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第4話 商人


市場の喧騒が遠ざかると、

湖面の涼風が肌を撫でる。


山上湖から伸びた運河が街を貫いている。


山神村からの一行は、

村の塩の卸先、街の大店――黒熊屋に向かっていた。


アーチ橋を越えると、

整備された護岸沿いに、

倉庫を備えた一際大きな商家が見えた。


「ほら、黒熊屋が見えたよ」


商家の娘、ベスが熊をあしらった看板を指さす。


人足の掛け声。

樽の転がる音が聞こえる。


黒い熊の看板の周りを、

人足達が忙しなく行き交っている。


山神村の元力士、岩ノ山は大荷車の楫木(かじき)を握り直した。


「ベスさん!お疲れ様です!」


「おう、ベス。すげえ荷車だな!」


人足達は手を止め、

大荷車――山神号を物珍しそうに眺める。


岩ノ山はバツが悪そうに首を傾げる。


「どうにも慣れんな」


「ヤマさんのためにも、

 早く馬が買えるといいなあ」


村の少年、リクは呑気なものだ。


「アタシは好きだけどなあ。

 いい客寄せだよ。」


ベスがイタズラっぽく笑った。


山神号を倉庫前に停めると、

店先から大柄な男が歩み寄ってくる。


「エリザベス!帰ったか!」


広い肩幅に、よく焼けた太い腕。

下っ腹は少し出ているが、

身体の厚みは岩ノ山に劣らない。


それに見事なハゲ頭、髭と太い眉。


「な。熊みたいだろ」


ベスが父を指差し笑う。


「親に対してなんちゅう娘だ」


「店主のバナードだ。

 この当たりじゃ、黒熊屋のオヤジで通ってるよ」


岩ノ山がペコリと頭を下げた。


「岩ノ山という。

 ダンの代理できた」


「黒熊屋のおじさん。

 お邪魔してます」


黒熊屋がリクの頭をワシャワシャと撫でる。


そのまま、岩ノ山の前に立つ。


「それにしてもいい体格しとる」


「俺と同じタッパか?」


「父さん、少し負けてるよ」


「なにぃ?

 誤差だ、誤差!」


黒熊屋が岩ノ山をみる。


岩ノ山は思わず顎を引いた。


黒熊屋がニヤリと笑った。


「おーい!お前ら!」


「山神の塩だ!

 荷を一番多く運んだやつは

 蜂蜜酒をだすぞ!」


途端に人足達が色めき立つ。


「お前さんも得意だろ?」


「岩ノ山よ。手加減はいらんぜ」


岩ノ山は腕をまくる。


リクが荷の紐を解いた。


「始め!」


黒熊屋の号令で

一斉に人足達が荷に飛びつく。


岩ノ山も担ぐ。


人足たちが笑いながら走る。


一袋。


二袋。


三袋。


塩の袋がみるみる減っていく。


荷台が広くなる頃には、

人足たちの笑みは消え、

肩で息をしていた。


「おい!

 客人に無様見せるなよ!」


楽しそうな黒熊屋の声。


「ぐ、キツイぜ⋯⋯あ!」


人足がたたらを踏んだ。


ドっと、

岩ノ山が一袋を担いだまま

受け止める。


「す、すまねえ」


岩ノ山は一瞥し、

荷を運び続けた。


「これで全部だよ!」


リクが荷台から手を振る。


人足たちは息を吐いて

地べたに座り込んだ。


岩ノ山は肩をほぐし、

黒熊屋へニヤリと笑った。


「酒、ごっつぁんです」


人足達からため息が漏れた。


「ちくしょう、今回は負けだ!」


「親方より熊だぜ」


黒熊屋は膝を叩いて笑っている。


「はっはー!

 ダンの野郎に引き抜くな、って

 釘刺されたのが惜しいわ」


黒熊屋が積まれた塩の袋を

一つ指さす。


ベスがナイフで袋の口を切った。


白い岩塩が覗く。


「うっすら青い。

 惚れ惚れするぜ。」


黒熊屋は一粒摘み、


親指ですり潰す。


鼻先を経由し、


舌に乗せる。


「⋯⋯」


「雑味は無い」


「乾きもいい」


「これぞ山神の岩塩だ」


岩ノ山もリクも、

その一言に息を吐いた。


ベスが歯を見せて笑った。


黒熊屋が指の塩を払い、

リクに向き合う。


「岩ノ山、リク。

 まだ宿取っとらんよな?

 ウチ泊まってけ」


「酒も奢らにゃいかんしな」


「父さんは程々にね」


ベスが釘を差した。



倉庫の喧騒が、

運河の水面に溶ける頃。


「お約束の蜂蜜酒だよ」


ベスがジョッキを

どん、とテーブルに置いた。


リクも皿をテーブルに並べる。


「いけない。レモン忘れたわ」


「僕も手伝うよ」


ベスとリクは、

バタバタと厨房へと戻っていく。


「男手一つのせいで、

 どうにもガサツでいけねぇや」


岩ノ山は

ジョッキを黒熊屋に差し向ける。


「レモン無しでも構わんだろ?」


「違ぇねえ」


カポン!っと

ジョッキを打ち鳴らす。


蜂蜜酒の香りと、

甘みが喉を流れていく。


「カハー!

 冷やしといて正解だぜ」


「美味いな」


岩ノ山は手の甲で口を拭った。


「あ!もう飲んでる!」


「やだねー。

 熊どもはガサツで」


そう言いつつ、

ベスは新しいジョッキを置いた。


「リクとアタシはこっち」


リクが蜂蜜入りのレモン水の

ジョッキを抱える。


「改めて。乾杯!」


湯気を立てる皿の大きな肉を

ナイフとフォークで切り分ける。


岩ノ山は、

食器の音が心地よい拍子に感じた。


「あの、黒熊屋のおじさん。」


「帰りの荷のことなんだけど⋯⋯」


リクが切り出した。


黒熊屋が肉を頬張ったまま

顔を上げる。


「牧草の種と、

 ウサギが欲しいんだ。

 毛がとれるやつ」


黒熊屋が食器をそっと置き、

口元を拭く。


「⋯⋯。

 なんで欲しいんだ?」


岩ノ山とベスも手を止め、

リクを見る。


リクはテーブルに目を落とす。


「うん。

 馬を飼いたいんだ。

 荷を運ぶ為に。」


黒熊屋は黙って腕を組む。


「いま種があれば

 秋蒔きに間に合うんだ。

 そうすれば、来年の夏には育つ」


「その頃には馬も買える。

 ヤマさんがいなくても、

 荷を運べる」


岩ノ山は人知れず頷いた。


黒熊屋が口を開く。


「馬だけ買っても駄目だ」


リクが顔を上げる。


黒熊屋が制するように

ゆっくり手のひらをリクに向ける。 


「餌があれば飼えるわけじゃない。

 日頃の世話も、

 蹄鉄の取り替えだってある」


「蹄鉄なら、

 補修屋のグレンさんが⋯⋯!」


「グレンの奴は

 馬の蹄の削りもできるかい?」


リクは言葉を探したが、

喉からの声にはならなかった。


「馬の世話ができる者、

 馬と荷を引ける者、

 それぞれ必要ってわけだ」


リクは懸命に

村人達の顔を浮かべる。


だが、名前を出せなかった。


「⋯⋯。

 すまんな、リク」


リクは、

黒熊屋の言葉に目の前が霞んだ。


岩ノ山が思わず

リクの肩に手を伸ばした。


その瞬間、


バシーン!と

ベスが黒熊屋の肩を叩いた。


「痛え!」


「父さん!意地が悪いよ!

 ごめんよ、リク」


キョトンとするリクと岩ノ山。


黒熊屋が痛む肩をさする。


「実はダンとも

 前に似た話をしとる」


「あのバカタレは

 リクほど思い詰めとらんがな」


「だからよ。

 馬方と御者、

 それぞれ当たりを今つけてる」


「お前がきちんと考えがあるか、

 知っときたくてな」


「じゃあ!」


リクは立ち上がり

テーブルに身を乗り出した。


「ああ、

 来年の春までには村へ届ける。

 人も、馬もな」


黒熊屋がウィンクしてみせた。


「骨は折れるがな」


「ツケ払いにはなる。

 それだけ山神の塩には

 価値があるってことだ」


岩ノ山も、

ふうと息を吐いた。


「ウサギはどうなる。

 それも春か?」


黒熊屋はそれを聞くと

テーブルに羊皮紙の束を出した。


「戦で毛の流入が

 滞ってる品種が手に入った」


「北の敵国、グラキア原産のやつだ。

 暑さに弱くてよ」


リクは羊皮紙に目をやる。

飼育法から毛の刈り方まで、

細かく書き込まれていた。


「まったく。

 まとめるのは骨だったぜ。

 もこもこ毛ウサギの学者になれるわい」


「もこもこ毛ウサギ?」


リクと岩ノ山は目が点になった。


「ぷっ」


ベスが思わず吹き出す。


「しょーがないだろ!

 そういう品種なんだよ!」


「もこもこ毛ウサギ⋯⋯」


リクは羊皮紙に、

『クローバーを好む』

という一節を見つけた。


「ああ、それな。

 村の溜池の近くに

 クローバー畑あるだろ?」


「山神の宿のよ、栗毛の嬢ちゃん。

 アイツが畑を見つけてくれたんだ。

 それで飼育に踏ん切りがついた」


リクと岩ノ山は、

同時にミリアの顔を思い出した。

二人は顔を見合わせ頷いた。


「ウチにとっても商売だ。

 悪いようにはせん」


黒熊屋はジョッキを持つ。


それに合わせ

皆がジョッキを手にした。


目線を送り合う。


岩ノ山がジョッキを掲げる。


「山神村に」


リクが高々とジョッキを掲げる。


『山神村に!』


「乾杯!」



第二部 領都編

第5話につづく

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