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第10話 橋頭防衛戦


積もり始めた初雪が、

山道の石畳を白く覆い始めていた。


山砦の影が視界に入った。


バレントの若き次期当主、

セドウィックは馬上で手を上げ短く告げた。


「全員、確認しろ」


「終戦に反対する者たちが、

 動いているとの報告がある」


「理由は問わん。

 襲撃があっても足を止めるな 」


セドウィックは視線を巡らせ、バレント・ベルグ両領からなる護衛隊たちを見据える。


「目標は一つ!」

 

「山砦を抜け、将軍をグラキア国境へ送り届ける! 」


息が白い。


セドウィックは一度、奥歯を噛み言葉を続けた。


「渡河を最優先。 ……敵を倒す必要はない」


ベルグの代表行政官、エイラが前方の谷を見やった。


崖の向こう、橋の影が見える。


将軍は馬上でただ静かに前を見つめていた。


その横で、岩ノ山は無言のまま、山道の上の気配を探っている。


パッカ、パッカ⋯⋯。


カシャ、カシャ⋯⋯。


馬の蹄と帷子の擦れる音だけが、

山道に響く。


パッカ、パッカ⋯⋯。


⋯⋯。


「――伏せろ!」


ピシュッ!


ピシュッ!


ヒュン――


無数の矢が降り注ぐ。


護衛の馬が激しく嘶く。


隊列が乱れた。


「下馬! 防御陣形!」


セドウィックの怒号が飛ぶ。


白みかけた藪の奥から、

男たちが雪を蹴立てて飛び出す。


「殺せぇ!」


「兄を返せぇっ!」


白刃が雪崩込んできた。



「止まるな! 押し通せ!」


セドウィックの指揮の下、直剣と曲剣を構えた混成護衛隊が左右を固める。


岩ノ山は、荷を積んだ大荷車『山神号』に手をかける。


そのまま、己の巨躯ごと前へ押し出した。


ガラガラガラ!


雪が跳ねた。


山神号が、敵陣へ突っ込む。


重い音を立てて荷車が雪を押し潰し、

迫る敵の隊列を強引にこじ開ける。


「こちらへ!」

エイラが将軍に並び、

山神号の轍に続く。


「追え! 将軍を討て!」


背後から追撃の足音が迫る。


目的地は、目と鼻の先の山砦。



山砦の門前は、

すでに乱戦と化していた。


山砦の守備兵たちが、

反対派の別動隊と刃を交えている。


その喧騒の渦中から、

飛び出してきた影があった。


背に弓を刺したグレンと、

槌を握りしめたドワーフ達だった。


「仮設橋はまだ無事だ!」


グレンの叫びに、

誰もが橋を見た。


木で継がれた橋。


手すりの雪が谷へと落ちた。


エイラが即座に指令を下す。


「将軍を橋へ!」


セドウィックが刀を抜き、

橋の袂――橋頭へと踏みとどまった。


「渡り切るまで、敵を一人も通すな!」


その脇を、岩ノ山と守備兵たちが固めた。


「⋯⋯応!」


岩ノ山が腰を落とす。


一歩、前に出た。



将軍の足が仮設橋へ踏み込む。


木橋がギシギシと軋んだ。


谷底を流れる川が白く泡立つ。


エイラは一度も振り返らない。


ヒュン――。


一本の矢が飛ぶ。


将軍は身に纏ったマントを翻し、

矢を受け流した。


歩みは止まらない。


「将軍を殺せぇぇ!」


反対派の鋭い突撃が、

橋頭の狭い空間に殺到した。


刃と刃がぶつかり合い、

金属音が雪山に反響する。


その混戦を縫うように、

一人の男が疾走してきた。


身の丈を超える剛刀を低く構えた、

白装束の男。


男の狙いは――セドウィック。


「くっ……!」


セドウィックが刃を応戦させようとした刹那、

横から太い腕が割り込んだ。


ガキィィン!


岩ノ山の鉄手甲が、

白装束が振るった極太の刃を真っ向から弾く。


火花が散る。


岩ノ山が一歩踏み込むと、

白装束は即座に間合いを取り直した。


互いの視線が交錯する。


岩ノ山が拳を地面につける。


次の瞬間、白装束が跳ねた。


大上段の兜割り――。


呼応し、岩ノ山は柄元まで間合いを詰める。


だが。


白装束は岩ノ山の頭上を越え、

橋へと走る将軍の首筋を目がけて飛翔していた。


(止めてくれ――!)


誰かの叫びが、

岩ノ山の心臓を叩いた。


その瞬間、


岩ノ山の世界から色も音も消えた。


地面が爆ぜる。


岩ノ山の巨躯が、間合いを無に変える。


「⋯⋯!」


白装束は咄嗟に剛刀の背に腕を添え、

身構える。


ゴォン!!


宙で鋼の剛刀が真っ二つに砕けた。


岩ノ山の額が、剛刀を打ち砕いた。


白装束の身体が折れ曲がるように、

雪煙の彼方へ吹き飛んでいった。


岩ノ山の額から、

一筋の血が滲む。


「――次が来るぞ!」


岩ノ山の世界に色と音が帰ってきた。


再び鉄手甲を構え、

群がる敵の前に仁王立ちとなった。



橋の向こう側。


将軍の足が、

ついに国境線に差し掛かった。


その先に見えるのは、

グラキアの軍旗。


武装したグラキア軍の整列が待っていた。


彼らは一向に動かない。


「しまっ……! 将軍が渡り切ったぞ!」


反対派に動揺が走った。


将軍に帯同したエイラが、

セドウィックに向かって剣を掲げる。


「全隊、前へ! 捕縛せよ!」


セドウィックの号令に、

隊員たちが一斉に反撃へ転じる。


逃げ惑う敵、雪に伏せて縛につく者。


「深追いはするな!

 橋を渡らせなければ良い!」


徐々に怒号は小さくなっていった。



静寂が戻った橋の向こう。


歩み寄ってきた将軍が、

グラキア兵たちの前で足を止める。


兵たちが、

一斉に背筋を伸ばし整列した。


「……よくぞ耐えた」


将軍の低く重い声。


「耐えた⋯⋯?」


エイラは、

グラキア兵たちの足元に視線を落とす。


全員の靴底が、寸分違わず国境線の「こちら側」を踏み越えずに並んでいる。


停戦中に兵が国境を越えれば、

講和は崩れる。


どんなに目前で乱戦が起きようと、

命令を守り抜いた証であった。


将軍がゆっくりと振り返り、

エイラに深々と頭を下げた。


グラキア兵たちが一斉に、

無言のまま敬礼を捧げる。


エイラもまた、

静かに背筋を伸ばし、返礼した。


風がグラキア旗を翻す。


「回れ、右!」


号令とともに整然と向きを変える。


ザッザッザ⋯


ザッザ⋯



将軍とグラキア兵たちは、

雪の街道の奥へと去っていった。


雪が静かに、

その足跡へ降り積もり始める。


橋は、まだそこにあった。


セドウィックは橋を渡り、

エイラのもとへ向かう。


迎えの足音だけが谷に響いていた。



第三部 流域編

第11話 に続く

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