第10話 山は人を選ばず
◇
あぜ道を焼く日差しを避け、
木陰に腰を下ろす。
「昼にしようかね」
岩ノ山はタオルで顔をしごく。
野良着のおばちゃん達も
手拭いを首に当てた。
「 ありゃ!弁当大きいなぁ」
「ほれ、漬物」
「いただく」
岩ノ山はキャベツの漬物を
ポリポリとつまむ。
塩気が沁みた。
「こっちの鱒も食え食え」
「ごっちゃんです」
いつの間にか弁当が豪勢になった。
そよぐ風に汗が引いていく。
「ヤマさん、村は気に入ったかね」
岩ノ山の弁当を
つまむ手が止まった。
「……」
「岩ノ山ー、あそぼ!」
「熊登りする!」
食事に飽きた子供達が
岩ノ山にじゃれつく。
「ヤール婆さま帰ってきたね」
「えぇ、
夕方に宿で寄り合いだねぇ」
岩ノ山はおばちゃん達をチラリと見たが、すぐ子供達に顔を向けた。
「すげー!高ぇ!」
手のひらに子供が乗っている。
直立した岩ノ山が上に掲げる。
「危ねぇ!」
「こら!ヤマさん!」
岩ノ山は思わず肩を落とす。
「すまん」
◇
日が傾きかける頃。
山神の宿ではオルガ達が
椅子を並べ直している。
「リク、あと4脚持ってきて」
「あ、それ私やる。水汲みお願い」
長机の周りに
椅子が集められていく。
「これ、ヤマの席」
ココは下座に
椅子を三つ繋げて並べる。
そうしていると次第に村人達が集まり、てんでんに席を埋めていった。
帰宅した岩ノ山も
三連結の椅子を見て苦笑している。
「邪魔するよ」
ダンは暖炉近くの上座の隣に座る。
「ダン、塩の荷運びはどうだい?」
「みんな揃ったら話すよ」
「今年は栗も多そうだねえ」
「山送りが楽しみ」
話すもの。
湯を啜るもの。
席が埋まるのを皆が眺めていた。
ミリアが皆に、
二杯目の湯を注ぎ回る。
コツ、コツ……。
玄関から杖をつく音が聞こえた。
「ヤール婆さま」
ダンが席から立ち、玄関に向かう。
「待たせたねえ」
「婆さま、おかえり」
「おや、ココ。
ワシより大きくなったかね?」
「この前も言ってたー」
「そうじゃったかの?」
ヤール婆さまは杖を鳴らしながら
上座へ向かう。
皆の視線が婆さまの後を追った。
「どっこいしょ」
婆さまが席につく。
皆の息を吸う音が
聴こえるようだった。
ダンが席を見回して言い始める。
「皆の衆、ご苦労さん。
塩坑の復旧は片付いた。
買い手もついたよ」
宿に小さな歓声が上がる。
安堵の息が漏れた。
岩ノ山は横目にグレンを見る。
グレンは眩しそうに
目を細めるだけだった。
ダンは、そのグレンと岩ノ山を
交互に見る。
「塩の荷運びに着いてだが。
グレン、岩ノ山。
後で話がある。」
グレンが眉間に皺を寄せる。
岩ノ山はきょとんとしている。
二人を見てダンは少し笑った。
「今年は豊漁、
畑も山も期待できる」
宿の空気が少し緩んだ。
「忙しくなるねえ」
「ヤマさんも来て、
最近は色々と手が回せるな」
コツン、
とヤール婆さまが杖で床を鳴らす。
「今年は山の機嫌がいいね」
「ハンナ、秋は山送りもある。
豚の世話、たのむよ」
ハンナと呼ばれたおばちゃんは、
胸をトンと叩いて見せた。
「皆も冬支度進めておくれ。」
皆が頷きあう。
それを見てダンが続ける。
「あとは岩ノ山のことだが……」
下座に視線があつまる。
岩ノ山の背筋が伸びた。
それを見てダンの眉が思わず上がる。
コツン。
「あらましはダンから聞いとるよ」
ヤール婆さまは
じっと岩ノ山を見る。
「岩ノ山。
お前さん、
この山神村が好きかね?」
宿の音が消えた。
「俺は」
岩ノ山は集まった人たちを見回す。
「この村の人達に、
恩を返していきたい 」
岩ノ山の一言に、
宿が明るくなった気がした。
ヤール婆さまが微笑む。
「特別なんも変わらん。
これからもオルガのとこで
世話になればええ」
婆さまがオルガを見る。
オルガが湯を注ぎながらいう。
「3人前働いてくりゃ、異議ないよ」
村人たちが顔を見合わせ笑う。
「あたしらも異議なしさ」
「俺も異議なし」
次々に異議なしの声が上がる。
「異議なし!」
「ぎいなーし!」
ココの声に笑いがこぼれる。
グレンは黙って目を細めていた。
コツン。
「満場一致だね」
岩ノ山は髷を撫でる。
そして、大きく頭を下げた。
ワッと村人が沸いた。
「よろしくな、ヤマさん」
「岩ノ山、明日は根起こし
手伝ってくれよ」
「よかったのう、熊」
ラング爺さんが
岩ノ山の背をさする。
外で待っていた子供達は、大人たちの熱気に当てられ走り回った。
「さて。
少し食べて落ち着こうかね。」
オルガとミリアが、
長机に皿を並べる。
香ばしく甘い香りと、
焼けた魚の匂いが立ち上る。
「やった。
小腹がすいてたんだ。」
「はい、ヤマさんも。」
ミリアから手渡された皿には、
きつね色に挙げた芋。
それに焼いた干し魚には、
岩塩が白く噴いていた。
「いただきます」
「お芋、おいしいね」
子供が岩ノ山を見上げてほほ笑む。
「ああ。旨いな」
岩ノ山も釣られてほほ笑んだ。
「ヤマさんは山神さまみたいだな」
「だなぁ」
「ねえねえ、婆さま。
山神さまって、
ヤマさんみたいなの?」
ヤール婆さまは、
持っていた揚げ芋を皿におく。
岩ノ山をゆっくり見た。
「さてねえ。
山神さまは、
いろんな姿で来なする」
「昔に村のじい様から聞いた時は、
歌人だったそうな」
「えー。
丸太運べないじゃん」
「確かにそうじゃのう」
婆さまは笑いながら続ける。
「その山神さまの歌は、
大層不思議での。」
「ふらっと山から村に来ては歌う。
すると畑は育つ。
獣は追い払う」
「村人皆が助かったそうじゃ」
「歌ならワシも歌えるぞ!」
「あんたのヨーデルじゃ、
獣が寄ってくるわ」
違いない、と村人から笑いが出た。
「やってることは、
ヤマさんと変わらんなぁ」
ふむぅ、
とヤール婆さまは一息つく。
そして話をつづけた。
「そのうち山神さまは、
村に住み、
嫁を取り、
子を育てたそうじゃ」
あらまぁ、
とおばちゃんたちが色めき立つ。
「だってよ、オルガ!」
「ほーん。
じゃあ、ココがいっぱしの娘に
なるまで待てるかい?」
ぶふぅ!
岩ノ山が湯を吹いた。
「ヤマさん、汚ぇよ!」
「すまん」
「オルガは身持ちが固いねえ」
村人が岩ノ山を
冷やかして盛りあがる。
コツン。
「ところがの」
「山神さまは
良く山に通ったそうな」
「山で歌っては村に戻ってくる」
「じゃが。
いつも通りに山に入ったある日、
なんの沙汰もなく
姿を消したそうじゃ」
「村人は懸命に探したが
見つからんかった」
「遭難したのか。
別の場所に行ったのか」
コツン。
「元の家に帰ったともいう」
皆の食事の手が一瞬止まる。
「山に飲まれた、
と言う者もおったそうな」
岩ノ山はじっと、
ヤール婆さまを見ていた。
「いつも言うとるじゃろ。
山は人を選ばん。
油断しとると山神さまでも
痛い目に遭う」
そういうと、
婆さまは芋をつまんだ。
「ま、昔話じゃよ」
村人たちは顔を見合わせる。
すると、
ココがオルガの袖を引いた。
「お母ちゃん。眠たい……」
ヤール婆さまは思わず笑った。
「ほっほっほ。
長話じゃったねえ」
村の女たちは食器を集め、
男たちは椅子を並べ直す。
椅子がいつもの宿に戻るころ、
それぞれが家路についた。
「スゥ……」
「スゥ……」
岩ノ山は寝台にココを置くと、
カンテラをもって外へ出た。
裏手の井戸のあたりから食器の音がする。
ミリアとリクが
洗い物をしているのか。
岩ノ山はそっと山へ向かう。
山道に差し掛かったころ、
振り返り、宿の灯りを見た。
上弦の半月が夜道を照らしていた。
◇
山神の祠に岩ノ山の影があった。
諸肌になり、脚を振り上げる。
ドシン……。
朝の稽古と違う、
山を叩く四股の音が響く。
ドシン……。
背中の筋肉が、
湯気を立てそうに隆起する。
ドシン……。
祠のケルンから小石が一つ落ちた。
ドシン……。
ドシン……。
まるで山の心臓が
鼓動しているようだった。
半月が静かに照らしていた。
◇
第一部 山神村編 了
◇
第二部 交易編
第1話 へ続く




