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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉
第二章 勇者暗殺作戦
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第十話 勇者会談

 プルサチラと勇者の会談は、その外でどれほどの思惑が交錯しているかなど想像もできないほど、終始穏やかな空気に包まれていた。

 特にリラやローザにとって、彼女は生ける伝説、英雄そのものだった。そのプルサチラと共に過ごすひとときは、時間の流れを忘れさせていた。


 だが、それもやがて途切れる。話題が尽きたわけではない。ただ、彼女たちが一息ついたことで訪れた、自然にできた小さな空白だった。

 そして、その空白ができるのを待っていたかのように、機を見たグレンが口を開いた。


「──プルサチラさん。それで、俺たちを呼んだ用件って何でしょう?」

 リラやローザが、彼女の語る昔話に興味を惹かれる気持ちは理解できたが、ここに遊びに来ているわけではない。

 グレンの単刀直入な問いは、これまで場の空気に合わせていた勇者を助けるものでもあった。それでもリラはまだ話足りない様子だったが、ローザはグレンの考えを理解していた。


 プルサチラは、その問いにすぐには答えなかった。

 一旦目を閉じ、呼吸を整えるようにわずかな間を置く。そして、ゆっくりと瞼を開いた。


「……これから魔王スヴァルトを討たんとする勇者に、私も加えてはくれませんか?」


 とても穏やかな声音だった。

 あのプルサチラに招かれた時点で、何らかの助力が得られるだろうとは、勇者たちも予想していた。だがこの申し出は、その想定を超えるものだった。


「それはつまり、僕たちと行動を共にするということでしょうか?」 ヴィートは、今一度確認した。

「ええ」 プルサチラは迷いなく答えた。


 慎重な意味の問い直しに、即答されたヴィートは口を閉ざした。

 短い沈黙。それから、プルサチラと同じほどの間を置いて、彼は小さく息を吐き、告げた。

「……すみません。申し出はとても有難いのですが、お断りさせてください」


 皆、その答えを黙って聞いていた。リラですら、勇者の決断に口を挟むことはなかった。

 ヴィートは視線を落とさず、真っ直ぐに言葉を続ける。


「決して、あなたの力を疑っているわけではありません。ただ……僕たちは、これまでこの四人で戦ってきました。魔王を目前にした今だからこそ、この形は崩したくないんです」

 そう言って、彼は仲間たちの顔を見渡した。そのヴィートの視線に、皆真っすぐに応える。


「あなたの助けは、とても心強いものです。でも、僕たちは、ただ強いから一緒にいるわけじゃない」

「これまでの戦いで紡いできた絆があるからこそ、僕はこの背中を預けられるんです」

 その声が、わずかに柔らいだ。皆の視線は、自然と仲間同士で交錯した。


「──それは、一朝一夕で作られるものではない、と」 その言葉の続きを、プルサチラが紡ぐ。

 ヴィートは否定せず、ただ静かに目を伏せる。それが答えだった。


「そうね。あなたの言う通り。私はあなたに背を預けられない……この申し出は、取り消しましょう」

 薄く微笑むプルサチラの声音に、不満の色は微塵もなかった。

 だが、その余韻がまだ消えぬうちに、彼女はまた別の提案を勇者に向けた。


「そうだ、それじゃあ代わりと言っては何だけど──少し意地悪な質問をしてもいいかしら?」

「……どうぞ」 ヴィートは頷いた。

 ”意地悪”という言葉が少し引っ掛かったものの、拒む理由にはならなかった。


 プルサチラは穏やかな笑みを崩さぬまま、勇者たちに問いを投げた。

「もし、あなたたちの前に、魔王配下の四魔将が同時に襲いかかったら、それでも勝てるかしら──?」


 一瞬、空気が変わる。その中で、最初に口を開いたのはローザだった。

「……まず、そのような状況にならないように、考えて行動しないといけませんね」

 問いの前提すら崩して、安全策を考える。それは、いかにも彼女らしい慎重な答えだった。


 続いて、リラが肩をすくめる。

「でも、この前、銀色のソルヴの手下と戦ったでしょ? 正直、歯ごたえなんて全然なかったわ。あれなら本物が来たって、大したことないんじゃない?」

 先日の戦いを思い出し、己惚れを隠そうともせず言い切った。


 グレンは苦笑しながら腕を組んだ。

「たしかに、四魔将を一人ずつ相手にするなら、負ける気はしないな。でも、四人同時となると……さすがに厄介だぜ」

 そう言って、自然と視線がヴィートへ向けられる。


 仲間たちの視線を受けて、ヴィートはわずかに口元を緩めた。

「もし、四魔将が、僕たちのように連携の取れた動きをするなら、とても難しい相手になるでしょう」

 そこで、言葉を区切る。しかし、すぐに続ける。

「──でも、配下を捨て駒にするような奴らに、そんなことができるなんて思えない」


 そして、ヴィートは最後に、自信をもって言い切った。 「だから──僕らが勝ちますよ」


 その力強い宣言は、プルサチラだけでなく、静かに両隣の二人の胸の奥をも揺らした。

「ありがとう、勇者ヴィート。あなたという人が、よく分かりました」

 彼女は穏やかに、しかし心からの礼を述べた。

 そして、勇者のその決定的な一言は、彼女に最後の引き金を引かせる。


「勇者様に、もう一つ。お願いをしてもいいかしら?」 それは、ヴィートの真っすぐな視線に向けられた。

「あなたの腰にある聖剣グラム。私に見せていただけない?」


 そのお願いに、彼の視線がわずかに揺れた。

 たとえ相手が誰であろうと、剣を他者に委ねる行為は神殿騎士団の規律に反する。本来であれば、考える余地など無く断らなければならない。

 だが、ヴィートは迷った。

 魔法評議会の設立にかかわった生ける伝説という肩書。そして、リラとローザが寄せている尊敬。なにより、一度彼女の申し出を断っているという小さな負い目が、決断を鈍らせていた。


 同じ神殿騎士団のグレンは、あえて口を挟まなかった。

 聖剣は勇者でなければ扱えない──勇者の横にいながらも、その資格を持たぬ彼だからこそ、理解できた。

 この神秘的な力の源泉に、プルサチラが興味を持つことは、とても自然な事だと思えた。


 数瞬の逡巡、そののち、ヴィートは静かに決断した。黙って聖剣グラムをプルサチラの眼前へと差し出した。

 プルサチラは、差し出された聖剣をしばらく無言で見つめた。

 幾千年の時の流れを閉じ込めた、星河のような刀身は、見る者の目を吸い寄せる。その刃は、磨き上げられた鋼の輝きとは異なる、透き通るような光沢を放っていた。


 だが、プルサチラ自身には、剣の良し悪しを見極める知識はなかった。

 その彼女の”お願い”は、自分自身の為ではなく、彼女の横に控える者の為だった。


「聖剣グラム……その名が持つ伝説に恥じぬ、見事な剣ですね」

 ひとしきり眺めたあと、プルサチラは囁くようにそう言葉を漏らした。そして、ゆっくりと視線をヴィートへ向ける。


「これほどのものを見せていただいたのですもの。私からも、相応のお礼を返さなくては──」

 そう言って、彼女は隣に控えるアルメリアへ身を寄せ、小さく耳打ちした。交わした言葉は、ほんの一言、二言。ただそれだけを済ませると、プルサチラは改めて勇者たちへ向き直った。


「勇者様がこれから歩まれる道には、まだ多くの困難が待っていることでしょう。

さて、ではそのせめてもの露払い──その役目は、どうか私どもにお任せください」

 その声音は変わらず穏やかだった。だが、その言葉には妙に鋭利な切れ味があった。

 その前触れは誰が気付くよりも早く、次に告げられた言葉こそが、場の空気を切り裂いた。


「魔王へ至るその前座に、まずは四魔将が一人、銀色のソルヴ。私めが、仕留めて御覧に入れましょう」


 身を斬られたかのような一閃に、誰もが言葉を失った。

 彼女が見せた抜き身の気迫は、その力が一切衰えていないことを暗示する。同時に、本気かどうかを問い直すまでもないほど、明示してもいた。


「──感謝します。ならば、必ず。僕たちは、その果てで魔王を討ちましょう」

 あのプルサチラが、なぜここまで──と、当然の疑問は浮かんだ。だが、それを口にするのは、無粋だった。

 プルサチラほどの人物が、何の見込みも、覚悟もなく、この場で言葉に出す訳がない。すでに算段は立っているのだろう。その彼女への確信を、ヴィートは信頼し表を任せた。


 二人の間に、(うろ)の天井から光が降りる。

 ゆっくりと流れる黄金の脈動は、プルサチラとヴィートのちょうど中間で弾けると、美しい波紋を描いて消えた。


 こうしてプルサチラと勇者の会談は、双方の合意を経て、終わりを迎えた。

 その間際に、リラは聞くべきか迷った末、プルサチラに胸の奥に引っかかっていた疑問をぶつけた。

「これほどのことを、私たちにしてくれるのに……。どうして、人間の前から姿を消したのですか?」


 それは他愛無い質問だった。しかし、リラにとっては重要な事だった。

 彼女の魔法への探求心と才能は、プルサチラへ敬意を払いつつ、越えるべき壁として見据えてもいる。

 彼女にとってその理由は、プルサチラの本質に触れるに等しかった。


 リラの率直さは、プルサチラを迷わせた。

 その質問は、いくつかの想定された一つに過ぎなかった。あらかじめ用意していた嘘で答えるか、それとも真実を告げるか。どちらでも、作戦に影響は与えない。だからこそ、彼女は迷った。


 プルサチラはすぐには答えられなかった。ほんのわずか視線を伏せ、遠い記憶を辿るように目を細める。

「……簡単なことよ」 ぽつりと呟いた。

「人間は成長したら、自分の足で歩くものでしょう」 その答えに、リラは決意を固くした。


 勇者たちは、再びエルフたちに先導され、深い森の奥から抜け出していった。

 森からその背が消えていくのに合わせるように、包囲していた部隊は、音も無く静かに撤収を開始する。そこに居たという痕跡すら残さない彼らの気配は、ただ風と共に薄れていった。


 そのほんの僅かな気の流れを察知したダークエルフの二人もまた、エルフ側に戦闘の意思なしと判断し、そのまま闇へと消えていく。

 こうして、会談の裏で交錯していた幾つもの刃たちは矛を収め、平和裏に幕を閉じた。


 やがて勇者たちが森から完全に脱出した頃、プルサチラのもとへヒースとリンネが合流する。短い報告の中で、会談のやり取りと顛末が共有された。

 結論に至るまでに切り捨てられた多くの選択肢と、分岐によって辿り着くはずだった着地点の淘汰の果てに、最後に残されたのは、ただ一つの作戦だった。


 リンネは静かに息を吐き、ヒースへ確認する。

 ヒースは了承し、迷いなく答えた。 「ええ、我々は、勇者ヴィートを背中から刺す──」


 木々を渡る風が、枝葉を揺らした。

 森に残した勇者たちの踏み痕だけが、ここで起きたことを記憶していた。


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