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第2話 森を見る目


「薪が足りん」


工房の奥で、ドワーフの親方が鼻を鳴らした。


村の住人が増え、各家の暖炉やかまどから上る煙の量も倍近くなっている。


「任せとけ親方! 森でいくらでも切ってくる!」


威勢良く立ち上がったのは、若いドワーフだった。


身の丈ほどもある自前の戦斧を、慣れた手つきで肩に担ぎ上げる。


だが、親方は落ち着いた口調で言う。


「バカ言え。何でもかんでも切っていいわけねぇだろ」


「木こりの所へ行って、切り倒していい木を聞いてこい。……あっちには耳長どももいる」


「長耳ぃ? うわぁ……面倒くさいなあ」



若ドワーフが顔をしかめた、その頃。


工房から少し離れた村の一角では、二人のエルフが話をしていた。



「では、私はガラドン種苗店へ向かいます」


長身のエルフがそう告げると、小柄なエルフが顔を上げた。


「……私も?」


「貴女は、木こりのところへ」


「……めんどくさい」


「森へ行くのです。貴女にも学びがあるでしょう」


小柄なエルフは、わずかに眉を寄せる。


「……木のことなら、知ってる」


「ええ。だからこそです」


長身のエルフは穏やかに笑った。


「私も、岩ノ山殿と出会った頃はそうでした」


そっと小柄な肩に手を添える。


「知っているつもりでも、知らないことは多いものです」


小柄なエルフはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……わかった」



冬の森は、冷たく澄んだ空気に包まれていた。


雪を踏みしめて森に入った若ドワーフは、目の前の杉の幹を見て首をかしげた。


皮が剥がされ、赤塗りの印がついている。


「なんじゃこりゃ。なんでこの木、印がついてんだ?」


黙々と斧の手入れをしていた村の木こりが、立ち上がって煙管を咥えた。


「ああ、そいつは『間伐』の印だ」


木こりは印の付いた木の幹をポンと叩く。


「こいつは真っ直ぐで、木材にゃ悪くねえ」


「でも、隣の木を育てるには邪魔になる」


若ドワーフは印を見上げて腕を組む。


小柄なエルフが、また別な木に印をつけながら告げる。


「森にとって、今は切るべき木を選んでるの」


「ふーん……」


若ドワーフが感心したように顎を撫でる。


「まあ薪なら任せろ! 長く燃えるナラやクヌギのほうが良い薪になるんだろ!」


小柄なエルフが、ふぅと息を漏らす。


「長持ちするのは確かですが、それぞれ役割があるの」


彼女は間伐予定の真っ直ぐな杉を指差す。


「杉は火が付きやすい。

 焚き付けに向く」


「その後に、ナラやクヌギをくべるのが良いわ」


「へえ……。役割で分かれてるんだな」


若ドワーフが腕組みしながらウンウンと頷いた。


二人の様子を横目に見ていた木こりが、笑いながら薪を積み上げた。


「お前ぇさん方と一緒だな」


「「……たしかに」」


思わず口を揃えてしまい、二人は気まずそうに目を逸らした。


若ドワーフも薪を拾い上げる。


「あたしらも、鍛冶仕事が出来りゃ、薪のこと知ってたかもなあ」


小柄なエルフの薪を拾う手がしばし止まったが、また黙って拾い出した。



日当たりの良い斜面に出た。


つるが複雑に絡みついた大木を見つけ、若ドワーフが声を弾ませる。


「あ! 夏に紫の綺麗な花が咲くやつだ! 藤だろ!」


「あー……まあな」


木こりが苦笑いする横で、小柄なエルフの表情がスッと冷たくなった。


「これは切りましょう」


「え? お前らエルフから、切れって言われると意外だな」


若ドワーフが驚くと、小柄なエルフは蔓の根元を指差した。


「藤の蔓は巻きついた木を絞め殺すの。

 藤が強すぎると、山が荒れてしまう」


木こりも頷く。


「藤を切っておくとよ、この斜面の日当たりが良くなる」


「そりゃ、木や蔓が減ればそうだろ」


若ドワーフが言うと、小柄なエルフの唇がほんの少しだけ和らいだ。


「春になれば、日当たりの良くなったここに美味しい山菜がたくさん芽吹くわ」


「お! 山菜! そりゃあいいな!」


食い気につられた若ドワーフに、木こりが釘を刺す。


「だからって、来年分まで根こそぎ刈り取るなよ」


木こりの声を背に、ドワーフが引きはがした蔓にエルフが山刀を入れていった。




作業が終わり、下山する前。


若ドワーフは背負った自身の戦斧を愛おしそうに撫でた。


「よし、村に戻ったら補修屋に預けて、しっかり研いでもらうか」


遅れて合流していた長身のエルフが、不思議そうに尋ねる。


「よいのですか?

 ドワーフにとって、戦斧は氏族の誇りだと聞いたことがありますが」


若ドワーフはニッと口元を緩めた。


「仕事に併せてこその誇りだよ」


長身のエルフは静かに目を丸くし、やがて優しく微笑んだ。


「……さもありなん」


戦斧を背負い直し、若ドワーフは道を下っていく。


少し後ろを歩いていた小柄なエルフが、ぽつりと呟いた。


「……てっきり『斧を貸せ』と威張り散らすかと」


「粗にして野だが、卑ではないのだな」


長身のエルフの答えに、少女はフンと鼻を鳴らしたが、口元は柔らかだった。



村へ戻ると、宿舎の前でドワーフ親方が腕を組んで待っていた。


「おう、耳長どもはどうだったよ?」


若ドワーフが誇らしげに胸を張る。


「春にはここで美味い山菜が食えるってさ!」


「……お前は一体何をしに行ったんだ」


親方が呆れると、若ドワーフは楽しそうに笑った。


「あの仮設橋の補修も、春から本格的に始まるんだろ? 楽しみだなあ」


「ふん、楽しみが増えて良かったじゃねーか」



カツン、カツン、と薪棚に新しい薪が積まれていく。


「……木っておもしろいんだな」


若ドワーフが積み上がった薪を見上げながら呟く。


小柄なエルフは、ほんの少しだけ口元をゆるめて呟いた。


「……貴方たちも、少しだけ面白くてよ」



第四部 越冬編

第3話 へ続く

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