第1話 新しい住人たち
◇
「……毛うさぎ、増えたな」
「おう。山神村の気候が合ってたらしい。もこもこ跳ね回ってて狭ぇってよ」
宿の食堂に、湯気と煮込みの匂いが充満していた。
村の者たちは、昼飯をかき込みながら言葉を交わしている。
「清瀬の上下ノコも直ったって話だ」
「木場も春には使えそうだな。……筏頭はどうした?」
「川で寒中水泳しながら練習中だ。見てるこっちが凍えそうだぜ」
「ハハッ、大変だなー!」
「薪の備えは?」
「山盛りだよ。塩坑の横まで積み上げてある」
宿の南側に面した大きな窓の外では、日当たりの良い木箱に青々とした芽が並んでいた。
「あ、ミリアの薬草も芽が出てるよ」
リクが指差すと、プランターを覗き込んでいたミリアが胸を張った。
「日当たりが良いからね。冬の間も枯らさないよ」
そこへ、村長代理のダンが手ぬぐいで首筋を拭いながら思い出したように懐を弄った。
「そういや……黒熊屋から手紙が届いてたな」
懐の封筒に手をかけた時だった。
ガタガタガタガタッ!
ガラガラガラガラ――!!
街道の向こうから、猛烈な馬車の音が近づいてくる。
「「「……?」」」
食堂にいた全員が首をかしげ、窓の外を見やった。
バァン!
宿の重い扉が豪快に押し開けられた。
◇
「た、ただいま到着いたしましたー!!」
息を弾ませて飛び込んできたのは、羊角を生やした少女――メリーだった。
その背後から、大荷物を抱えた人間や異種の者たちがゾロゾロと雪崩れ込んでくる。
「……。あ!領都で毛うさぎ買ったときの!」
リクが目を丸くしてメリーを指さす。
「わ。覚えててくれたんだ!」
二人で両手を握りあい、ぴょんぴょんと跳ねる。
ミリアは呆気に取られているようだった。
ダンは喧騒を横目に、
改めて手紙の封を破り、紙を開く。
「ガラドン種苗店から三名、
黒熊屋から三名、山神村へ派遣……。
酪農、馬方、毛うさぎ、商業に会計……。
春から本格的に動かすための下準備で、人を寄こすって話だったが……」
ダンは開いたままの手紙と、目の前の大群を交互に見比べる。
「…………」
ダンは手紙を指で突いた。
「……今日来るなんて、一言も書いてねぇぞ?」
黒熊屋の男たちが、苦笑しながら荷物を降ろす。
「いやあ、荷の手配が思いのほか早く動いたものですから!」
メリーが胸を叩き、羊の耳をぴこぴこさせながら続けた。
「冬を越す準備は、一刻も早く始めたほうがいいと思いまして!」
「 ほら、連れてきた馬二頭も、村の皆さんに会いたがってます!」
「だから春まで待てと言ったんだ、メリー……」
呆れ顔で荷車から降りてきたのは、メリーの二人の兄だった。
「お邪魔します」
澄んだ声が喧騒に割り込んだ。
メリー達の背後からすっと佇む二人が現れた。
長身と小柄。尖った耳。
森のエルフだった。
「今のうちから、春の植林の準備を整えておきたく」
「……冬こそ、間伐です」
◇
「……で、人が一気に増えたわけだ」
ダンが頭を抱える。
「……食料、春まで持つか?」
「大丈夫です! ちゃんと持ってきましたから!」
メリーが誇らしげに荷車のシートをバッと捲り上げた。
「ほら!」
宿の女主人オルガが覗き込む。
「白パンに……新鮮な根菜類かい。……うーん」
通りかかった岩ノ山が、巨躯をかがめて荷を見下ろした。
「……微妙に日持ちしないな」
「えっ!?」
メリーが目を丸くする。
毛うさぎの餌、馬の飼料は完璧だった。
ただ、人間用の飯だけが、微妙にご馳走だった。
「まあいいさ。黒パンが白パンに化けたと思えばね。足の速いものからみんなで腹に収めちまおう」
オルガのさばさばとした声に、村人たちが笑った。
◇
「ひとまず、塩坑の保存庫を確認しに行くか」
ダンが手の空いている村人に声をかけた。
「私たちも手伝いますよ!」
「微力ながら我らも」
移住者たちは各々籠をもち、村人とソリを引き始めた。
「……。ま、足元気をつけな」
ダンは顎を掻くと、歩き出した。
冬の山道。冷たい風が吹き抜ける。
「固まって歩きな。踏み外すと怪我するぞ」
メリーが手綱を締める。
「……ねえ、ダンさん。この山って、やっぱり出るんですか?」
メリーが怯えたように周りの木々を見回す。
「ん? 何がだ」
「熊です! 穴もたずの凶暴な熊が!」
「ああ……たまに出るな。滅多には出ねぇが、出たらそりゃあ大変だ」
「ひええっ!」
都からの移住者たちが肩を寄せ合う。
エルフ達は涼しい顔だ。
その時だった。
ザ……ザ……。
街道脇の分厚い雪の塊から、黒く巨大な影が「ぬっ」と立ち上がった。
「「「く、熊だぁぁぁぁぁぁっっ!!」」」
都からの移住者たちが悲鳴を上げて抱き合う。
小柄なエルフが懐の山刀に手をかけたが、長身なエルフにその手を制される。
雪を払った巨大な影が、心底心外そうに口を開いた。
「……俺だ」
村一番の巨漢、岩ノ山だった。
薪の切り出しの残りを、雪に埋もれる前に運び出していたのだ。
「ヤマさんだぞ!」
村人が爆笑する。
メリーが涙目になって叫んだ。
「ま、紛らわしいですよぉ! 姿が熊そのものじゃないですか!」
岩ノ山は……無言のまま、少しだけ傷ついた目をして肩を落とした。
◇
塩坑の奥にある保存庫。
ひんやりとした岩肌に囲まれた棚には、黒パン、乾し芋、塩漬け肉、干し野菜がうずたかく積まれていた。
「これだけあれば、いつもの人数ならお釣りが来るんだが……」
ダンが指折り人数を数える。
「……春まで持つか?」
オルガが口元に手を当てる。
「……ちょいと厳しいねぇ。まあ、飢え死にぁしないが、後半は黒パンの皮を齧ることになるかいね」
それを聞いたメリーは、棚から出した黒パンを両手で籠に収めた。
◇
村へ戻れば、せっかく来た客たちだ。今夜は歓迎会となった。
主催はメリーが持ってきた日持ちしない食材たち。
大皿料理が並び、ドワーフが持ち寄った酒樽が叩き割られる。
新旧の住民が混ざり合い、ガヤガヤと賑やかな声が夜の村に響いた。
「出納帳ですか? ええ、私めにお任せください」
黒熊屋の番頭が胸を叩く。
「助かる……。 算盤見ると頭が痛くなってたんだ」
「ガラドン種苗店のお仕事、私達も手伝えるよー!」
村娘たちが手を上げてメリー達に呼びかける。
「本当? 助かるわあ!」
宿の中で、仕事の連鎖が広がっていった。
◇
からりと晴れた冬の空の下、村は早くから動き出していた。
メリーと兄たちはさっそく牧場へ走り、馬と毛うさぎと戯れている。
黒熊屋は帳簿を広げ、荷の確認。
村娘たちの声が事務所から漏れる。
ドワーフは石の切り出し、エルフは森へ。
それぞれが、それぞれの場所へ散っていく。
岩ノ山は宿の軒下に立ち、腕を組んでその光景を眺めていた。
「俺は……」
岩ノ山が何か手伝おうと一歩踏み出した、その時。
「あ! ヤマさん! その大荷物は馬車で運びますよー!」
メリーが元気に手を振りながら、馬車で横を通り過ぎていく。
「……そうか」
岩ノ山は、出しかけた手をゆっくりと引っ込める。
ガラガラガラ……。
遠ざかる馬車の音だけが残った。
◇
その時、工房のほうから呻き声が聞こえてきた。
「……うぅ……二日酔いが……頭が割れる……」
頭を押さえて蹲っているのは、ドワーフの親方だ。
「いかん……若い奴らはもう現場だってのに」
オルガが冷ややかな目で水を入れた桶を差し出す。
「岩ノ山と飲み比べなんてするから。ほら、水だよ」
そこへ、エルフの一人が静かに歩み寄ってきた。
「工房、お借りできますか?
……髭どもに効く気休めの薬草茶でも煎じて差し上げようかと」
「うぐぐ……、耳長に借りなんぞ……」
青ざめた顔の親方を横目に、薬草の管理をしているガルドが親指を立てる。
「うち来なよ。最低限の道具はあるぜ」
エルフは、すっとお辞儀を返した。
「では、お邪魔します」
「……茶ができるまで寝ているとよい」
「は、話しかけるな……。頭が割れる!」
親方は頭を抱えて座り込んだ。
エルフは少し口角を上げると、ガルドに続いて歩いていった。
◇
岩ノ山は、宿の戸口から村を眺めていた。
馬の鳴き声。
荷車の滑る音。
どこからか聞こえる誰かの笑い声。
岩ノ山は少しだけ、本当に少しだけ目を細めた。
「……悪くない、かもな」
その背後から、
「うぅ……。耳長の野郎、薬草茶はまだか……」
ドワーフの親方が再び情けない声を上げた。
岩ノ山は鼻を鳴らし、苦笑した。
オルガが呆れ顔で冷やし手ぬぐいを放り投げる。
「ほら。顔拭きな」
「すまねえ……」
「歓迎会で飲ませすぎたのは、こっちも悪いからねぇ」
「……次は気をつける」
「次があると思ってるのかい?」
「無くちゃ困る」
「……まったく、無くちゃ困るねぇ」
◇
第四部 越冬編
第2話 に続く




