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第5話 食卓。キセルの煙


「祠見に行ったやつが、

 猪ぶん投げて帰ってきたって?


 ったく……」


宿の厨房で女将のオルガが

大げさにため息をつく。


切り分けたパンに

山味噌を雑に塗っている。


「借りが出来たんだ。丁重にな」


ダンはそれだけ言い残し、

帰っていった。


山味噌の塗り方が、

ますます雑になった。


食堂では居候の少年リクが、

宿の娘ミリアとココの義姉妹に熱弁をふるっている。


「山犬がドーン!って!」


「どーん!」


子供たちの声を聞きながら、岩ノ山は小さな木彫りを手に取っていた。


チェスの駒に、

さげ紐が付いたようなものだった。


「……」


木彫りに対して、

光れ、と念じる。


ぽぅ、と淡く光った。


岩ノ山は思わず顎を引いた。


「灯のトーテム、か。

 便利なもんだ」


「岩ノ山さんの国にはないの?」


「ない」


ミリアが眉を上げた。


「他にもいろんなのがあるの。

 生活の支えよ」


岩ノ山の腕の間から、

ココがひょこっ、と顔を出した。


「ねぇねぇ、

 なんでそんなに強ぉいの?」


リクもキラキラした目で

こっちを見ている。


「稽古して、

 ちゃんこ食って、

 寝てた」


「ちゃんこ?

 魔法の木の実?」


「いや、

 うまいメシのことだ」


「じゃあ、

 母ちゃんのご飯も

 ちゃんこだね!」


リクがさらに身を乗り出した。


「特訓とかは!?」


ココが畳み掛ける。


「寝てたからクマみたいなの?」


二人の勢いに負けた岩ノ山は、

空のティーカップをもって厨房へ向かった。


「二人ともほどほどにしないと。

 クマさん逃げちゃったじゃない」


ミリアの声がした。


どうやら自分は熊らしい。


岩ノ山は肩の力がすっかり抜けた。


厨房の扉をくぐると、

懐かしい香りがした。


「⋯⋯味噌」


「あんたの国にも?」


「汁物が多かった。

 今日は焼くんだな」


岩ノ山はカップをテーブルに置き、

ゆっくりと鍋をまぜる。


「苦手かい?」


「好みだ」


「ふーん」と言いながら、オルガが優しくオーブンの蓋を閉じた。


「そこの干し肉も入れとくれ」


岩ノ山は、まな板から滑らすように鍋に入れる。


「火加減は難しいな」


「⋯⋯、そこはもういいよ。

 ミリア呼んできて」



「いただきます」


「へぇ……、いただきます」


手を合わせる岩ノ山たちを、

リクも真似た。


リクと岩ノ山は

スープから手を付ける。


塩気が体に染みた。

干し肉もよく戻っている。


「このパンの山味噌、いい香り。

 山椒いれた?」


ミリアが鼻をひくつかせる。


「まぁ、去年の残りだよ」


山味噌と小麦の香ばしさ、

それに山椒の爽やかな風味。


「デザートもあるの。これ」


ココが岩ノ山に

小さなカップを手渡す。


「おねえちゃんと作ったんだよ」


岩ノ山は包むように受け取る。


器のひんやりとした感覚が、

手に伝わった。


スプーンで口に運ぶ。


やさしい甘みだった。


「ベリー……」


「うん、甘いほうがいいかなって」


ミリアがモジモジと目線を下げた。


「……。

 川で助けてもらった時のベリーなんだ」


岩ノ山は小さく頷き、

二口目を運ぶ。


「おいし?おいし?」


ココがぴょこぴょこしている。


「こら!食事中に跳ねないの!」


「おかわり」


岩ノ山が空の器をココに差し出す。


ココとミリアは嬉しそうに、

厨房へと駆けていった。



「スゥ……」


外壁にもたれ、

オルガはキセルを燻らせる。


子供たちの寝息と

虫の声が疲れを和らげる。


洗った皿を抱え

岩ノ山が戻ってきた。


「疲れてるな」


「おかげさんでね」


フゥ、と煙を吐いた。


「どうすんのさ」


「……。

 街があるなら出ようと思う」


スゥ……


「仕事かい?」


「ああ。

 人一倍食うからな」


「二倍だろ」


「なおさらだな」


フゥ……


「人が少ないな」


「戦でね。

 だいぶ減っちまった」


「街道も草が生え放題さ」


「宿もか」


オルガは暗い宿房を振り返った。


「昔はもう少し、

 賑やかだったんだけどさ」


オルガはキセルをクルリと回す。


「まぁ、

 生きてりゃなんとかなるわよ」


虫の声が耳に染みる。


「皿、片づけてくる」


岩ノ山は勝手口に消えた。


キセルの先がほんのり灯る。


フゥ……


プカプカと煙で遊ぶ。


ギィ……と、

勝手口が開く音がした。


厨房から戻った岩ノ山が、

オルガの脇に腰かけた。


「ん」


湯気の立つカップが差し出される。


「気が利くじゃないか」


スゥ……


「あんたも吸うかい?」


差し出されたキセルに

かぶりを振る。


「あら、つまんないね」


岩ノ山は湯を飲み干し立ち上がる。


「今はいい」


フゥ……


「そうかい。

 んじゃ、そのうちね」


静かに夜が更けていった。



朝靄がまだ残る頃。


村長代理のダンが宿に来た。


「ダンさん、おはようございます」


子供達はもう玄関先で

ホウキを動かしている。


「おはよう。邪魔するよ」


厨房ではオルガが鍋を回している。


「おや、早いね」


「塩堀んとこ、直したいからな」


「また朝飯は

 湯だけじゃ無いだろうね」


ダンは顎を掻いた。


オルガは腰に手を当て、

ため息をついた。


「腹減りのままじゃ、

 お前さんの女房殿に悪いからね」


オルガはパンとチーズの皿を出した。


「すまねぇな」


パンをむしりながらダンが尋ねる。


「岩ノ山は?」


オルガが顎で中庭を指す。


「朝の半ケツ運動の

 真っ最中じゃない?」


ダンが湯を吹き出した。


どうやら四股踏みのことらしい。


「他は?」


オルガがオタマを持ち直す。


「街へ出るんだと。

 仕事探しらしいよ」


「そうか……」


オルガはオタマで鍋の淵を

コツンと叩いて言った。


「あの格好で街にやるのかい?」


クツクツと鍋の音がする。


「まぁ、

 仕事はいくらでもあるが……」


ダンはパンを持つ指先を見つめた。


パカァーン……。


パカァーン……。


小気味良い薪の割れる音が、

中庭から響いた。


「仕事、始めちまったみたいだよ。

 あたし雇った覚え無いけどね」


「あの野郎……」


窓から二人に朝日が差し込む。


ダンはパンを食べ終えるまで、

薪割りの音を聞いていた。


パカァーン……。


パカァーン……。


「薪割り、難しいな」


「十分上手ですよ」


リクは鉈で薪を細かくしていく。


「でも、手で薪を割くのは

 皆びっくりするから。

 斧を使いましょうね」


「いい稽古だったのだが……」


ダンが苦笑しながらやってくる。


「ようリク。

 今日は工房行かないのか?」


「はい、グレンさんは

 坑道の修理があるって」


パカァーン……。


パカァーン……。


「おはようさん」


「仕事、探してるんだってな」


「ああ。

 今日からは宿賃払わんとな」


「聞いたろ?

 坑道で人手がいる」


「坑夫を休ませたいが

 人が足りねぇ」


パカァーン……。


「朝飯ちゃんと食ってからいく」


岩ノ山がニヤリとしてみせた。


ダンは顔をしかめた。


「余計なお世話だ」


ダンは鼻を一つ鳴らすと

山へ向かっていった。


パカァーン……。


「ごはんだってーー!」


勝手口からココの呼ぶ声が聞こえた。


「いまいくーー!」


リクは返事すると、

薪割り台に鉈を立てた。


岩ノ山もそれに倣い斧を置く。


「ほい。洗って返しなよ」


岩ノ山は、勝手口でオルガに差し出されたタオルで顔を拭う。


同じタオルの端の方で、

リクも顔を拭いている。


「すまんが、服がほしい」


「やっと素っ頓狂な

 格好の自覚が出たかい」


「晩飯までに仕立て屋みてくるよ」


オルガが、

指でコインの輪っかを示す。


岩ノ山は胸を張る。


「出世払いだ」


「言うねえ」


オルガは肩をすくめて見せる。


「食費もすごいんだ、

 しっかり稼いできな」


食堂からは味噌の香り。


岩ノ山は鼻から

いっぱいに吸い込む。


村の顔がいくつも浮かんだ。


「応、まかせろ」



第一部 山神村編

第6話に続く

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