとる。


「ぷっ、あんたら息あってるね」


おばちゃん達が

その様子を見て噴き出した。


「ベス、明日はなに並ぶんだい?」


「トーテムは結構持ってきたよ。

 火打ち、灯、氷」


「針と糸は余ったら、

 エッダお婆ちゃんとこに

 置いていくよ」


「助かるねえ」


「金物と釘はこっちに回してくれ」


いつの間にか宿に来たグレンは、

煮込みとパンを持って隅に座る。


「グレン、

 うちの戸口直しとくれよ」


「明後日いく」


「うちのも直してくれよ」


「主語をいえ」


その後もしばらくは

修理の注文は続いた。


食事を終えたグレンは、

ぐるりと食堂を見回した。


ミリアが根草コーヒーを

グレンの前に置く。


「岩ノ山さんは夜回りよ」


「そうか」


グレンは視線を外し、

眩しそうに目を細めた。


ミリアはおばちゃん達にも

コーヒーを置いていった。


「はい。ダンさんも」


ダンは頷いてカップを受け取り、

商人に向き直る。


商人は帳簿をめくる。


「この村に来る物好きも

 俺だけだなあ…。」


ダンは言葉を飲んだ。


「それより塩だ」


商人は帳簿から目を上げた。


「取れる量は増えたが、

 運びきれるか?」


ダンがグレンの方へ、

ちらりと目線を送る。


続けて窓から中庭の薪割台を見た。


「まあ、見とけ。

 ちゃんと儲けさせてやる」


ダンは笑って見せた。


商人も口の端を上げる。


「なら決まりだな」


ダンと商人は握手を交わした。


「ミリア、蜂蜜酒二つ」


ミリアはダンの弾んだ声を聞くと、

エプロンを翻し厨房へ向かった。


「くー、俺も飲みてぇ」


ガルドがごちる。


「ただいまー!」


煤だらけのリクが帰ってきた。


「おかえり。

 今日は魚持ってきてるよ」


「やりぃ!

 ありがと、おばちゃん」


リクは舌をペロッと出して

小躍りする。


「あれ、ココはお絵描き? 」


リクが長机の端のココを覗き込む。


書き損じの宿帳の裏に、

鮮やかな絵を描いていた。


「商人のおじちゃんにね、

 色付き蝋筆もらったの」


一目でわかる大きな顔の絵に、

リクは思わず吹き出した。


「あー、これ岩ノ山さんでしょ」


「うん、ヤマさん! 」


「ヤマさん?」


「名前長いもん。

 だからヤマさん!」


そっかぁ、とリクは小さく頷く。


絵の中には、テーブルの周りに沢山の人が描かれている。


「楽しい絵だね」


「うん!」


蝋筆の柔らかな香りがした。


「ご飯食べてくる、またあとで」


厨房に向かおうとしたリクを、

グレンが呼び止める。


「明後日、空けとけ。

 戸口直すぞ」


「わかった。

 ありがとグレンさん」


リクはバタバタと

厨房に消えていった。


グレンはその背を見送ると、

煙草をくわえ立ち上がる。


長机に目を止めると、

籠のベリーは大分少なくなっていた。


グレンはガルドの肩をポンっと叩くと、

宿を出た。


外は心地よい夜風が吹いていた。


グレンは遠ざかる喧噪を背に、

煙草に火をつける。


ゆっくりと吸い、

ゆっくりと吐いた。


夜回りから戻る岩ノ山とすれ違う。


「よう、ヤマ」


「おう」


煙草の火を灯らせて、

グレンは帰って行った。


岩ノ山は少し首を傾げたが、

早々に歩き出す。


コロロロ・・・。


虫の声が残った。


夜の闇に暖かな明かりが見える。


岩ノ山は喧騒の中へと帰って行く。


「できた……!」


ココは絵日記を掲げて、

目を輝かせる。


『きょうも

 やまがみ たのしかったけど』


第一部 山神村編

第10話 に続く

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