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山神 ~相撲取り里守異聞録~  作者: よもぎ
第一部 山神村編
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4/4

第4話 塩坑の戦い


カン!カン!カン!

カン!カン!カン!


「まとまれー!やられるぞ!」


「怪我人下げろ!」


半鐘が激しく鳴り、

怒号が飛び交う。


村人たちは輪となり、

身構える。


手には

ツルハシ。

手斧。

玄翁。

投網。


本来なら畑や山で使う道具ばかりだ。


村に武器などほとんど無い。


村人に相対するのは、

山犬の群れ。


よだれを垂らし、

低い唸り声をあげる。


毛皮からは白い結晶が覗いている。


リクは半鐘櫓から身を乗り出す。


多い。

集まった大人たちよりも多い。


「ぼ、ぼくも!」


「馬鹿野郎!

 半鐘止めんな!」


櫓から飛び降りようとしたリクを、

ダンが怒鳴りつける。


リクはまた必死に半鐘を叩いた。


「この!放しやがれ!」


「やべえ!」


倒れていた村人を山犬が引きずる。


たまらず、

一人が集団から飛び出した。


「ガルドさん!」


ガルドが手斧で山犬を一撃。


その隙に村人たちが倒れていた者を

輪の中へ引きずり込んだ。


「ばか!早く下がれ!」


飛び退こうとしたガルドを目掛け、

山犬が突進してきた。


リクの眼前で

ガルドが突き飛ばされた。


輪が山犬の前に割って入る。


すくっと、

ガルドは身を起こす。


無事だ。


ガルドがリクに目配せした。


リクは懸命に半鐘を叩き続けた。


両者はまた睨み合いになる。


ダンが周りを見渡す。


知った顔が足りない。


ダンは坑道の入り口を睨んだ。

中にまだいる。


汗が冷える感覚を覚えた。


とたん、

山犬の群れが飛びかかってきた。


村人たちが身構える。


手斧を振る、

投網で制する、

鍬で刺す。


が、止まない。


牙の群れが

雹のように襲いかかる。


「ま、まだ!」


ツルハシの柄に牙が食い込む、

玄翁で打つ、

手斧で……。


リクが半鐘を投げ出そうとした。


その時、


牙の嵐が爆ぜた。


「なんだ!?」


岩ノ山が

群れの横合いへ飛び込んだ。


腰を落とし、

二の矢を構える。


ドッ!


踏み込み一閃。


岩ノ山の肉弾が、

群れの片腹を食い破った。


「いまだ!やれ!」


ダンの号令で牙を押し返す。


岩ノ山が張り飛ばし、

捻じる。


山犬が次々に転がる。


勢いを失った山犬は、

鼻を鳴らしながら

山へと逃げていく。


生くさい錆の臭いが土埃に混じる。


半鐘の音は止んでいた。


リクは櫓から駆け下りた。


「やった……」


安堵しかけたその時、

ダンが岩ノ山の前へ進み出た。


坑道の入り口を顎でしゃくった。


「まだ中に残ってんだ」


岩ノ山は落ちていた縄を拾い上げ、

きつく両腕に巻き付ける。


ふと視線を向けた先。


怪我人の中には

宿でメシを食べた時の顔がいた。


岩ノ山は

ギュッとこぶしを握り固めた。


「ガルド、

 怪我人を連れて村の方を頼む」


ダンの指示が飛び、

男衆の半数が本隊から離れる。


岩ノ山は坑道に向かう。


ダンたちも続いて

坑道に入っていった。


リクは大人たちの背中を見送る。


夜風に土埃が舞う。


リクは腰の鉈に手をかけると、

ダンたちを追った。


坑道から

冷えた空気が流れ出していた。



岩ノ山は慣れない空間に踏み入る。


足元には轍がある。


たいまつは少ないが、

奥までうっすら見通せた。


「……よし」


意識は坑道の奥に集中した。


「左は行くなよ、崩れる」


ダンの案内に従い進む。


入り口付近の保存庫は無人。

保存食も無事だった。


「よかった……。

 まだ冬を越せる。」


村人たちの肩から力が抜ける。


「なんで食わなかった?」


ダンは首を傾げた。

だが、すぐに坑道に向き直る。


「奥の塩掘りの所か。

 進むぞ」


空気が冷えてきた。


「なんだ、この窪み」


足が轍の違和感を捉えた。


「蹄の跡?」


「馬鹿言うなよ……」


村人が顔を見合わせる。


「……っ!!」


奥から声がかすかに聞こえた。


「いそげ!」


全員が奥へと走る。


駆け付けた先に数頭の山犬。

工具を手に、

抵抗している坑夫たちが見えた。


「応!」


岩ノ山が吠えながら走り込む。


山犬が振り向きざま飛びかかり、

左腕の縄に牙が食い込む。


しかし、岩ノ山は動じない。


お構いなしに、

山犬を岩壁に叩きつける。


岩壁から白い粉が舞い、

山犬が倒れ伏した。


残りの山犬もダンたちが仕留めた。


「無事か!」


「ああ。助かったぜ……」


全員が息をついた。


岩ノ山が

手についた粉を指でしごき、

舐める。


「塩」


ダンが頷いた。


「ああ、村の宝だ」


岩ノ山は塩の壁を見渡し、

唸った。


「よかった、みんな無事……」


そこにリクが走り込んできた。


「馬鹿野郎!」


ダンのゲンコツが飛んだ。


「ついてくる奴があるか!」


リクはおずおずと、

持ってきた薬箱を出した。


ダンは

ふぅ、と息を吐く。


薬箱をそっと受け取った。


「離れるんじゃねーぞ」


坑夫の手当がすすむ中、

リクが何かに気が付いた。


「ここ、岩塩が丸い……。

 山犬が舐めたのかな」


「でも、僕の顔より高いよ……」


ダンと岩ノ山が顔を見合わせる。


「急いで出るぞ」


ダンが急かした。

岩ノ山を先頭に出口へ向かう。


おかしい。


出口からの風が止んでいる。


全員が押し黙って進む。


「まって……」


リクが小さく声を上げた。


出口まで見通せるはずの明かりが

途切れて見える。


フゴォーーー……。


山犬の唸りとは違う。


そして重たいような獣臭。


「こいつが

 塩を舐めてたんだな……」


暗闇から巨大な猪が姿を現した。


塩で結晶化した牙はねじくれている。


ブフゥ、と大猪がいななく。


呼応して、

岩ノ山は低く腰を落とす。


「押すのか!?」


ダンの叫びが合図になった。


突進してくる大猪。


巨体に似合わぬ速度で

踏み込む岩ノ山。


ゴヅンッ!


岩壁が震えた。


次の動きは岩ノ山が早い。


牙の生え際に腕を差し込み、


押す。


大猪が左にたたらを踏んだ。


「まじかよ!」


「すげえ……」


大猪が頭を下げ、

地面を蹴る。


岩ノ山の足が

轍を削るほど踏ん張った。


それでも牙はなお、

前へ出ようとしていた。


岩ノ山の腕が軋む。


「ぬぅ……」


パラパラと白い粉が舞う。


「崩れる!

 塩掘り場から離すんだ!」


ダンの声が飛ぶ。


途端、

リクが岩ノ山の脇に飛びついた。


「互角なら、僕だって!」


リクは懸命に歯を食いしばり、

押す。


「くそ!皆押せぇ!」


次々と村人が飛びつき、

岩ノ山を後ろから押す。


「押せ!押せぇ!」


岩ノ山はより深く腕を差し込む。


「押し通る……!」


暴れる牙を抑え込む。


フゴォ!


大猪がいなないた瞬間、

岩ノ山の脚が地面を捉えた。


大猪を押し込みながら、

村人たちは坑道の外へ雪崩れ出た。


「よし!」


途端に大猪が頭を振りまわし、

全員が牙に弾かれた。


リクが頭を上げると、

岩ノ山がかぶさっていた。


「あ……」


岩ノ山が身を起こす。


手には、

こぶし大の岩塩が握られていた。


岩ノ山の腕に、

地脈のように力が走る。


ビキッ。


岩塩が音を立て、

拳の中に消えた。


大猪が岩ノ山に向き直り、

荒く息を吐く。


岩ノ山は握った塩を撒く。


そして片脚を上げ、

振り下ろした。



ズドンッッ――――!!



稽古の時とは違う。

大地そのものを叩くような

四股だった。


大猪の足が止まった。


だが、

いななきとともに牙を構え突進。


岩ノ山は真正面から迎え撃つ。


誰もが牙で貫かれるかと思った。


刹那、

その牙が宙を舞った。


岩ノ山が右腕一本でカチあげたのだ。


のけ反る大猪に組み付き、

捻じり上げる。


歯を食い縛る。


「浮いた!」

「おいおいおい……!」


岩ノ山はそのまま大地に、


叩きつけた。



土煙が上がる。


誰もが息を呑んだ。



大猪は岩ノ山を見上げた。


息はある。


夜風が大猪を撫でた。


ヨロヨロと立ち上がると、


一瞥もくれず森へ帰って行った。



「すげえもん、見ちまったな……」


「まるで山神様だよ……」


帰路、村人達には興奮が残っていた。


「また塩が掘れるな」


ダンの声に安堵の波が広がる。


「助かった……」

「ああ、まだやれる……」

「山神さま、

 塩も増やしてくれんかな」


村人達は肩を叩きあった。


岩ノ山はその様子を見て、

静かに息を吐いた。


「あの…… 」


リクはまっすぐに岩ノ山を見る。


「ありがとうございました。

 昨日も、今日も」


岩ノ山はただ髷をさする。


そして、

リクにゆっくりと声をかけた。


「ところで……」


「はい!何でも聞いてください!」


咳払いを一つ。


「なんで坑道の中、

 うっすら明るいんだ?」


全員がきょとん、として、

一斉に噴き出した。


「山神様じゃ、なさそうだなぁ!」


「こりゃ、

 塩は自分たちで掘るしか無いべ!」


男達は肩を並べて村へ帰る。


宿の窓から灯りが漏れていた。



第一部 山神村編


第5話 に続く

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