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第1話 大荷車・山神号


「はいよ。ごゆっくり」


宿の女将オルガは、

丸机に三つカップを並べ、

厨房に下がった。


小皿には赤や青のドライベリー。


根草コーヒーが

香ばしい湯気を立てている。


補修職人のグレンが一口すする。


「薄めだな」


大柄な元力士、岩ノ山は

カップを両手で包むように持った。


「干しベリーに合うぞ」


二人を見渡していた村長代理のダンが話題を切り出した。


「塩坑も復旧し、採掘も順調だが」


「街に運ぶ手が足りん」


グレンはコーヒーをすする。


「昔は馬がいた」


ダンはカップに目を落とす。


「戦が始まるまではな。

 世話係もろとも、

 戦に連れて行かれたよ」


岩ノ山もカップに目を落とした。


根草コーヒーの湯気だけが揺れる。


グレンは机にカップを置くと、

腕を組んだ。


「しかし⋯⋯。荷車は残ってる」


そこでダンがニヤリとした。


「ご明察」


「あれを直して塩を運ぶ」


グレンが小さく息を吐いた。


「馬がいない」


「だが、引けるやつはいるだろ?」


グレンの眉間にシワが寄った。


岩ノ山はフンッと鼻を鳴らす。


「まかせろ」


グレンが苦い顔のまま天井を仰ぐ。


「誰が直すんだ」


「見習いのリクにでも

 やらせるか?」


ダンが意地悪く笑う。


「まだ早い」


「んじゃ、決まりだな」


パンッとダンが柏手を打ち、

コーヒーを飲み干す。


「熱ちぃ!」


岩ノ山とグレンは顔をみあわせ、

カップを掴む。


共にコーヒーを飲み干し、

トンッとカップを机に置いた。



山神村の外れ、

領都へ下る旧街道の始点に向かう。


大小の建物の影が見えてきた。


母屋に大きな納屋、

他にも小屋がいくつかある。


岩ノ山の目を引いたのは、

柵で囲われた空き地だった。


「放牧地か」


「へぇ、

 お前の国にもあったのか?」


「ああ。もっぱら牛が多かった」


母屋の前で村の老人が待っていた。


「待たせたね、トビー爺さん」


ダンの挨拶に合わせ、

岩ノ山も頭を下げる。


「なんの。

 ヤマさん、この前は水路の泥あげ

 ありがとの」


いくつか言葉を交わし、

トビー爺さんに案内され納屋の前に来た。


大きな両開きの扉には

閂が通してあった。


「懐かしいの。

 もう八年は眠っとった」


そう言うとトビー爺さんは閂を外す。


ギギッ、と音を立てて扉が開く。


乾いた飼い葉の匂いが納屋から溢れた。


「管理はしとったが、

 ほぼ昔のままじゃよ」


薄暗い納屋の中には壁に吊るされた農具。積まれたままの藁束が残っていた。


「トマスは几帳面だったからな」


ダンが農具を見回しながら言った。


「馬と戻るつもりだったんじゃろうなぁ……」


トビー爺さんは俯いた。


岩ノ山が納屋に入ると、

奥に大きな影があった。


「窓開けるから待っとれ」


「手伝うよ」


トビー爺さんとダンが窓を開ける。


差し込んだ光に、

岩ノ山が目を細める。


わぁっと風が入り、

埃っぽい空気を洗った。


「荷車。でかいな。」


「ああ、こいつで塩を街に運ぶ」


四輪の箱荷車だった。


荷台の板が割れ、

スポークの欠けがある。


しかし、車体は見るからに頑丈そうだった。


「荷車が動けば塩が運べる」


「塩が運べれば村に銅貨が入る」


「銅貨が入れば――」


ダンは言葉を切った。


荷台を見上げ、手を広げてみせる。


トビー爺さんが微笑む。


「たのしみじゃの」


岩ノ山は、じっとダンとトビー爺さんを見ていた。


しばらくすると、岩ノ山は静かに荷車の梶棒に手をかける。


「よし」


グレンは荷車のそばに座り込み、

下から覗いている。


「どうだ?」


ダンが声をかけた。


岩ノ山は腰を落とす。


脚に力を込める。


前輪がふっと浮いた。


「引ける」


グレンは拳骨で、

車体のあちこちをコツコツと叩く。


「骨は無事だ」


トビー爺さんは、

呆れ交じりに笑った。


「なんじゃ、こいつら」


「まったくだよ」


ダンも苦笑した。


グレンが納屋を見回す。


「工房まで引くか」


岩ノ山は腕をまくる。


古いハーネスを襷にかけた。


ズズズ……。


カラ、カラカラ……。


荷車は納屋から引き出される。


轍の消えた道の上を、

日の光を浴びて動き出した。



工房に集まった村人たちに、

グレンの指示が飛ぶ。


「カラマツの板材を用意してくれ」


「車軸はナラ。車輪はナラに加えてトネリコをつかう」


木工見習いの少年、リクが不思議そうに尋ねる。


「全部同じ木じゃダメなの?」


木こりの男が、

リクの肩に手を置いて言う。


「木によって性格が違うんだ」


炭焼き小屋の爺さんが続く。


「それに、

 いい木でも水に備えんとな」


「手の空いてるもんは

 木酢液とりにこい」


「よし、桶と刷毛だな」


手の空いた村人たちは、

炭焼きの爺さんについていった。


「油なら山犬のがたんまりある」


「ヤマさん、

 ハーネス合わせるから来てくれ」


木を削る者。


革を縫う者。


村人が総出だった。


だが、リクの顔は少し曇っている。


見かねた村人が声をかけた。


「どうした?暗い顔して」


リクは視線を伏せた。


「ちゃんと塩持っていけるかな、

 って……」


村人がリクの髪を

クシャっと撫でる。


「心配だよな。だけどよ…… 」


「心配すんな」


村人は白い歯を見せて笑った。


「ぷっ、変なの」


止まっていた山神村の血流が流れ始めていた。



グレンの灰皿が山盛りになるころ、

工房は、木酢液の煙臭さに満たされていた。


「くさーい!」


宿の子どものココは鼻をつまむ。

義姉のミリアも顔をしかめる。


それでも二人は懸命に刷毛を振る。


村人たちは手が空けば

刷毛を握りに来ていた。


その傍ら、リクがこめかみを掻きながら荷車を見ている。


「どうした?」


「えっと。ヤマさんなら登りでも引き上げるんだろうけど」


「下り坂は危なくない?」


グレンが唸った。


「工夫がいるか」


様子を見ていた岩ノ山が歩み出る。


「ブレーキだな」


「ブレーキ?」


岩ノ山が左手の拳に、

右手の掌を押し付けて見せる。


「車輪をこう、抑えてやれば

 減速できるんじゃないか?」


「おもしろい」


グレンは落ちていた木片を拾い上げる。


車輪に押し付けた。


「荷車引くやつに、

 ブレーキを任せてもいいが」


グレンは木片を車輪に押し付けたまま首を振る。


「御者が操作できた方がいい」


「馬に引かせても使える」


グレンは荷車の前から後ろまで視線を走らせる。


「御者台にレバーをつけるか」


それを聞くとリクは、

御者台に乗り込む。


手綱を握るようなそぶりをした。


「こう……」


リクは腕を押し出す。


首を傾げる。


今度は引いた。


脚も突っ張る。


「引く方が使いやすいかも」


グレンは眩しそうに目を細めてリクを見た。


出し合う工夫が

一つになっていった。



そして、工房から木酢液の煙臭さが消える頃、村中の手が入った四輪の大荷車がとうとう出来上がった。


集まった村人たちは

色めき立っていた。


「やっと完成したね……!」


リクは大荷車を見上げる。


「ブレーキの性能試験だー、って。

 試作のカートで

 坂を下ったのは怖かったよ……」


リクは遠い目をした。


「ブレーキは燃えるし。

 レバーも折れるし。

 僕は池に飛び込む羽目になるし……。」


グレンは工房の隅を見て

咳払いをした。


「おかげで適した木材が分かった」


岩ノ山は苦笑した。


「さぁ、最初の運転試験だ!」


ダンが子供たちを促す。


ココ、ミリア、リク、それに村の子供たちが大荷車にとりついた。


「うーん、しょ!」


「うんしょ!」


子供たちが押す。


カララララ……。


滑らかに車輪が転がって

大荷車が進んだ。


「よし……!」

「あぁ……!」


村人たちから歓声が上がる。


「わるくない」


グレンが目を細める。


「ああ。最高だ。」


ダンが嬉しそうに言った。


大荷車の周りで子供たちがはしゃぐ。


「山神号うごいた!」

「山神号うごいたね!」


それを聞いた大人たちの顔が

パッと明るくなる。


「山神号か……!」

「へぇ、いいじゃないか。」

「わるくない」


岩ノ山は胸いっぱいに息を吸い込む。


そして大きく一つ四股を踏んだ。


ドシン!


「よし……!」


新しい轍が見えた気がした。



第二部 領都編

第2話 に続く



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