第6話 ご褒美
◇
ミリアはエプロンを取り畳み出した。
「オルガさんとお出かけ…… 」
エプロンの端を揃える。
しばらくその手元を見ていた。
お出かけ。
昔もこんな日があった気がした。
思い出そうとして、やめた。
小さく息を吐く。
大きめの籠を手に取り、
玄関へ向かった。
オルガはまだ居なかった。
「おまたせ」
まもなくオルガが、
手提げ籠を持って玄関から出てきた。
「ずいぶん大きな籠持ってきたね」
「何あるかわからないから」
オルガが歩き出す。
どこかの軒先から
干し草の匂いが流れてくる。
ミリアは半歩後ろを着いて行った。
のれん代わりに吊るされた
古着が風に揺れる。
オルガはそれを掻き分け、
店へ入った。
「エッダ婆さん、いるかい?」
「なんだ、オルガかい」
「お婆ちゃん、こんにちは」
「おや、ミリアの探し物かね?」
「いや、男もの」
「お。ついに観念したのかい」
オルガが露骨に嫌そうにする。
「見なよ、ミリアの手足。
すっかり出ちまってるじゃないか」
「え、半袖だと思ってた」
エッダ婆さんが溜め息をつく。
「ちゃんと毎日見てやんな」
「毎日ちゃんと見てるから
気づかないの!」
オルガはミリアを横目で見る。
「せっかくだし、
あとでミリアのも探そうかね」
「私のは……」
ミリアは思わず俯いた。
けれど口元は少し緩んでいた。
「婆さん、これ差し入れね」
オルガは手提げ籠から
小さな陶器瓶を渡す。
「ベリーソース。
ヨダ爺さんとこの蜂蜜で炊いたよ」
「こりゃ高くつきそうだねえ」
「で、その殿方の身の丈と身幅は?」
「こんくらいに、これっくらい」
「ミリア、
こいつ熊と世帯持つのかい?」
ミリアは思わず吹き出す。
「一から仕立てるかい?」
「金もないし、
あたしが縫ったら三年は掛かるよ」
エッダ婆さんは
眼鏡を机の引き出しにしまう。
「少し待ってな」
店の奥に消えて行った。
「ミリア、
服が合わなきゃ言いなよ?」
「ごめんなさい」
オルガはミリアの膝に
そっと手を置く。
「あんたがツンツルテンの服じゃ、
ココもあたしも笑われちまうよ」
「うん……。
ありがと」
ミリアの指が
少しオルガの手に触れた。
……ホォルディオーー
表から呑気なヨーデルが
聞こえて来る。
「ラング爺さん帰ってきたね」
恰幅の良い老人が
鼻歌混じりでやってきた。
「ミリア、オルガ。来とったか」
「お邪魔してます」
ラング爺さんは
背負っていた野菜をドンと置いた。
「持ってけ。
年寄り二人じゃ食い切れん」
「いつもありがとう」
「助かるよ。
大飯ぐらい増えたからね」
「オルガ。
ちょっと手を貸しておくれ。
中々の荷物での」
エッダ婆さんに呼ばれ
オルガも奥に消えた。
ミリアが作業机の奥にかけられた
細身のチロル服に目を留めた。
ラング爺さんも
それを見て目を細める。
「息子のじゃ。戦での」
ミリアの視線が落ちた。
「ミリアもじゃったの……」
「オルガのとこに来て
八年くらいかの」
俯きながら頷いた。
「よう頑張っとるよ。おまえさんは」
店の奥からは木箱を閉じる音がした。
「うるさいのが帰ってきとったね」
「今日は喉の調子がいい。
可愛い娘に会うたからの」
「おや、褒めても何も出ないよ」
「お前さんじゃない、
ミリアのことじゃ」
「大年増で悪うございますぅ」
ラング爺さんが目配せして言う。
「ミリア、こうなっちゃいかんぞ」
ミリアは歯を見せて笑った。
軒下の古着がたなびいた。
エッダ婆さんが
抱えてきたものを広げる。
「敷物かい、こりゃ」
「タバード、じゃな」
鎧の上から着る物だと
ラング爺さんが言う。
「大昔の祭りでの、
賭け事で巻き上げたやつじゃ」
ラング爺さんが両拳を構えて見せた。
「ああ。拳闘かい。嫌いじゃないね」
「三人がかりじゃったがの」
オルガもミリアも拍子が抜けた。
エッダ婆さんが
窓を開け風を取り入れる。
「直すにしても採寸せにゃ。
当人は連れてこれんのか?」
「じきにこっちに降りてくるよ」
ミリアが首を傾げる。
「ココに言伝頼んどいた。
あの熊、昼抜きだし
そろそろ里に出てくるだろうさ」
「ほんと、人間なんだろうね⋯」
ミリアは野菜を籠に移していると、
のれん代わりの古着が大きく揺れた。
「ほら、出てきた」
のっそりと岩ノ山が入ってきた。
「邪魔をする」
古老二人が目を剥いて見上げる。
「熊じゃ」
「しゃべった」
岩ノ山は髷を撫でてから、
ガバっと両手を上げてみせた。
「バカやってないで採寸するよ」
「ぷっ!あはは!」
ミリアは久々に腹を抱えた。
エッダ婆さんが眼鏡を掛け直す。
「変わったもの着とるな。
ふーむ、こりゃ見事な染めじゃ」
「サンダルも変わっとるよ」
「染め抜きに雪駄という。頂き物だ」
エッダ婆さんは採寸紐を当てる。
布地を裏返す。
張ってみる。
その度に小さく頷いた。
「縫いも丈夫じゃが、
ちと野良仕事には向かんのう」
岩ノ山が頷きを返す。
「これで山に行くには勿体ないの。
丈夫で動きやすいのがいいじゃろ」
エッダ婆さんがオルガに向き直す。
「このデカ布直して当座はしのぐ」
「で、一つはちゃんと仕立てる。
どうじゃ?」
「なんであたしに聞くのさ」
「こいつ文無しじゃろ。
持っとりゃ自分だけで
店にくるわい」
岩ノ山もオルガをじっと見る。
オルガは深めのため息を漏らした。
「出世払いに乗っちまったしねぇ。
いいよ。エッダ婆さんに任せるよ」
岩ノ山が
オルガとエッダ婆さんに頭を下げた。
「良かったのう、熊」
ラング爺さんが
岩ノ山の背中をさする。
「……。
岩ノ山です」
◇
「お邪魔しました」
ミリアの挨拶に合わせ
岩ノ山も頭を下げる。
「干したベリー、美味かった」
「昼抜いたからって
ミリアの分も食べるかね……」
「……、美味かった」
手には野菜が山盛りの大籠と、
畳まれた野良着を持っていた。
ラング爺さんのお陰で
すっかり茶腹だった。
「私まで買ってもらっちゃった……」
「日頃のご褒美さ。
あたしも楽しかったし」
ミリアは畳まれた服を
キュッと抱いた。
「早く帰って晩の支度するかね」
「手伝うよ。お……」
慌てて口をつぐんだ。
「どうしたの?」
「オルガさん。
なんでも無いよ」
並んで歩く二人の影が
岩ノ山の足元まで伸びる。
誰も何も言わず、家路を歩いた。
◇
第一部 山神村編
第7話 に続く




