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第7話 橋


崩れ落ちた石橋の断崖に、

谷底からの風が吹き上がっていた。


ゴー、と深い川音が谷間に響いている。


対岸までは、目が眩むほどの距離があった。


崖の淵では、背の低い男たちが数人、

地面に膝をついて縄と杭の準備を始めている。


そこへ、足音を殺して二つの影が近づいてきた。


「……遅ぇ」


頭に手ぬぐいを巻いたドワーフの親方が、

振り返りもせずに吐き捨てた。


使い込まれた鉄の玄能げんのうで、

地面の岩を小さく叩いている。


岩ノ山は太い首をすぼめた。


「……すまん」


「反対側に渡るのに、丸二日歩いたぜ」


親方が崖の下を顎でしゃくった。


横に立つグレンが、背の弓を直しながら口を挟む。


「橋が掛かりゃ、その苦労もなくなる」


「耳長はいちいちうるせぇ」


親方はフンと鼻を鳴らすと、

残った橋脚を見下ろした。



「……春まで待て」


親方は石の割れ目を指先で撫でながら、

素気なく言った。


「本格的な石組みをやるなら、

 雪が解けて水が引いてからだ。


 今やったって川にさらわれる」


「……急ぎ、渡れるようにしてほしい」


岩ノ山が静かに言った。


親方は立ち上がり、見上げるように岩ノ山を睨む。


「無理だ」


「一回だけでいい」


「理由は?」


岩ノ山は大きな口を閉ざした。


「……今は言えん」


「おいおい、デカいの。

 そりゃ義理に欠くぜ」


親方の声が硬くなる。


岩ノ山はそれ以上弁明せず、

ただ巨躯を僅かに折り曲げ、頭を下げた。


「……頼む」


沈黙が降りた。


聞こえるのは、

谷底を渡る激しい川音だけだ。


そこへ、脇からグレンが歩み出た。


「……仮設橋でいいよな」


グレンは小石を蹴飛ばし、

谷底へ落とした。


「大の男が……。

 これだけ頭下げている」


じっと親方を見据える。


「これ以上はそれこそ義理に欠ける」


グレンは親方から視線を外すと、

岩ノ山に向き合った。


「木の橋なら俺がやる」


「……事情はそのうち話せ」


親方はしばらく二人を見つめ、

それから低く息を吐いた。


「……しゃーねぇ。

 乗った!

 お前らに乗るぜ」


親方はガシガシと顎髭を掻いた。


「エルフに義理語られちまった。

 まったく、ドワーフの名折れだぜ」


「おい、デカいの。

 ツラあげろ、次いくぞ!」


男たちは谷あいを進んでいった。



ギィと縄をなう音と、

丸太のゴロンと転がる音が谷間に響き出す。


「石切り場は?」


親方が測量用の糸を引っ張りながら尋ねる。


「山砦の連中に聞いてきた。目と鼻の先だ」


グレンが答える。


「よし、あとで見に行くか」


ピチィッ……。


墨つぼの糸が弾ける乾いた空気を割いた。


作業の手を動かしながら、

若いドワーフが汗を拭う。


「難民キャンプから連れ出されてよ

 ……いきなりこんな大仕事が回ってくるとはよ」


「荷運びよりいいだろ」


グレンが丸太の端を持ち上げながら言う。


若いドワーフは、

足元に転がる石を愛おしそうに拾い上げた。


「石に触れられるなら、

 俺たちは地の果てでも行くぜ」


「当分は通いだなあ」


別の若者が呟く。


岩ノ山がその横顔を見下ろした。


「村に空き家がある。ダンが手配してくれた」


若ドワーフは目を丸くした。


「……気が早ぇ村だな」



「あれ?」


作業の途中で、若ドワーフの手が止まった。


「どした?」


親方が振り返る。


「板材が……少し足りねぇような。

 昨日、受け取ったときは確かにそろってたはずですが」


親方は運ばれてきた木材の束に目をやった。


削られたばかりの木の断面。


板の一枚一枚に指を置く。


一瞬の沈黙。


「……まさかな」


親方は短く呟くと、

すぐに何事もなかったかのように視線を外した。


「村に追加頼んどけ。

 手を止めるな、日が出ているうちに組み上げるぞ」


職人たちは「おう」と短く返し、

作業に戻った。



谷の縁に、

仮設の足場が組み上がり始めていた。


丸太が組み合わされ、

太い縄がギチギチと音を立て引き絞られていく。


石が運ばれ、木が通り、人が動く。


崩れていた橋が、

ほんの少しだけ向こう岸へ向かって針を進めていた。


作業の喧騒から少し離れた場所。


岩ノ山は、

己の足元に転がっていた小さな石を見つめていた。


足の指先で、突く。


……からん。


石は音を立てて転がった。


その爪先からの感触を確かめるように、

また別の石を蹴る。


……ころん。


「………」


岩ノ山は、

静かに息を吐いた。



頭上では、職人たちが組み上がりつつある木の骨組みを見上げ、

威勢の良い声を掛け合っていた。


谷底から吹き上げてくる風が、

川音とともに橋の上を吹き抜けていくだけだった。



第三部 流域編

第8話 に続く

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