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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第九話 森の均衡

「──んなら、油断させて、その場で全員殺っちまうのか?」

「そんなことする訳ないじゃない。リンネが言った通り、お話し合いをするだけよ」

「……だけどよ。オレには腹の探り合いなんて無理だぜ」

「あなたにそんなこと期待してないわよ。私の横で、黙って立っていればいいわ。万が一のための護衛としてね」

「それに──あなたも、間近で勇者を見ておきたいでしょう?」


 ──プルサチラの隣で、ドリアスはあの日のやり取りと、意地悪な声音を思い出していた。

 目の前で今、彼女は勇者たちと穏やかに言葉を交わしている。

 その裏で伏せられた視線は、決して勇者の顔だけを見てはいなかった。体格、姿勢の取り方、呼吸の仕方。そして、視線の端は、腰に下げられた聖剣グラムへと滑る。


「──始祖の魔女なんて呼ばれているけれど、私はただ、魔法評議会の設立に協力しただけ。

貴女たち人間の魔法を完成させたのは、紛れもなく人間(あなた)たちよ」

 リラに乞われた昔話を、懐かしむようにプルサチラは語る。その口調には、人間に対する敬意すら宿っていた。

 その会話自体には、嘘も、意味もない。その目的は、勇者たちとの距離を少しでも縮めるためのものだった。


「それは謙虚過ぎます。あなたの教えが無ければ、人間は魔法を扱うことすらできなかったのですから」

 すっかり心を許しているリラは、身を乗り出して反論した。瞳の奥にあるのは純粋な敬慕だった。

 ローザもリラに引っ張られ、最初に見せていた硬さは消え失せ、警戒を解いているようだった。


 一方で、グレンとヴィートは距離を置いていた。

 ただそれは、懐疑ではなく、早く本題に入って欲しい口には出さない苛立ちだった。


 そして──気配を殺してプルサチラの逆隣に控えているアルメリアは、その様子をただ静かに探っていた。

 彼らの喋り方、視線の動き、そこから分かる感情の機微──それだけでなく、(うろ)が繰り返す光の呼吸は、微細な魔力の揺らぎさえ映し出す。彼女はそれらを、無言で拾い上げていた。


 話し合いとは、相手を理解するためのもの。だが──この場では、言葉を交わすことを意味していない。



 会談の場黄金のトリネコ(ギルデン・アスク)を中心に、決して気取られぬ距離を保ちながら、カシオペ率いる斥候兵たちが外縁を取り囲んでいた。

 彼女らは、勇者を騙し討ちするために潜んでいるのではない。

 むしろ、その逆──この勇者会談を守るため。部外者からの妨害を防ぐために配置されていた。


 そして今、その網のさらに外側から、木々の隙間を縫うように、二つの影が森を駆けていた。

 枝を踏む音はなく、呼吸も乱れない。その動きは、エルフにも劣らぬ俊敏さを備えている。

 影たちは勇者たちを追跡していた。だが、その目的は勇者の命ではなかった。


「──ヴィスネ、どう思う? あいつら、ここで勇者を殺すつもりかしら」

「どうかしら。そうだとしたら、相当な罠が仕掛けてあるはずだけど……そんな気配はしないわね」

「もっとも、簡単に察知できる罠なんて、勇者たちだって引っ掛かりはしないでしょうけど」

 二人は視線を鋭く森へ向けながら、互いの認識の確認をしていた。

 魔力の流れ、地面の踏圧、風向きの不自然な揺らぎ。この先に、エルフの斥候が潜んでいることは分かる。恐らくは、向こうもこちらに気付いていることも。


 ライレとヴィスネは、ペルガメントの命を受けていた。その任務は、勇者とエルフを単に偵察するだけではない。

 エルフが、いかにして勇者を討つつもりなのか。その手口を暴き、盗み取ること。

 魔王を討った千のエルフが、策もなく勇者に挑むはずがない。その成否に関わらず、全貌を把握しておく必要があった。それはいずれ──エルフを滅ぼすときのために。


「魔王スヴァルトを倒したのだって、絶対に卑怯な手を使ったに決まってる。でなきゃ、魔王がエルフにやられるわけがない」

 ライレは、監視の目を光らせながら、ここに来るまでに何度も口にした悪態を繰り返した。

 その声には、エルフに対する激しい嫌悪が滲んでいた。それは、ダークエルフであるなら自然な感情だった。

 だが、今この場では、ヴィスネには酷く邪魔に映った。


「……いい加減にしなさい、ライレ」 ヴィスネの声は暗く、森の闇よりも冷えていた。

「それほど言うなら、アンタの考える”卑怯な手”で、あの魔王が倒せた?」

 問いかけは静かだったが、二人の間の空気は一瞬で変わった。

 ライレは言葉を失った。問いの答えよりも、その声音の変化が胸を刺す。


「卑怯かどうかなんて関係ないのよ。エルフたちはやってのけた。それが全てなのだから……」

 ヴィスネは視線を森へ戻したまま、その声はさらに沈む。

「そんな事も分からないまま、もしペルガメント様に迷惑をかけたら──」


「その時は、私がアンタを殺すからね」


 その真っすぐな殺気は、脅しでも、警告でもなく、ただ一人に捧げた忠誠だった。

 鋭い殺気に当てられて、ライレは息を呑む。

「……ヴィスネ、ごめん」 だが、意外と素直だった。

「いいのよ。わかればね」 そして、それはヴィスネも同じだった。


 二人は長い時間を共に生きている。互いの強さも、弱さも知っている。

 二人は気質も性格もまるで違う。だが、ペルガメントへの忠誠に違いはない。


 森の奥で、会談は続く。その外縁で、二人のダークエルフは静かに、再びその気配を消した。



 森は今、幾重にも折り重なった意志を抱え込んでいた。

 そしてまた、外縁の一角に別の意識が二つ。その木々の影が濃い場所に、ヒースとリンネは控えていた。


「──ええ。もし、そのダークエルフが邪魔をするようなら、即、排除しなさい」

 彼女たちの元へは、斥候たちからの報告が絶え間なく届けられていた。

「そうでないなら、放置して構わない。我らが勇者に牙を剥く瞬間を、(うかが)っているだけだろう」

 ヒースは念話を使わなかった。勇者たちにわずかな魔力の波紋すら悟らせないためだ。

 命令を受けた斥候は、ただ音もなく森へ溶けた。


 その背を見送りながら、リンネはヒースに口を開く。

「想定していた通り、魔族は偵察隊を出してきましたね」

「そうね。でも、余程の馬鹿でもない限り、手は出してこないでしょう」

 ヒースの声は落ち着いていた。

 彼女の手元には、勇者たちだけでなく、四魔将を始めとする力ある魔族の情報も収められている。

 その発言は、楽観ではなく、予測の照合をしたに過ぎなかった──。


 また、少し離れたところで、シレネは数名の弓兵と共に、プルサチラのいる魔女の住処をじっと見つめていた。

 勇者とのやり取りは、プルサチラたち三人に完全に任せている。会談中の接触は、一切禁止だ。

 その中で、シレネはただ、遥か遠方からその地点を捕捉していた。


”ここから狙えば、仕留められる” 彼女は何度も考えた。だが、実行には移さなかった。


 それはあくまで、標的が並の人間であるなら、だ。

 勇者相手には、恐らく通じない。それは言われるまでもないことだった。

 彼女の備えは、何かあった時の最終手段。だがそれは同時に、計画の失敗を意味していた──。


 森の中心では、言葉が交わされ、その外側では、刃が研がれている。だが同じように、思惑は交錯する。

 そして、その均衡は今、とても危うい状態で保たれている。


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