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elf:1000 ─千年戦記─  作者: 世葉冬水
第四章 四軍分断作戦
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第七十四話 798年前

 今より1000年前、この大陸でかつて巨人の住処と言われた地から、魔族があふれ出た。

 魔族は凶暴で巨大な力を持ち、人間たちを蹂躙した。

 人間たちは抗ったが、魔族との力の差に対抗する術は乏しく、多くの国々は滅ぼされた。


 瞬く間にこの大陸を支配した魔族の王は、巨人の住処に城を築き、この世の王『魔王』を名乗った。

 人間たちの最後の砦であった王国も、魔王の手に落ちるのは時間の問題だった。


 しかしその時──神の代行者を名乗る『神殿騎士団』が王国を救った。


 彼らは魔王から王国を守護し、諸国を束ねると、軍を率いて魔族との戦争を始めた。

 人間と魔族の争いは、大陸全土を巻き込む全面戦争となり、長きに渡り続いた。


 そして、百年続いた戦いは、人間たちが魔王に勝利し、ついに終わりを迎えた。

 聖剣を携え、魔王を討ち倒した神殿騎士団の若き指導者を、王は『勇者』と称えた。 


 大陸には、ひとときの平和がもたらされた。

 しかし、戦争によって引き裂かれた大地は、魔族の汚染により深刻な被害を受けていた。

 各地では、浄化と再建が急務だった。それは、エルフの森も例外ではなかった──。


 ──「エルフの王よ。ウグレス王よ。どうか、我々に寛大なご慈悲を。どうか、どうか……」

 深い森にそびえ立つ大樹の前で、一人の人間がエルフの王にひれ伏していた。

 その罪人のような振る舞いをする青年に、王は手を差し伸べる。


「イース殿。魔王を討ち倒した勇者殿が、私などに頭を下げるべきではない」

 ウグレス王の言葉に、青年は顔を上げる。その目を見つめながら、王は話を継いだ。

「我が国も、魔族の瘴気によって多くの森が死に絶えた。すべてが元に戻るには、まだ時間を必要とするだろう」


「木が育つ時間は、我らエルフには子の成長を待つようなもの──」 ひとつ、息をつく。

「しかし、人間には長すぎる時間なのだろう」

 そこまで語ると、ウグレス王は勇者イースの手を取った。


「この森に眠る英霊たちも申しておる。共に戦った友の頼み、聞かぬ訳にはいかぬ」

「其方の国の再建の為とあらば、この森の木々、いくらでも献上致そう」

 王の言葉は、望む以上のものだった。勇者は今一度、エルフの王にひれ伏した。


「我が名、イース。その誇りと、この聖剣にかけて誓う──」

「ウグレス王から受けた恩義は、永劫忘れることは無い。我が身が朽ちても、我が子が、孫が、必ずやこの報恩を果たしに参ります」


 ウグレス王の前に聖剣を掲げ、勇者イースは永遠の誓いを立てた。

 その王の傍らで、まだ幼いエルフの王子は、勇者の姿をただじっと見つめていた。



 それから時は流れ──エルフの森の再生は進み、王国もまた見事な復興を遂げた。


 エルフはウグレス王の元、人間たちを助けた。

 人間たちもまた、彼らに自分たちの技術を教えた。

 人間とエルフの交流は進んだ。両者の間には、とても友好的な関係が築かれていた。


 勇者イースとウグレス王の約束は、果たされたのだった──。


 ──「お兄様っ。どちらに行かれますか」 エルフの森に、静寂を破る幼い声が木霊した。

 その声の先には、誰もいない。そう見える。しかし、木々の上を一つの影が器用に飛び越える。


「久しぶりにイースが来たのだ。精霊術など後回しだっ」

 木の上の影はそう言って、地上の少女を置き去りにして行った。


 ──「息災か、イース。しかし、老いたな」

 ウグレス王は、友を前に遠慮がなかった。大樹の前で何度も重ねた語らいは、両者の距離を無くしていた。


 その友の言葉を、イースは笑う。

「この手から聖剣は離れ、勇者の名も失いました。人とはそういうものです」

 時の流れは、彼から多くの物を奪いながらも、その言葉には執着や未練は無い。


「イース──!」 その二人の場に、子供の声が割り込む。


 その声の主は、木の上から飛び降りると、そのままイースの懐に飛び込んだ。

「大きくなられましたね。ペルガメント王子」

 イースは王子の頭を撫でた。その手の暖かさに、ペルガメントは隠すことなく口元を緩めた。


「困ったものよ。我が息子を、このようにさせる人というものは……」

 その言葉とは裏腹に、王子の行いは、王の目元を和ませた。


「──して、イースよ。今日は何用で参られた」

 王子をそのままに、ウグレス王は会話を続ける。


「はい。本日は、私も老いた、というご報告を」

 イースは目を伏せて、会話を最初に戻した。しかし、すぐに目を戻し、言葉を添える。

「ウグレス王の賜りにより、王国は蘇りました。これからもエルフと手を取り合い、繁栄してゆくことでしょう」


 彼は王子から手を離す。

「私は役目を終えました。しかし、王への誓いは消えず。今後は我が子らが、私の役目を引き継ぎましょう」

 王を見つめるその目は、晴れやかでありながら、どこか寂しげでもあった。


「そうか──」 ウグレス王は、友との別れに、たったそれだけを送った。

 目を伏せ、しばし沈黙する。そして、イースに懐く我が子に目を向けると、一つだけ尋ねた。

「今後は、どのように生きるつもりだ」


 イースも王子に目を向け応える。

「魔王を討ち果たしたと言えど、魔族はまだ滅んでおりません。国元で後進の指導に専念しようと思います」

 そして再び、頭を撫でた。


 すると突然、ペルガメントは顔を上げた。 「俺もお前について行きたい──!」


 その無邪気な申し出に、二人は目を丸くした。

「何を申されますか。エルフ国の王となる貴方が、軽々しくその様な事を口にしてはなりません」

 イースはすぐに咎めた。だが、ウグレス王は違った。

「ペルガメントは人を恐れぬ。妹のシレネは、多くのエルフと同じように、未だに人を怖がるのにな」


 王は王子にゆるりと近寄った。

「しかし──これからの時代は、もう恐れるだけでは治まらぬ」 そして、その背を叩く。


「新たな時代の王として、人の世を知るのは悪いことではない」

「イースよ。どうか、我が息子を鍛えてやってくれぬか──」


 王の願いは、今の老いたイースには身に余るものだった。

 だが、永遠の誓いは、未だ勇者を赦さなかった。

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