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第3話 城壁をくぐれば


穂を垂れた畑が風に揺れる。


「広い……」


山神村の少年、リクは黄金色の波を見る。


その波の向こうに、

灰色の城壁がゆっくりと大きくなっていった。


領都は目前だった。


「全部、小麦かな?」


異邦の相撲取り、岩ノ山は穂の一本をつまむ。


見慣れた稲穂とは、少し違って見えた。

静かに手を離した。


「そうだな」


整った石畳を、

岩ノ山が引く大荷車―― 山神号は進む。


眼前に城壁がそびえた。


「でかぁ……」


「でかいな……」


切石積みの滑らかな表面が朝日に光る。


幾年の風雨にも崩れず、

黙って街を守ってきたのだろう。


「次の者、前へ!」


「あ、荷を見てもらわなくちゃ」


門兵に呼ばれ、

二人は歩み出る


「山神村です。

 えっと、塩を卸に……」


「やまがみ?」


若い門兵が訝しむ。

そこに中年の門兵が割って入った。


「おお、山神村か。

 久しいなあ。

 あそこの岩塩はウマい」


へえ、と若い門兵は漏らし、

荷を改める。


「随分持ってきたなぁ」


「よし、通っていいぞ」


その言葉にリクは、ほっと息を吐く。


ガタン!と輪留めを踏み越える。


「……ん?」


若い門兵の目が丸くなる。


大荷車を引いていたのは、

牛でも馬でもない。


岩ノ山だった。


「えぇ!?」


門兵たちの間の抜けた声が城壁に響いた。


「あ、あの。

 どうもありがとう」


リクはぎこちなく門兵たちに手を振った。


門兵たちは、力なく手を振り返すが、

目はまだ岩ノ山を見ていた。


「村の塩、有名なんだな」


「うん。

 大人達が宝って言う意味

 少しわかったかも。」


岩ノ山は自然と歩速が上がった。


山神号は二重作りの城壁を進む。


薄暗いトンネルに入った途端、

ふっと空気が冷えた。


こんなに長い門は初めてだった。


出口の光が近づく。


光の向こうから、

喧騒が聞こえてくる。


朝日の下に踏み出す。


「わぁ……!」


視界いっぱいに人がいた。


呼び込みの声を上げるおじさん。


屋台で魚を売る獣人。


長ハシゴを運ぶドワーフ達。


「色んな人が、

 色んな仕事してる⋯⋯」


岩ノ山もおもわず、

荷車を引く手が緩んだ。


その横を子供達が笑いながら駆け抜ける。


職人の怒鳴り声、

店主と値切りあいする客。


「街が生きてるな」


岩ノ山は街の喧騒に懐かしさを覚えた。

思わず耳を傾けた。


広場の方からワァッ、と歓声が聞こえる。


色とりどりの布玉が空を舞う。


大道芸人が拍手を浴びていた。


楽しそうに、

次々と布玉を放り続ける。


子供たちが歓声を上げ、大人まで足を止めている。


「あれ、何やってるの?」


「芸で楽しませる。

 それで飯を食う人だな」


歓声が岩ノ山の脳裏を揺らす。

一瞬、土俵の上の吊り屋根がよぎり、

消えた。


「へぇ……。

 ラング爺さんのヨーデルでも稼げるかな?」


リクの言葉に、

岩ノ山は首を傾げて笑った。


人の波の向こうに、

大きく手を振る娘が見えた。


「あ!」


「ベス姉ちゃんだ」


「おおーい!リク!」


ベスが大柄な身体を弾ませ駆けてくる。


「よく来たね。

 行き違いにならなくて良かったよ」


ベスが岩ノ山に視線を移す。


岩ノ山は小さく頭を下げた。


「岩ノ山さん、だっけ。

 村のみんなはヤマさんって呼んでたね」


「これ……。

 アンタが引いて山越えてきたの?」


「すっごいなあ!」


ベスは白い歯を見せて笑った。


「まずはウチの店行こうか」


そう言うとベスは山神号の後ろについた。

リクもそれに並ぶ。


「ベス姉ちゃんがいて助かったよ。

 人が多くてびっくりしちゃった」


「市場はもっと凄いよ」


ベスが自慢げに言う。


「戦も終わりそうだし、

 領主家がよくやってるよ」


「噂をすればホラ」


荷台を押すベスが

屋台の向こうを顎でしゃくる。


見ると店主たちと、

身なりの良い青年が

笑いながら話している。


「あの人?」


「領主様の跡取り、

 セドウィック様さ」


青年は魚屋との話を終え、

屋台を立ち去ろうとする。


串焼き屋のおばちゃんが

何か包みを渡しているのが見えた。


青年は笑顔で一礼する。


離れて控えていた護衛の一団も、

串焼き屋に会釈をすると、

雑踏に消えていった。


大きな車輪が石畳を転がり、

市場に入る。


色とりどりの屋台が目に飛び込んだ。


焼けた肉の匂い。

荷獣の鈴が鳴る。

火トーテムの炎がゆらめく。


「何もかも多くて、クラクラするよ」


「あれはなんの肉だ?

 うまそうだな」


山神号は軽快な車輪の音を響かせる。


一方、市場の人達はギョッとする。


なにせ、髭もじゃの大男が

何食わぬ顔で荷を満載した

大荷車を引いている。


「馬……。

 じゃなく、人間!?」


「でかいドワーフじゃのー」


「ふん。

 人間にしちゃあ骨があるな 」


ベスはその様子が楽しかった。


堪らず両手を大きく広げ、

声を張り上げる。


「山神の塩が来たよ!

 明日には黒熊屋で売り出すよ!」


市場の人達が、

おっ、となる。


すかさず、

獣人の魚屋が声を上げた。


「それならウチの川飛エビだ!

 塩焼きでどーだい!」


「焼き鳥もうまいよ!

 明日は串焼きも出すよ!」


鶏肉屋も負けじと声を張る。

あちこちで、

呼び込みの声が重なった。


「さすが、商家の娘さんだね」


リクが笑う。


岩ノ山も口元を緩めた。


「さぁ、黒熊屋はすぐそこだよ」


ベスは胸を張って笑った。


「父さんも熊みたいだから。

 ヤマさんと会ったら面白いよ」


リクは弾むように頷く。

岩ノ山は髷を撫でた。


山神号は市場の喧騒へ

溶け込んでいった。



第二部 領都編

第4話につづく

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