↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/36

第6話 それぞれの領分


一本の川をめぐる大仕事に、

それぞれの者たちが取り掛かり始めてから数日。


領主館の執務室には、朝から書状が積み上がっていた。


清瀬村からの返書。


山神村からの報告。


ベルグへの書状の写し。


商人たちからの見積書。


装飾の施された書簡筒。


一つ片付けば、また一つ届く。


机に向かったまま、セドウィックは小さく息をついた。


「始めるより……回す方が難しいな」


机の上で、形のそろわない紙を重ねてみる。


束ごとに並べ直し、

また分ける。


紙が擦れあう音が執務室に静かに響いていた。


その時、控えめなノックが響く。


「若様。黒熊屋でございます」



黒熊屋が算盤を懐へしまう頃合いを見て、

セドウィックが温かい茶を差し出す。


黒熊屋は両手で受け取り、

ふうと息を吹きかけた。


黒熊屋は一口、茶を啜り、

カチャリとテーブルへ湯飲みを置いた。


「……若様。

 どういう風の吹き回しで、うちへお声が?」


セドウィックは口をつけかけた湯飲みを受け皿に戻す。


黒熊屋は続けて肩をすくめる。


「領主館が動かなくとも、こちらで細々と始めるつもりではありました」


「山神の塩、それと毛ウサギ」


「少しずつ商いを育て、

十年ほどかければ、形になるか、と」


セドウィックは湯飲みに視線を落としたが、

すぐに顔を上げた。


「最初は領都で一番の大店、

三又商会を訪ねました」


セドウィックは受け皿の上で、

湯飲みの取っ手の向きを変える。


「すると、山なら黒熊屋だ、と」


その名を聞き、黒熊屋は目を細めた。


「……あの人らしい」


黒熊屋が湯飲みに手を伸ばす。


セドウィックもゆっくりと茶に口を付けた。



黒熊屋は懐から、一冊の帳簿を取り出した。


深い飴色の革表紙を開く。


セドウィックは思わず身を乗り出す。


帳簿をのぞき込み、首を傾げた。


「……品目の隣に、値段がありませんが」


黒熊屋は笑った。


「ええ。

 値は水物、端紙に記せば十分です」


黒熊屋は一つの行に指を置く。


「この筏頭はヨダ爺の紹介です」


「川筋は、あの古老ほど詳しい者はおりません」


一枚めくる。


「こちらの木挽きはダン殿から」


「山仕事は、やはり山の者の差配に任せるのがよいかと」


さらにページを送る。


「ベルグの港はエイラ様」


「苗木は街のガラドン種苗店」


セドウィックは帳簿を見つめたまま、唸った。


黒熊屋は帳簿を閉じると、

その表紙にそっと指を置く。


「私は。

 皆さんの仕事を、

 一つの商いにまとめるだけでございます」



黒熊屋は、ふと窓の外へ目をやった。


「もっとも……」


秋の陽が、傾き始めている。


「戦が、このまま終われば、です」


落ち葉を巻きあげた風が、

窓のガラスを揺らす。


カタカタ……。

カタ…。


セドウィックは机の隅に置かれた書簡筒に目を落とす。


『宛 グラキア、差出 バレント』


停戦にこぎつけた隣領の名。


グラキア。


窓を揺らす風が今は止んでいる。


書簡筒が鈍く光っていた。



しばらくして、資金の話に移った。


「不足分は流域債を出そうかと」


セドウィックが言うと、

黒熊屋は算盤をパチパチと指で弾く。


「良いですな。

 御貴族さま、街の店たちも参画できましょう」


セドウィックは息をつくと、

続けて尋ねる。


「海運までお願いできますか」


パチリ、と、

算盤を弾く指が止まった。


「うちは山屋でございますから……」


黒熊屋は首を横に振る。


「海は大店の三又商会さんがよろしいかと」


セドウィックは苦笑した。


「……、それぞれの領分がある、と」


黒熊屋は、

つるりと頭を撫でながら答える。


「……そんなところです。

 よそ様が儲かれば、いずれはうちも儲かります」


パチリパチリと指が仕事を続ける。


セドウィックは黒熊屋を見て、

それ以上の言葉を飲みこんだ。


「若様……、

 流域債が出るときは、

 一枚乗らせてくださいな」


セドウィックは椅子に座り直す。


「ええ。もちろんです」


算盤を弾く音と、

ペンを走らせる音が部屋に満ちる。


机の隅では書類の束が、

広げられていた流域の地図の上を少しずつ埋めていった。



第三部 流域編

第7話 に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。