第2話 森を見る目
◇
「薪が足りん」
工房の奥で、ドワーフの親方が鼻を鳴らした。
村の住人が増え、各家の暖炉やかまどから上る煙の量も倍近くなっている。
「任せとけ親方! 森でいくらでも切ってくる!」
威勢良く立ち上がったのは、若いドワーフだった。
身の丈ほどもある自前の戦斧を、慣れた手つきで肩に担ぎ上げる。
だが、親方は落ち着いた口調で言う。
「バカ言え。何でもかんでも切っていいわけねぇだろ」
「木こりの所へ行って、切り倒していい木を聞いてこい。……あっちには耳長どももいる」
「長耳ぃ? うわぁ……面倒くさいなあ」
若ドワーフが顔をしかめた、その頃。
工房から少し離れた村の一角では、二人のエルフが話をしていた。
「では、私はガラドン種苗店へ向かいます」
長身のエルフがそう告げると、小柄なエルフが顔を上げた。
「……私も?」
「貴女は、木こりのところへ」
「……めんどくさい」
「森へ行くのです。貴女にも学びがあるでしょう」
小柄なエルフは、わずかに眉を寄せる。
「……木のことなら、知ってる」
「ええ。だからこそです」
長身のエルフは穏やかに笑った。
「私も、岩ノ山殿と出会った頃はそうでした」
そっと小柄な肩に手を添える。
「知っているつもりでも、知らないことは多いものです」
小柄なエルフはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……わかった」
◇
冬の森は、冷たく澄んだ空気に包まれていた。
雪を踏みしめて森に入った若ドワーフは、目の前の杉の幹を見て首をかしげた。
皮が剥がされ、赤塗りの印がついている。
「なんじゃこりゃ。なんでこの木、印がついてんだ?」
黙々と斧の手入れをしていた村の木こりが、立ち上がって煙管を咥えた。
「ああ、そいつは『間伐』の印だ」
木こりは印の付いた木の幹をポンと叩く。
「こいつは真っ直ぐで、木材にゃ悪くねえ」
「でも、隣の木を育てるには邪魔になる」
若ドワーフは印を見上げて腕を組む。
小柄なエルフが、また別な木に印をつけながら告げる。
「森にとって、今は切るべき木を選んでるの」
「ふーん……」
若ドワーフが感心したように顎を撫でる。
「まあ薪なら任せろ! 長く燃えるナラやクヌギのほうが良い薪になるんだろ!」
小柄なエルフが、ふぅと息を漏らす。
「長持ちするのは確かですが、それぞれ役割があるの」
彼女は間伐予定の真っ直ぐな杉を指差す。
「杉は火が付きやすい。
焚き付けに向く」
「その後に、ナラやクヌギをくべるのが良いわ」
「へえ……。役割で分かれてるんだな」
若ドワーフが腕組みしながらウンウンと頷いた。
二人の様子を横目に見ていた木こりが、笑いながら薪を積み上げた。
「お前ぇさん方と一緒だな」
「「……たしかに」」
思わず口を揃えてしまい、二人は気まずそうに目を逸らした。
若ドワーフも薪を拾い上げる。
「あたしらも、鍛冶仕事が出来りゃ、薪のこと知ってたかもなあ」
小柄なエルフの薪を拾う手がしばし止まったが、また黙って拾い出した。
◇
日当たりの良い斜面に出た。
蔓が複雑に絡みついた大木を見つけ、若ドワーフが声を弾ませる。
「あ! 夏に紫の綺麗な花が咲くやつだ! 藤だろ!」
「あー……まあな」
木こりが苦笑いする横で、小柄なエルフの表情がスッと冷たくなった。
「これは切りましょう」
「え? お前らエルフから、切れって言われると意外だな」
若ドワーフが驚くと、小柄なエルフは蔓の根元を指差した。
「藤の蔓は巻きついた木を絞め殺すの。
藤が強すぎると、山が荒れてしまう」
木こりも頷く。
「藤を切っておくとよ、この斜面の日当たりが良くなる」
「そりゃ、木や蔓が減ればそうだろ」
若ドワーフが言うと、小柄なエルフの唇がほんの少しだけ和らいだ。
「春になれば、日当たりの良くなったここに美味しい山菜がたくさん芽吹くわ」
「お! 山菜! そりゃあいいな!」
食い気につられた若ドワーフに、木こりが釘を刺す。
「だからって、来年分まで根こそぎ刈り取るなよ」
木こりの声を背に、ドワーフが引きはがした蔓にエルフが山刀を入れていった。
◇
作業が終わり、下山する前。
若ドワーフは背負った自身の戦斧を愛おしそうに撫でた。
「よし、村に戻ったら補修屋に預けて、しっかり研いでもらうか」
遅れて合流していた長身のエルフが、不思議そうに尋ねる。
「よいのですか?
ドワーフにとって、戦斧は氏族の誇りだと聞いたことがありますが」
若ドワーフはニッと口元を緩めた。
「仕事に併せてこその誇りだよ」
長身のエルフは静かに目を丸くし、やがて優しく微笑んだ。
「……さもありなん」
戦斧を背負い直し、若ドワーフは道を下っていく。
少し後ろを歩いていた小柄なエルフが、ぽつりと呟いた。
「……てっきり『斧を貸せ』と威張り散らすかと」
「粗にして野だが、卑ではないのだな」
長身のエルフの答えに、少女はフンと鼻を鳴らしたが、口元は柔らかだった。
◇
村へ戻ると、宿舎の前でドワーフ親方が腕を組んで待っていた。
「おう、耳長どもはどうだったよ?」
若ドワーフが誇らしげに胸を張る。
「春にはここで美味い山菜が食えるってさ!」
「……お前は一体何をしに行ったんだ」
親方が呆れると、若ドワーフは楽しそうに笑った。
「あの仮設橋の補修も、春から本格的に始まるんだろ? 楽しみだなあ」
「ふん、楽しみが増えて良かったじゃねーか」
◇
カツン、カツン、と薪棚に新しい薪が積まれていく。
「……木っておもしろいんだな」
若ドワーフが積み上がった薪を見上げながら呟く。
小柄なエルフは、ほんの少しだけ口元をゆるめて呟いた。
「……貴方たちも、少しだけ面白くてよ」
◇
第四部 越冬編
第3話 へ続く




