↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/37

第8話 補修屋


「いってらっしゃーい」


岩ノ山はココに見送られ

山の塩坑へと向かう。


足元の石畳はまだ

朝露の残りで湿っている。


「よう、岩ノ山。

 おはようさん」


山神の宿を出て間もなく

ダンに声をかけられた。


「塩坑の修理は前倒し気味だ。

 今日は別の方に身体貸してくれ」


「どこだ?」


「補修屋のグレンとこだ。

 昨日もモッコ直してた

 エルフが居ただろ」


「ああ」


「名前くらい覚えてやれよ」


熊のくせに鶏かよ、と苦笑した。


「偏屈だから気を付けろ」

 

ダンは肩をすくめた。


「いや。

 お前、意外にウマが合うかもな」


風に削りたての木の香りと、

機械油の匂いが混ざる。


軒先にはロープの束と、いくつものカンテラ吊るされている。


壁には大小様々な車輪が立てかけられていた。


「グレン、邪魔するぜ」


「邪魔は間に合ってる」


「そう言うな。

 歩くモッコ連れていた。

 使ってくれ」


灰金色の長髪を無造作に束ねたエルフが顔を上げた。


顔には深い皺が刻まれている。


グレンは咥えた香草たばこを灰皿に置く。


眩しそうに目を細めて

岩ノ山を見る。


「モッコだな」


「だろ?」


岩ノ山は息を吸い、腕をまくる。


「何からやる」


「話が早えーな」


グレンは頷いて手袋をはめ直した。


それを見てダンは自分の職場に帰っていった。


日差しが石畳を焼き始めていた。


「その荷車、

 車軸がイカれちまってる。

 上げてくれ」


岩ノ山は大きな荷車の端に手をかけた。


両脚に力を込めると、荷車が自重で軋む音を立てて持ち上がった。


「落とすな」


グレンは木製ジャッキを差し込む。


ガッガッ!


玄翁で楔を打ち込み、

ジャッキの据わりを確かめる。


「支えてろよ」


金槌を握り荷車の下に滑り込んだ。


カン…。カンカン…。


車軸を叩き、

エルフの尖った耳を澄ませる。


カツン。


素早く換えの金具で止め直す。


違和感のあったものを外す。


車輪に油をさす。


カン…。カン…。


音を聞き終えると

荷車の下から転がり出た。


「いいぞ」


岩ノ山はなるべくゆっくりと

荷車を降ろす。


キシっと車軸が鳴り、

車輪が滑らかに転がった。


慌てて岩ノ山が荷車を制する。


「良くなった」


「こいつは素直だ」


岩ノ山は耳を傾ける。


「良い道具ってのは、

 壊れないんじゃねえ」


「直せるように作ってあるもんだ」


岩ノ山は唸った。


「いいものは直せるんだな?」


岩ノ山の言葉に

グレンがふと顔を背ける。


新しい鎹を手に取った。


「直す奴がいりゃな 」


「他にもある。手を貸せ」


底の抜けた小舟を塞ぎ、

もげた取手を継いで、

曲がった金梃を伸ばした。


気付けば日は高くなっていた。


汗が滲む。

手は止めない。


二人は次々に直していった。


「ここまでやれたか。なら……」


グレンは工房の裏へ歩く。


雑草が生え放題の裏庭。


廃材小屋。


柄の無いヒビの入った木槌。

刃が一本折れた鋤。


修理を待ったままの道具が転がっている。


「やっと手を付けられる」


その中に、

大きな木製滑車があった。


「うちの工房の動滑車だ」


「何に使う」


「荷を上げられる」


グレンが岩ノ山を横目で見た。


「お前がいなくてもな」


グレンは傾いた支柱を蹴飛ばす。


「が、こいつを引っこ抜けるのは

 お前だな」


岩ノ山が支柱を抱え、

グレンが周りの土を掘る。


じきに腐りかけた支柱が抜けた。


「まったく。

 土に柱をそのまま打つかよ」


グレンは礎石を岩ノ山に運ばせ、

その上に新たな柱を立てる。


「次は梁だ」


岩ノ山は梁を支え、グレンは下げ振りを手に細かく指示を出す。


梁に動滑車を下げると、

重たい荷車を据える。


グレンが縄を引くと、

動滑車が滑らかに揃って回る。


荷車が土から離れた。


「わるくない」


岩ノ山は動滑車と縄を見比べた。


「いい仕掛けだ」


「また仕事がふえるぜ」


グレンは眩しそうに目を細めた。



「なんだ。弁当無いのか」


昼には宿に戻るつもりだった岩ノ山は手ぶらだった。


「まってろ」


奥に下がったグレンが皿を両手に持ってくると、一つを岩ノ山の前に置く。


「うまいぞ」


薄切りの黒パンのサンドウィッチ。


瑞々しい夏野菜が覗いている。

耳まで切ってある。


珍しいことにフォークが着いている。


「汚れた手で食うからな」


グレンがフォークでサンドウィッチを差し、口に運ぶ。


「いただきます」


岩ノ山もフォークで口に運ぶ。


爽やかな柑橘の風味に

少し胡椒が効いたドレッシング。

チーズにトマト。レタス。


「うまいな」


グレンはまた眩しそうな顔をした。


「根草コーヒーはこいつに限る」


そう言ってプレス容器から、

大きめのカップに注ぐ。


濃い香気に、岩ノ山の鼻が痺れた

「良い匂いだな」


 グレンも香りを吸い込んだ。


「こいつが好きなやつは

 久しぶりだ」


一口すすり、

香草タバコを咥える。


胸ポケットから出した

火のトーテムで炙る。


チュゥと音を立て煙を吸い、

ゆっくり吐いた。


岩ノ山は珍しそうに

その仕草を眺めていた。


グレンが眉を寄せる。

「野郎に見つめられてもな」


「俺は吸わんのでな」


タバコの先が灯る。


「オルガもやるだろ」


「あいつはキセルだ」


「吸う奴が減るばかりだ」


フゥー、

と鼻から煙を出す。


「ガラクタもだいぶ直った。

 村の連中も捗るだろうよ」


「そうだといいな」


グレンが岩ノ山を見て、

渋い顔で目を細める。


「そう言えば…」


グレンはタバコを灰皿に置く。


「名前、聞いてなかったな」


「そうだったな」


削った木、油、コーヒー、たばこ。


複雑な香りが工房に漂っていた。



第一部 山神村編

第8話 に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。