第2話 旧街道
◇
「二里目が見えたよ」
山神村の少年、リクが街道脇を指す。
石積みの一里塚が苔むしていた。
「あと八つ!」
「ヤマさん大丈夫?」
「ああ。リクは?」
リクは元力士・岩ノ山の横をピョンと跳ねてみせた。
岩ノ山は村の岩塩が満載の大荷車ーーーー山神号を引く手摺りに力を込めた。
ガタンと車輪がなり、石を踏み越える。
リクも荷台の後ろに回り込み、 山神号を押す。
朝の冷気はまだ谷間に残っている。
道端の草は露をまとい、歩くリクの脛のゲートルを濡らしていた。
二人は倒木があれば脇に寄せる。
傷んだ道標や土砂の流れ込んだ場所は、リクが帳面に書き留める。
「これから使う道だもんね」
「ああ。ダンが喜ぶ」
リクがクシャッと笑った。
「ヤマさん、倒木一本を抱えてドーンだもん」
「枝くらい僕も払うのに」
リクはむくれて見せる。
岩ノ山は申し訳なさそうに髷を撫でた。
朝露もすっかり乾く頃、
岩ノ山の腹の虫が鳴きだした。
「もうちょっとで五里石かな」
鮮やかなカワセミが飛ぶ。
「あ、川の音がする」
「水を汲んで昼飯にするか」
岩ノ山は山神号を路肩にとめ、ハーネスを外す。
「残った水飲んじゃおう」
リクはコクコクと喉を鳴らし瓢箪を傾けた。
岩ノ山も瓢箪を傾ける。
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク……。
リクは目を丸くした。
「凄っご」
岩ノ山は空の瓢箪を逆さに振って見せる。
リクは呆れた顔を見せた。
飲み終えた岩ノ山の瓢箪を受け取ると、リクは川へ向かった。
岩ノ山は肩をぐるぐると回しながら川辺を眺めた。
キィー……。
モズの高鳴きが聞こえる。
「おまたせ、はい」
大ぶりな瓢箪がじゃぼん、となった。
リクの瓢箪は腰にさげるとちゃぽっ、となった。
岩ノ山は荷車から山味噌団子の包みを出す。
「歩きながら食べる?」
リクに包みを渡すと岩ノ山はドカッと道端の土留め石に腰を下ろした。
「座って食おう」
リクも手ごろな切り株に腰を下ろす。
「飯の間はゲートル緩めるといいぞ」
「へぇ」
シュルシュルとゲートルを緩める。
「うー、足痛い!」
そんなリクを見て岩ノ山が笑った。
「いただきます」
山味噌団子を頬張る。
甘めの味付けと塩気が疲れを払っていく。
「甘くておいしい。蜂蜜かな?」
「クルミも入ってるな」
岩ノ山はふくらはぎを揉みながら団子を食べる。
リクもそれを真似た。
「夜はこれを焼いて食うか」
「おいしそう!」
傍らに生えていた山葡萄もつまむ。
「む。酸っぱいな」
「あはは、指も黒くなっちゃった」
腹は満ちた。
二人はゲートルを撒き直す。
もも裏をぽんぽんと払うとまた歩き始めた。
◇
「やっとあった。七つ目」
いつの間にか杖代わりに持っていた木の棒にリクがもたれる。
街道も石畳が混じるようになってきた。
一里塚も随分立派だ。
「荷台に乗ってもよかったぞ」
「やだ。荷物増えるもん」
岩ノ山は苦笑した。
ギャーギャーとムクドリの群れが山に帰っていく。
ここから街まで残り三里の峠道。
「ダンさんに聞いた野営場所はこの辺だよね」
「そうだな。川も近い」
少し進むと街道脇に平らな空き地が見えた。
石を並べた焚き火跡。
苔の薄い切り株。
川へ下る踏み跡。
「ここかな?ここだよね?」
「ああ」
リクは杖を放り、どさっと地べたに尻もちをついた。
「少し休んでいろ。薪を集めてくる。」
岩ノ山は大きな麻袋を持ち、森に消えていった。
遠くに枝を踏む音が聴こえる。
足裏の痛みがじんわり上がってくる。
ガサッ。
「うわ!」
……ガサッ、…………ガサ。
「……。狐かな。」
リクは地べたから重い身体を起こす。
小刀を手に寝床を作り出す。
「地面から離さないと寒いし、虫に刺される、って言ってたな。」
村の木こりに倣ったことを反芻しながら手を動かす。
「えっと。太い枝をバッテンに結んで……。」
枝と蔓、紐を組んでいく。
担架が宙に浮いたようなベッドが出来た。
「うんしょ」
リクはベッドに体を預ける。
ギィ、とベッドが沈む。
「……。なんか頭の方が低いや」
ガサガサと音を立てて岩ノ山が戻ってきた。
「よくできてるな。
頭と足、逆に寝れば解決だな。」
リクはえへへっと鼻をこすった。
「薪を細かくしてくれ。俺も寝床を作る。」
ドサリと麻袋を置くと、リクの腕ほどの太さの枝が覗いていた。
リクは切り株を台にして枝を鉈で割っていく。
岩ノ山は野営地にあった丸太ベッドを整える。
どこかの旅人が作ったのだろう。
丸太にたっぷりと針葉樹の葉を並べる。
バサッと毛布を掛け、寝転ぶ。
何度か寝返りを打つと、むくりと起き上がった。
首を傾げる。
「……」
頭と足を逆にしてまた寝ころんだ。
それを見てリクはたまらなく楽しかった。
◇
日も落ち、土の湿気が立ち込める。
灯のトーテムをカンテラにいれ、山神号に吊るす。
薪を組むと火打ちのトーテムで火を起こす。
枝を小刀で薄く毛羽立たせてあり、容易に火が付いた。
太い薪が燃え出すのを見届けると、岩ノ山は荷台から鍋を出してきた。
「オルガが持たせてくれた」
カラン、と蓋を開ける。
「わ、ソーセージ!」
大ぶりのソーセージが2本。
ジャガイモや、干した根菜と岩塩が入っていた。
「ちゃんこ鍋作るぞ」
「えー。これ、ポトフでしょ?」
岩ノ山は虚空に目線を泳がせる。
「ポトフ風ちゃんこ鍋だ」
リクは噴き出した。
「ソーセージ、一本は鍋に。一本は焼いて食おう」
それを聞くとリクは手ごろな枝を串状に削り出した。
岩ノ山はジャガイモをを剥く。
リクは串を作り終えると、ソーセージと昼の残りの山味噌団子を刺す。
焚火の周りに並べていく。
その後、リクもジャガイモを剥き始める。
ショリショリ……。
山味噌の甘い香ばしさがあたりを包む。
「よし。鍋を煮込むか」
「うん。たのしみ」
ソーセージの肉汁が焚火に爆ぜた。
「その間に団子とソーセージ食べていい?」
返事を待たずにリクは串を手に取っていた。
岩ノ山も手を伸ばす。
「いただきまーす」
『熱っ!』
二人そろって焼き串の洗礼を受けた。
◇
リクは焚き火を棒でつつきながら、鍋が煮えるのを待った。
「山神号のブレーキ、抜群だったね」
「下り坂でも楽だった」
手頃な枝にはゲートルと靴がかけてある。
ふっと風が吹いた。
不意に焚き火が小さくなる。
「いかん。焚き木が足らなかったか」
岩ノ山はカンテラを持ち、森の中に消えた。
枝を踏む音が遠ざかる。
「消えちゃう」
リクは焚き火に息を吹きかける。
一瞬薪が赤くなったが、
火が消えた。
「うぁ……」
一瞬にしてリクは闇に包まれる。
自分の手も見えない。
目を開いているのかすら分からない。
「や、ヤマさん……」
リクは泳ぐように手を広げ探る。
ガサッ
リクの身体が跳ねた。
「岩ノ山さん?」
ガサッ
湿った獣臭が鼻をかすめた。
リクの心臓が早鐘を打つ。
ガサガサッ
ザザザ……。
バキバキと枝を踏む音。
「すまん。遅くなった」
岩ノ山とカンテラの灯りが戻った。
「……!」
ぶはあ、とリクは息を吐いた。
◇
焚き火をつけ直し、鍋をかけ直す。
パチパチと薪が鳴る。
クツクツクツ……。
鍋の蓋が揺れる。
リクは棒で焚き火に薪を寄せる。
パチパチ……。
「街……。大丈夫かな」
パチパチ……。
パチン……。
「物心ついてからは初めてなんだ」
リクは膝を抱えて座り直す。
「塩、ちゃんと届ける。
頼まれた種に、家畜のウサギも買う」
リクは膝に顔を埋める。
パチパチ……。
カタカタ……。
鍋の蓋がなった。
「ちゃんこ、出来たぞ」
岩ノ山は器を持ってリクの隣に座った。
リクは両手で器を受け取る。
「リクは良くやってる。
だからダンもガルドも街に行かせたんだ」
岩ノ山はリクと視線を合わせる。
「自信を持て」
リクは嬉しいのに泣きたくなった。
座り直し、器に口をつける。
「美味しい」
岩ノ山はゆっくり頷く。
「腹一杯食べろ」
リクは鍋をかき込む。
「ココとミリア、ウサギ喜ぶかな」
岩ノ山は頷いた。
「オルガさんもかわいいウサギ好きかな?」
岩ノ山は眉間を掻く。
「想像できん」
リクは思わず笑った。
さっきまで怖かった暗闇が優しくリクを包んだ。
◇
チチチッ
鳥の羽ばたきでリクは目を覚ました。
身を起こし、背中を伸ばす。
岩ノ山はもう起きていた。
「寝れたか?」
「うん。寝れた」
焚き火は炭になり、まだ赤く光っていた。
渡された湯で山味噌団子を流し込む。
「固っ」
「食べたら川で顔洗ってこい」
顔を洗い、ゲートルを締め直す。
ググっと大きな伸びをした。
杖を持ち直す。
足は痛い。
だが、歩みは軽かった。
「九つ目!」
最後の坂を登る。
山神号の車輪が石畳を噛んだ。
リクが息を呑む。
遠く。
朝日に照らされた街が見えた。
「ヤマさん」
「ああ」
リクはしばらく言葉が出なかった。
杖を放り、山神号の後ろに回る。
街道を踏み締めて山神号は進んで行った。
◇
第二部 領都編
第3話に続く




